Blood5: 狂乱ノ力 part17
「そ・れ・で!結局今回の事件はやっぱりというかなんというか、皆大好きリリーさん関連だったりするんですかねぇ!?」
息を乱しながらそれでも声高々に僕は電話の主に問いかける。
すると当の本人はというと現状の僕とは真逆にのんびりティーパーティと、これまた口角が更にひくひくと痙攣する促進剤のように僕の脳に働きかける。
まあ、それすらも知っているとなればこれもまた彼女なりのお茶目な一面ということになるのだろう。
本心を言えば単に苛立ちを覚えるだけなのだが、それはグッと胸に押さえ込んでおく。
「ん~、まあそうなんだけどね~。いやしかし、やっぱりなにかに立ち向かう君の姿はほほえましいね~。見ていて気分がいいよ」
「……いやもうこの際見てないでただ紅茶だが珈琲だかを飲んでいるだけじゃねぇかとかは言わないことにしておきますけど、そろそろ自分が発端の一つになってるっていう自覚くらいはもってくださいよ」
「王子様ってやっぱりお姫様のいうことはなんでも叶えてくれるんだね~」
「現実を見ろクソ野郎!」
僕の言葉にやれやれと、しかし極端とよべるほど落ち着いた様子で彼女…博識な女はいたって単調な態度を変えることなく言葉を綴る。
「それはこの前私が君に言ったものだ。そう、私を付け狙うくそったれストーキング集団の起こしたものだ」
そこまで酷いいわれようはされていなかった気がするが……まあ彼女からしたらそういうことになるのだろう。
ここまでは予想通りの答えだ。
しかし、次の一言がまずかった。
「結論だけいえば街の大半が吹き飛びます」
「…………うっぷす…」
吐き気を催すにはこれとない最高の毒薬であった。
え、なに?
そんな子供が作った砂のお城感覚で街って簡単になくなるっけ?
そもそもそんな大怪獣バトルみたいな光景がこのご時世に起こるとは想定外にも程がある。
そんなことを容易にできる生物や兵器があるとしたら生物学者はもちろんのこと各統領達の顔も真っ青である。
「あのねぇ…いくらなんでもそれは数あるうちの最低最悪の結末とかでしょうが。そんなことがろくに身構えでもいなかった今日この日に起こるわけがないでしょ…う…?」
走り続けることはいつだってプラスの方向に進むものだとばかり思っていた。
しかしそんなことはないのだということに僕はこの日再び思い返すこととなる。
さながら悪夢のぶり返しかのように。
目を合わせたくない畏怖のように。
それは僕の前に嫌に神秘的に降臨する。
「さて、紹介しよう。今君が目にしているであろうものこそが今回街を吹き飛ばすメインキャラクター“クラウドジェリー”ちゃんでございます」
変にアナウンスがかった紹介と共に、小さな路地を抜けきった僕の瞳にその姿は映される。
最初それを目にしたとき思ったのはなんて大きいのかとかゼリーのような体をしているなとかそんなことではなく、真っ先に思い立ったのがどうやってこれを倒すのかといったことであった。
普通の考えではないことは僕個人としては十分なほど理解している。
さながら狩人やバーサーカーのような発想に近いとは思うが、“博識な女を守る”というあまりにも無謀な使命をもつ者としてはどうしてもそんなことを考えてしまうほかなかった。
しかし。
「倒せない…ってレベルじゃないよな……多分…」
そんなことを思わず口からもらす僕がそこにはいた。
呆然としつつもなにか確信的な自信を持ちあわせながら、そこに不死身の存在はいた。
ニヤリ、と笑みを浮かべるリリーさんの顔がこの時は不思議と頭に明確なビジョンとして映った。
「それはそれは……なんとも心強い一言だね春斗君。けれどどうやって倒そうっていうんだい?死なないことを良いことに体中に爆弾をつけて盛大で凄惨で壮大な自爆劇を見せてくれるのかな?」
「…リリーさんってサイコパスとかじゃないよね?」
想像するだけで血がサーッとひくような一言に僕は思わず苦笑を浮かべる。
まあそれで倒せるというのであればそれもまた一つの手段だとは思うが、しかしながら僕がやろうとしていることはそんなものではなく、もう少し論理的思考にのっとったものである。
「春斗様っ、恐れながら申しあげますが如何様にしてあの巨躯をもつものを退治せんとしておられるのですかっ?」
「うん。まずあいつが……えっと、なんだっけ?クラウドジェリー?だっけか。それがサンライズタワーを通じて街中の電気を集めて巨体化してるっていうのは街の電気が使えないっていうのとあいつの体内に見てとれるくらいの電気が発生してるのでわかる」
それで、と僕はタワーの頂上近く、巨大なクラゲの胴体部分を指さす。
天子はそれを必死で見ようとしているが、しかし胴体のなにを見ていいのか僕がなにを指し示しているのかあまり分からないようで困ったような顔をしている。
「多分なんだけどあそこに一つだけ異常に密度の濃い力を感じるんだよね……だからあそこさえなんとかできれば活動も止まると思うし、なにより街を壊す被害も最小限に収まるだろうからね」
そう、恐らくこの合成魔を倒すこと自体は相当な苦労を強いられるだろうが可能といえば可能だろう。
しかしながらそれにあわせて生じる被害はリリーさんの言うとおりまさしく街を一つ吹き飛ばすほどのものになるだろう。
それだけはなんとか阻止しなければならない。
となれば、腕利きの魔払い師達が集まってくる前に僕一人で決着をつけるほか良い選択肢が見つからない。
「うん、理論上はそれでかまわないよ。だけどまずあんな高いところまでどうやっていくのかな?タワー内部はごらんの通り高圧電流の牢獄みたいになっているわけだけど?」
「僕は死なないしぴったりの人選だと思うんだけど…」
「死ななくても気絶はするよ?君は死なないだけで炎に強いわけでも電気に強いわけでもないんだからね。それにそんなバカみたいに入り口から入って階段をのぼって~だなんてことしなくってもいいじゃないか」
へ?という僕の反応とは裏腹に隣にいる天子は納得といった感じで手の平の上に拳をうちつける。
「春斗様っ。天子めが妖術で空を飛び、あやつめの胴体を燃やし尽くして参りますっ!」
「え!?ちょっと待って!天子ぉぉっ!?」
僕の静止もなんのその。
天子は勢いよく空に飛び上がりサンライズタワーの頂上を目指す。
「ありゃりゃ……言っちゃったか~。さあ春斗君、あれがダメな例の一つだよ」
電話越しにリリーさんがなにやら不吉なことを言う。
僕の不安は特急列車さながらに進んでいき、汗がブワリと浮かび上がる。




