Blood6:傲慢ナ頼ミ part4
なんだかよく分からない乙女心という名をした万年情緒不安定みたいなやつのセンサーに触れたのか、鈴山さんは頬を膨らまして僕と由佳奈から目をそらす。
頬を膨らますという行為が全般的なものとは呼べなく、さらにいえばそれはかわいい人にしか適用されない行為と頭の中では分かっていてもやはりかわいいものはかわいい。
といっても小動物のようでかわいいという意味合いでの話だが。
「それで結局先輩方はなにをしてるんですか?」
ふてくされたような顔で鈴山さんは改めてそうたずねてきた。
思い返せばノリツッコミをするためにそこに関する返答をなんとも適当なものにしていた気がする。
そういうわけで僕は改めて今回の言の葉祭りの広告件町おこし的なことを目的とした動画制作をするということを鈴山さんに端的に説明してみせた。
「言の葉祭りですか……日本のお祭りは始めてです」
「え、鈴山さんってお祭りに行ったことないの?」
僕の質問に対して鈴山さんは、やや恥ずかしげにコクリと頷く。
たしかに鈴山さんは、そういったド派手な行事にはあまり参加しないような感じがする。
「べ、別にお祭りに行くこと自体が初めてってわけじゃないですよ!?日本に長期滞在すること自体なかったのでそういった行事に関われなかっただけで、そこだけは勘違いしないでくださいよ!?」
鈴山さんは、あわあわと無駄に幅の利かせた手の動きでなにかをジェスチャーしながら自分の発言にそう付け加えた。
しかしながらその慌て具合とやや上ずった声が相まってジェスチャーそのものがひどい動揺を表しているようでどこか滑稽にも思えてしまう。
「って、その言い方だと日本以外のは参加経験ありってことだよね?鈴山さんって今までこっちにくる間はどこを中心に働いてたの?」
これは前回の話になるのだが僕の中学時代の担任かつ鈴山さんの現担任であらせられる小梅先生もそんなことをにおわせるような発言をしていたことを思い出す。
そこにチラリとでてきた九神武衆というキーワードも、よくよく考えればこんな中学生の少女からは本来出てこない…というよりもそもそもにおいて上層部と関係をもっていること自体不思議なのだ。
「えっと、ここに来るまでは基本的にEU諸国を転々としながら魔払い師として活動してました」
EU諸国といえば協会の本部がおかれているロンドンにも近い。
やはり協会上層部との繋がりはたしかなものらしい。
「そこではずっと一人で活動してたの?」
「いえ、むこうではほとんど…というより魔払い師として活動を始めた頃からずっと師匠と寝食を共にしていました」
師匠という言葉は以前にも鈴山さんの口から聞いたことはあった。
それはクラウドジェリーとの戦いの時、彼女がおもむろに口に出した言葉であり発言回数としては僕の記憶の中ではたったの一回のみであったがそれでも妙に頭に残っていたのを覚えている。
「その師匠ってもしかしてすごい偉い人だったりする?それこそこれは例えばだけど、あくまで候補の一つだったりするんだけど九神武衆の人とかだったり……?」
僕のオブラートに包みきれなかった不安げな印象さえ漂わせる発言内容に、しかし鈴山さんはこれといって気になるようなこともなかったようで麦茶を一口飲んでから優雅にそれに答えてくれた。
「はい、そうです」
「そっか~やっぱりね~………………って、おうぇ!?」
予想とは違ったストレートな肯定に僕は意表をつかれてしまう。
由佳奈もどうやら僕と同じ気持ちだったらしく、ゲホゲホと珈琲がおかしな部分にはいったのか激しくむせ込んでいる。
そんな僕らの反応とはうってかわって非対称に鈴山さんはキョトンとした様子で、何に対してのリアクションなのかと疑問をもっているようであった。
「そ、それはすごいね……えっと……………………うん。あのー…………うん」
これは追求すべきか否か。
本音を言ってしまえばもう自分の気が済むくらい質問責めしてやりたいと思っているのだが相手は吸血鬼かつ年頃の女の子でもある。
それに鈴山さんの場合はその家庭環境というよりも今までの活動経緯そのものが複雑だ。
僕が自分の欲求と葛藤しながら悶々としていると作業が一段落ついたらしくパソコンをパタリと閉じた由佳奈が、ぐ~っと上に伸びをして無駄に色っぽい声をあげながら鈴山さんにといかける。
「むこうのお祭りってやっぱり皆が皆騒ぎまくってパーリーピーポー状態だったりするの?」
どうやら今回の仕事上、由佳奈が最も気になった点はそこらしくうまく話題がそれたことに安心と若干のもったいなさを感じながら僕は机に突っ伏した。
「えっと私も仕事でたいがいそういったものには参加できなかったんであまり詳しくはないんですけどヨーロッパ圏内で経験したやつだとサン・フェルミン祭りとかバレンシアの火祭りとかですかね」
ヨーロッパという一種のお洒落なブランドからなにやらメルヘンチックな空気を感じてしまうものだがそこは外国。
日本のお祭りとは違って、びっくりするくらい騒がしくそれでいて危険なものに違いないと思うのは果たして偏見だろうか。
やはり未知とはどうしても自分にとってマイナスな印象しか与えないもの。
鈴山さん、どうかこんな僕のひねくれた考え方を変えてくれと思いながら僕は彼女の詳しい説明に耳をかたむける。
「サン・フェルミン祭りは市街地に闘牛を放って闘牛所まで追い立てるお祭りで…」
「待て待て待て待て待て!え、なにその放った闘牛をまた回収するという意味もなく怪我だけしそうな末恐ろしい祭り!?」
まさかの序盤からこうも飛ばしてくるとは思いもしなかった。
それでいてそこについて全く気にもとめていない鈴山さんに、暮らす環境によって人はスーパーマンにもなればバカ殿にもなれるという嫌な結論に頭を痛めてしまう。
「へ~、それじゃあバレンシアの火祭りってお祭りは?」
平和主義者の僕とは違いむしろそういった荒くれた行事に定評のある由佳奈さんにとっては、どうやら日本よりも海外のお祭りの方がお気に召すようだ。
キラキラと瞳を輝かせる彼女に対して悪寒が走るのは正常な反応だと思う。
「バレンシアの火祭りは簡単に言うと皆でがんばって作った張子人形を優勝者の作品以外全て燃やし尽くすという…」
「非道で良いわね!」
「どこに喜びを見いだしてんだお前は!?」
多分ちゃんとした考えや由来があってのものだとは思うが、だとしても海外のお祭りにはなにがあっても参加しないと僕は心に誓った。
日本が向こうに比べればよっぽど安全で平和な国でよかったと安堵の息をもらす僕に、しかし災厄が舞い降りる。
「……っと、電話か」
ズボンのポケットから面白味のない着信音と振動を器用に発する携帯電話。
僕は半ば反射的にポケットからそれを取り出し画面に表示された内容に目をやればそこにはたった今現在進行形で電話がかかってきていること。
次いでその相手が非通知で誰かわからないという、なにこれ新種の詐欺かイタズラ電話?的な嬉しくもなんともない着信に目が死んだ魚のようになっていくのを感じていた。
こういう時はきまって僕が苦労しかしない物語の前奏曲的な働きをこなし、それがまわりまわってとんでも事件に発展するという実体験を数多く経験してきた(主に博識な女関連でだが…)僕は今回もなにやら似たような匂いのそれに着信拒否という手段で対抗してみせる。
「あれ、電話にでなくてもよかったんですか?」
「非通知の電話には良い思い出がないからね」
僕の発言に軽く首をかしげる鈴山さんだが、これは粋な冗談でもなんでもない。
たとえそこに相手の名前が通知されていたとしても基本的に電話に対しては嫌な思い出の方が多いのだ。
というのもそういった面倒で厄介な事柄を優先してもってくるような知り合いしかいないというのが大きな原因だろう。
とにもかくにも触らぬ神に祟りなしの言葉通り僕はそのまま携帯電話の電源を切りポケットへとしまいこむ。
すると今度は僕の携帯電話ではなく机の上に置いてあった由佳奈のものに着信を知らせるメロディーが鳴り渡る。
由佳奈はそれを迷うことなく受け入れ通話ボタンを押した後、耳に押し当ていくつか定例行事にも似たやりとりをこなしていく。
なにやら嫌な予感がする。
既になにかを察し始めた僕に、数十秒程度の電話でのやりとりを終えた由佳奈がにっこりと極悪な笑みを浮かべながらこう告げた。
「次電話にでなかったらこの部室ごとぶっ飛ばすみたいだから、さっさと自分の運命を受け入れなさい」
平穏な日常からの非常な解雇通知に僕は涙をこらえきれずにいた。
さよならバイバイ短かった平穏な日常。
そしてただいまおかえり物騒な非日常。




