Blood6:傲慢ナ頼ミ part1
クラウドジェリーの出現から1ヶ月半近くが経ち、季節はいよいよ初夏と呼ぶに相応しい天候となっていた。
晴れ渡る青空にいくつか浮かぶ白い雲。
飛行機雲なんかがあれば更に青春時代の夏を彩るにぴったりなものとなるだろう。
そんな呑気なことを僕は半袖解禁夏服万歳な、どこか開放感の溢れる教室で考えていた。
時刻はちょうど2時を指しており昼ご飯が良い感じで消化され眠気を誘発させる学生にとっては魔の時間である。
といっても、今僕が受けている授業は誰もが右から左へ受け流す公式たくさん数学の授業だ。
担当の先生はいかにも昔は皆苦手な理系でブイブイいわせてましたよ的なおじちゃん先生。
そこらの瓶の蓋より厚そうな眼鏡をくいっと指先で押し上げ、ご自慢の数学トークを鼻高らかに演説している。
この先生はきっと今僕らが送っているこの青春時代の時も、ああやって数学のよく分からない謎配列な公式に魅力され寂しい数学生活を送ってきたのだろうと思うと胸にくるものがある。
数学の教師歴40年、御歳67才のピッチピチの独身教師がチョーク片手に呪文のような配列を黒板に書いては汚しているなか、僕は退屈しのぎにと携帯を開いて最近のニュースなんかに目を配らせた。
若手女優の結婚報道や発売早々に売り切れ続出な新しいゲーム機、はたまたどこかの誰かの問題発言など興味がこれといってわかないラインナップばかりだったが唯一、『九頭宮の復興始まる!』という題名のものだけは自然と目がいった。
あの街一つを壊滅させた事件。
協会の間ではひとまとめに大型合成魔事件とクラウドジェリーにしか焦点を当てていないセンスの欠片も感じえない名前の事件として通っている。
あれが起きてからすぐさま協会本部は調査員を派遣し大型合成魔クラウドジェリーや大牙が倒したという合成魔型の霊装なんかを調査しにズカズカと大きな顔してやってきた。
結果、一般人にそれについての説明はなく自然発生した巨大な合成魔とその愉快な仲間達ということで確報道陣にまわされた。
そんななんともやるせない約一ヶ月半を経て、ようやく九頭宮の復興が開始されたのだ。
「(まあ、あの状況ならこれがベストだったのかもな)」
多少のお膳立てはあったが、僕に出来ることといえばその程度のことだった。
リリーさんの言うとおりに動いて回避した絶望的な展開。
しかしながらなにも知らない人からすれば、どこがベストなのか?と疑問に思うのが普通だろう。
だが、その糾弾はすべて博識な女ただ一人に向けられる。
いくつもの世界をみた。
他の人には分からない別面の絶望をみてきた。
そんな彼女が選んだ道を、しかし周りは理解しない。
なぜなら誰もが望むベストなエンディングとは誰も傷つかず、誰もが笑って何事もなく事態が終わることであり、それ以外の結果は必ず糾弾され憎まれ恨まれる。
そんなことさえも既に知っている段階で手をさしのべる辺り、彼女は本当の意味で底が見えない別格の存在なのだと思い知らされる。
さて、それつながりで話を続けるのであればあの後の話……いわゆる後日談と呼べるものを提示しよう。
あれから僕と鈴山さんはすぐさま由佳奈の計らいで財前家の手によって現場から遠ざけられた。
というのもあのまま現場に残っていても、あるのは英雄としての歓迎ではなく街をこんな有様にした明確な標的として周りから怒りの対象として見られるからである。
それからそこをカバーするように龍谷家の人が僕ら二人が関わっていた証拠を全て消し去ってくれた。
両名家の助けもあって結局事件の結末としては電撃を吸収し過ぎたクラウドジェリーの自滅ということでかたはついたらしい。
「(あんなに街が壊れたんだ。自分が解決したんですなんてアホ面下げて行ったら一般人の僕はまず信じられないとして鈴山さんにいたっては昇格どころか魔払い師っていう肩書きさえなくなるところだしな…)」
とにかく僕が言えることといえば、あの件はこれでようやっと明確な区切りを迎えたということである。
「ねえゴミムシ馬鹿春斗~」
後ろから誰かが暴言と共にちょいちょいと服を引っ張ってくる。
とはいっても初っぱなから暴言をはいてくるということさえみれば僕の知り合いに該当する者は一人しかいないのだが。
「……僕は不死身になったつもりはあっても虫になったつもりはないぞ?」
「あら?間違えちゃった。だってなんか似てるじゃない虫と不死身って、主に語呂的な意味で」
そんなわけないだろという僕のツッコミに、ニヤリといじわるな笑顔を向けるのはドSランキング上位者にしてそれをふまえてもやっぱりかわいい由佳奈ちゃんなのであった。
「で、なんだよ?ゲームで行き詰まりでもしたか?」
「あんたに聞くくらいならネットの不確かな情報に頼るわよ。っていうかそういうのも自分で考えて解決するのが醍醐味じゃないの」
「1言ったら5言い返してくるその話術に思わず感動しちゃうよ……それで、要件は?」
あら、もうやりとり終わり?と言いたげに軽くため息をつく由佳奈。
この女は果たして今が授業中だということを理解しているのだろうか。
……僕がいえたことではないなと静かに左手に持っていた携帯をポケットの中へとしまいこむ。




