Blood6:傲慢ナ頼ミ part2
ああ、そうねと由佳奈は部分的に結っている三つ編みを手でふわりと浮かせてみせる。
菓子ともシャンプーとも違う女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「いやね、そろそろあの事件の全貌的なのが気になってきた頃合いかな~とか思ってね」
「………………」
こいつはエスパーか。
まさか世の女性というのは皆が皆博識な女の素質があるのではないだろうかと疑う僕を、からかうように由佳奈は笑う。
「だってあんたさっき携帯開いてニュース見てたじゃない。だから、あ~そろそろか~春斗も男の子だもんね~と母性溢れる寛容な私はなにもいわず察してこういうものを提示したわけだけど」
「ちょっと待て。その言い方だとなんだか僕がいかがわしいサイトに鼻息を荒げ、興奮しているみたいな感じに捉えられるから撤回しろ。できることなら今すぐに」
ついでに言えば人の携帯を覗き込むという悪質な行為もやめてほしい。
これじゃ少しでもそういう広告が開いた瞬間、ゴキブリ並の増殖率で噂がありもしない尾びれを装着して広まってしまう。
やれやれ、携帯一つにも意識を張り巡らせなければいけないとは。
「さて話を戻すけど……どう?聞きたい?」
「聞きたいに決まってるだろ。そもそもにおいてあんなものが自発的に生まれる訳がない」
とはいっても僕自身全く事を知らないわけではない。
というのも博識な女ことリリーさんから状況を知るために全てではないが、ある程度かいつまんだ内容の情報ならば聞いているからだ。
もしかしたら皆が知らないことがそこにあるかもしれないし、そこが打破する点になるかもしれないからだ。
「まず事件を起こした、もとい関与しているということで何人か調査の結果ピックアップされているわ。といっても首謀者かどうかは定かじゃないからこればっかりは追々調査で判明するのを期待するしかないわね」
「そりゃ、あんな大規模な事件を一人で起こせたんならすごいよ」
どうやればあの巨大な合成魔を配置することができたのだろうか。
サンライズタワーはみてくれはただのショッピングモールだが、その本質は街の電気回路全てを統括するいわば街の心臓部と呼べる重要な場所だ。
ともなればそこの警備を甘くしていると、このように易々と街そのものをまるっと飲み込まれてしまうということである。
「思えばそこからおかしいんだよな。いくら相手が強くて太刀打ちできないといっても街の心臓部だぞ?それこそ九頭宮支部の協会に直結する連絡網くらいあっただろうに……」
「それすらも敵側が把握して占拠した。あるいは内部に協力者がいた。確率というか正攻法でいえば後者かしら」
確かにスパイのように予め内部に潜入させておけば、失敗するケースも少なくなる。
それになにかと仕掛けがしやすいというメリットもある。
「仕掛けに関していえばどこかの誰かさんが地盤ごと落としてくれたおかげでさっぱりだけど、従業員のリストを調べたら数十人単位の人間が同時期に入社してそのほとんどが事件の日を境に行方不明になってるみたい。単に偶然かもしれないから断定はできないけど」
「それでもその中に協力者がいたって可能性は否定できないよな。そもそもいない方がおかしいくらいだし」
そう考えるとこの事件を起こした組織はかなり大規模な組織なのではないだろうか。
この事件を起こした組織の狙いは知っている。
それは博識な女を狙ったものだということ。
情報を得たいのか、はたまた商売道具にでもするつもりかは知らないがリリーさんが狙われているということだけは事実だ。
当の本人はさほど気にする程のものではないと言ってはいるものの、僕としてはかなり底の深い組織だとこの段階で思っている。
「でもその内部にいた協力者ってのはあんまり捕まえたとしても価値はないかしらね」
「え、なんでだよ。そこから全部とは言わないまでも色々と聞き出せるだろ?」
僕の発言に由佳奈はこれだから凡人はと言わんばかりの小憎たらしい表情を浮かべてみせる。
「あんたも思ってるかもしれないけどこの組織は結構大規模よ。そんな組織がたかだか仕掛けをする程度の人間に事の全てを偽りなく話すと思う?そんなわけない。むしろデコイの情報を流して攪乱させる位のことはしてるわよ」
「お前もちゃんと考えてるんだな」
褒めたつもりが彼女にとっては勘に障ったらしく、手近にあった教科書の角で脳天めがけた一撃を見舞われた。
一応授業中ということもあって声もあげれず悶絶する僕を、冷めた目でみながら由佳奈は話を続ける。
「次にあんたが倒した巨大合成魔について。クラウドジェリーだっけ?あれについての調査がある程度結果を残したみたいよ」
「いたたた……って言っても合成魔はまだその生態系も把握できてないんだろ?それがよく結果なんて残せたな」
「そこが重要なのよ。本当に体ばっかり大きくなって頭は空っぽね」
強く否定できない辺りこのもやもやをどこにどうぶつければ良いのだろう。
僕は口角をひくつかせるだけで、しかしなにも反論できずにいた。
「そこらの研究者が調べられたってことは、それが誰かの手によって改良されてるっていう証拠よ」
由佳奈はそういってノートに絵を描いていく。
どうやらわかりやすくイラスト付きで説明するようだが……。
「………………………………なにこれウナギ?」
「おぶっ!?あんたねぇ…どうみてもクラゲでしょ!?ク・ラ・ゲ!」
本人がクラゲと言い張るそれはしかし僕からしてみれば尾びれがちょっとギザギザしたウナギにしか見えなかった。
というかもうどこからどうみてもウナギだった。
ウナギのイラストなら星三つはあげれるくらい上手なウナギだった。
「~~~~~~~~~~~~っ!!もう良いからちゃっちゃと説明聞きなさい!」
由佳奈は顔を真っ赤にして説明をしてくれた。
「いい?まず合成魔が調べられない理由は第一に細胞がないから。いわゆる空っぽの状態なの」
由佳奈はそう言ってイラストに変化をくわえていく。
「合成魔は霊力に似た性質の物質で構築されてるからそこに細胞はない。皆が血だと思ってるあれも体を構築する物質が形状を維持できずに液体化しているだけなのよ」
次に……と説明をしている由佳奈だが僕としては続々と書き足されていく愉快な仲間達に恐怖感すら覚え、どうにも説明が頭にはいってこない。
それを見た由佳奈がまたしても教科書に手をかけようとしたので、姿勢を正しキチンと説明をきく体制に入る。
「まったくもう……で、クラウドジェリーに関しては別でなんと細胞が発見されたの。それもクラゲやらタコやら色んな細胞がゴロゴロと」
「一つの生物に色んな細胞って生物学上あり得るのかそれ?」
「霊力まとって動いてるような奴らに常識なんて通用しないわよ」
そんな言葉で片づけても良いものかと思うが未だにはっきりとした結果が判明していない以上そう納得せざるをえない。
無知は時に妙な納得をさせてしまうものである。
「つまり……あれは合成魔であって合成魔じゃないってことか?」
「まあ細かく言ったらね。研究者の間じゃ合体獣なんて呼ばれてるけど、分かったのは結局それだけ。事態が進展することはこれ以上はなかったわ」
そういってボールペンを転がす由佳奈。
もう提示する情報はゼロということだろう。
その表情は既に別のことを考えている。
もっと正確に言えばドS方面で。
「そ・う・い・え・ば~…春斗ちゃんは最近麗しきお姫様とはどうなのかな~?」
その突然発せられた甘い声色に全身の毛が荒立つ。
この声の時はいつだって由佳奈がなにか楽しいことを見つけた時のものだからだ。
「お、お姫様ってなんだよ?僕はいつからそんなロイヤルキャラになったんだ?ゲ、ゲームと現実をいっしょくたにするなこのバカ者め」
「ずうっと気になってたのよね~。なんだか最近いつも一緒にいるじゃない?気付けばすっかり放送部に入り浸ってるし~。どうゆうことかしら~?」
由佳奈の尋問に思わず冷や汗をかく僕だが、決してやましいことなどは一切していない。
由佳奈の言う麗しきお姫様とは鈴山 山葵のことを指し、そして同時に最近の由佳奈のいじりブームのど真ん中にいる話題である。
あの事件以降、鈴山さんはまるで別人のように僕に親しく関わってくるようになった。
僕個人としては悪い気もせず、ただ悠々自適に彼女との学園生活を送っていたのだが、言葉巧みに中学生をたぶらかせた悪い先輩の見本として矢面に立たされているのが悲しくも今の現状なのである。
もちろん僕としては鈴山さんをそういう目で見てはいない。
むしろ頼りがいのあるお兄さん的ポジションを狙ってるふしさえある。
なのになぜ僕はこんな扱いをうけているのだろうか……恐らく普段の行いが全てを物語っているのだろう。
そんなどんよりとした僕にドS女王由佳奈様はとどめの一撃を放つ。
「春斗もお年頃だし溜まるものもあると思うけど強引にはダメよ。ちゃんと相手の合意の上でね☆」
「人を常時発情期人間みたいに言うんじゃねぇよっ!!」
「そこ!静かにできんなら廊下にでも立っとれ!!」




