Blood1:吸血ノ少女 part8
健康的で艶のある黒髪を前髪は目にかからないように横に流し他はツインテールにしている小梅先生は、しかしこうして改めて見てみるとそれがかえって更に子供っぽさを引き上げているようにも思える。
恐らくは自分の小さな背丈に合わせたオーダーメイドであろうスーツも、なんだか子供が大人のものを悪戯して勝手に着込んでいるようだ。
それなのに実年齢がなんと25歳というのだから、見た目とあまりにも違いすぎてちょっとした動く奇怪現象である。
そんな彼女は幼い笑顔を向けながら、僕に質問を投げかける。
「春斗君~。先生一つだけ貴方に聞いておきたいことがあるんですけど~。宜しいですか~?」
「…別に構いませんけど…?」
突然のことに、事態がうまくのみこめていない僕であったが、それ自体は別段拒むことのほどでもない。
そう判断した僕は軽い気持ちでそれを承諾する。
そんな僕の了承を得た小梅先生は先程のひまわりのように元気に咲き誇っていた笑顔とはうってかわって真剣な表情になり、それからほんの少し間をあけてから、やがて口を開けた。
「素直に答えてくださいね~。春斗君、貴方からみて山葵ちゃんは一体どんな風に見えましたか~?」
「……どんな風…ですか……?」
そうです~、といつものように呑気な調子で言う小梅先生の目は、しかし真剣そのものでそれが正面にいる僕の顔をしっかりと捉えている。
「明るい子だと思いましたか~?暗そうな子だと思いましたか~?それとも怖そうな子だと思いましたか~?貴方の目には彼女は果たしてどんな風に映ったんですか~?」
先生の問いかけに僕は自分の思考回路をキチンと整えてから考えてみる。
僕に鈴山 山葵はどんな風に見えているのかを。
出会い頭に心臓を突き刺すような子だからアバンギャルド過ぎる少女に見えただろうか。
いいや、違う。
では、少しばかり思い過ごしの癖があり、それを否定しない自己中心的な少女に見えただろうか。
これもまた、違う。
僕は彼女を……鈴山 山葵のことを……。
「……ただの…ただの、かわいい後輩にしか見えなかったですよ」
きっと、散々自分を殺しにかかってきた少女をそんな風に思う僕を事情を知っている由佳奈辺りはきっと狂っていると言うことだろう。
優しいとか、甘いとかそんな綺麗な言葉ではなく狂っている……と。
しかしそれが周りからどんなにおかしな風に見られても、どんなに不可解にうつろうとも、それでも僕は彼女のことをそう思った。
人を捨て不死身の体になった僕だけにしか分からない考え方。
僕だけの見解。
でもそれはどこかの誰かに影響されたものだということを僕は知っている。
かつて僕と同様……いや、それ以上に異常で狂った力を持っていた僕にとって生涯たった一人の大切な主。
ただの人間になることを望み、人間より人間らしかったあの悪魔のことを…僕は静かに思い出す。
「ちょっとばかり自己主張が強くてご飯を選ぶ時間さえくれないようなせっかちな女の子に…僕は見えました」
自分の投げかけた問いかけについての僕の返事を聞いた小梅先生は、一瞬の間をあけてから再び子供のような笑みをその口元にわずかに浮かべた。
「ふふ。春斗君はやっぱり良い子良い子さんですね~。こんなに良い生徒さんをもった先生は幸せ者ですね~」
「そんな……人に褒められるようなことはしてないですよ、僕は」
「なにを言ってるんですか~。春斗君は今まで色んな人たちを助けてきたじゃありませんか~。由佳奈ちゃんに、大牙君。他にも数え切れない人たちを春斗君はその手で救ってきたじゃないですか~」
小梅先生はわざわざ自分の指をおりながら、そんなことを言った。
過大評価もすぎるというものだ。
確かに、僕は今まで何度か誰かを救ってきた。
でも、それは単にいつも勝手に事件に巻き込まれた僕が必死に抜け出そうともがいていった結果、たまたま救うことが出来た人たちだ。
人助けを目的として動いた事なんてなかった。
いつもその場の空気に流されているだけの僕は小梅先生のいうような、そんな大層な存在ではないのだ。
それなのに小梅先生はそんなことなどさてしらず、さっさと話を進めてしまう。
「そんな先生の誇りである春斗君に、ちょっとお願いがあるんですよ~」
「お願い?」
はい~、と相づちをうってから小梅先生は早速そのお願いというのを僕に言った。
「山葵ちゃんに人と関わることの大切さを教えてあげて欲しいんです~」
サラリと発せられたそのお願いに僕は耳を疑った。
人と関わることの大切さを教えてあげてほしい?
ちょっと待て、と取り敢えず口にはせずに心中でのみ呟いてみせる。
このお願い、僕にとってはなんとも高難易度のものであった。
というのも、前回もいったことだが僕は他者との関わりを極端に意識している。
密着しきった暑苦しい関係は嫌で、かといって離れすぎた寒い関係も嫌だ。
それら中間の程良い距離のちょうどよいぬるめの関係。
こんな深くもなく浅くもない位の関係を意識している僕が他人に人との関わりあいの重要さを教えることなんて出来るわけがない。
役者不足にも程がある。
適材適所という言葉を果たしてこのロリ教師は知っているのだろうか。
「な、なんでそんなことを頼むんですか?」
何度もお世話になった先生の願いを強くひきさげることも出来ず、とにもかくにもまずは何故そのようなことを僕なんかに頼もうと思ったのか。
そこに行き着くまでに何があったのかを、僕は理由を兼ねて尋ねてみた。