Blood5: 狂乱ノ力 part4
「…はぁ…全く……」
由佳奈は電話越しからでも分かるくらいに、やれやれといった調子で呆れた声を出す。
ため息混じりの吐息が耳に当てた電話から、ややノイズのかかった音として僕に伝わる。
思わず苦笑いをしてしまう。
「……LC682」
それからしばらくしてからだろう、由佳奈から奇妙な言葉がつげられた。
さながらどこぞの機械兵器のような響きに、僕は首をかしげる。
まさか、そのLCなんとかというもので僕を殺そうとでもいうのだろうか。
走行時に発する汗とは違った種類の汗が額にジワリと浮かび上がる。
彼女ならやりかねない。
「えっ、と……つまりはそれで自害しろということでよろしゅうござんすか?」
「なによそのエセ方言は。っていうか違うわよ」
「え、違うの?」
そもそもあんたは死なないでしょうに、とごもっとなことを言う由佳奈。
「今あんたがいる地点は携帯のGPSで把握できてるわ。そこから現場まで最短ルートで行くなら確かに直線のみのルートだけれど、それはおすすめしないわ」
それはなぜだ、という問いかけはすぐさま理解できたことにより意味をなくす。
ここから数キロ先、それは一見建物が倒壊したことにより発生した砂埃のように思えたのだ、がそれは違った。
そこにいたのは無数の合成魔の群れ群れ群れ。
大きいものから小さいものまで、飛行タイプから接近戦タイプまで多種多様ときている。
「どうやら、事件の中心にいる合成魔はよっぽど強力なようね。そこから発せられるアナジスタが近辺にいた合成魔を呼び寄せてるみたい」
フェロモンというものをご存知だろうか。
それは異性を呼び寄せる、性的興奮を誘発させるなどと生殖関連のものとして有名だが他にも効果はある。
警報フェロモンとよばれる俗に蜂が有しているフェロモンがある。
それは殺された場合、他の仲間を呼ぶために使われるいわば招集スイッチである。
強力な合成魔にはそれを常に放出するものもいる。
そのフェロモンの名はアナジスタ。
そこに含まれている成分はどの生物のものにも該当せず、さらには生存中は常に生成・放出されるという面倒なおまけもついている。
対処法はアナジスタを放出する合成魔は死亡した瞬間、逆にレコナンドとよばれる別種のフェロモンを放つ。
それは他の合成魔に自分以上の力を持つ者が現れた。このままでは種の絶滅だ。というようた危険シグナルをフェロモンとして放ち呼び寄せた合成魔を逆に遠ざけるのである。
「つまりはあれを全部敵にまわすだけ無駄ってことか」
「ええ、そうよ。優先すべきは本体のみ。そして、そこに向かうルートには当然アナジスタの濃度も高いわ」
「じゃあ遠回りすれっていうのかよ!?直線ルート以外でサンライズタワーに行くってなると、大分時間がかかるぞ!?」
ただでさえ時間がかかるのにもかかわらず、ここにきて更にそれが増えるなんてそう易々と了解はできなかった。
こうなったら、天子を使って強行突破するしかないかと考え始めたその瞬間。
「はーい、そこでストップ。ストーーップ」
突然電話の通話口から謎の静止が発せられた。
僕はほぼ反射的にそれに従っていたようで、きれいにその場で足を止めた。
「な、なんだってんだよ!心変わりでもして僕を避難させようっていうのか!?」
「そうしたいのならこちらもそのオーダーにあわせるけれども……まあ、説明するよりも見てもらったほうが早いわね」
「見るって…一体なにを……?」
「そこの近くに人除けと不可視の結界がはってあることには気付くかしら?生命体じゃないから春斗のセンサーには反応しないと思うけど」
スピーカーモードにしていた携帯から聞こえた発言に、頭をひねる僕をさしおいて優秀な式こと天子は辺りをクルリと見渡しはじめる。
天子の眉がピクッと反応したのと同時に天子は両手を使って複雑な形を瞬時に作りだす。
それが解除の印だということに僕は遅れながらに気付く。
「解っ!!」
口から発せられた天子の声にあわせるかのように先程まではなにもなかった歩道の空いたスペースに突如として金属製の大きな倉庫が現れ出る。
「天子が見つけたよ。それで、これは?」
「あら、天子ちゃんが手元にいたのね。それはそれは無能な春斗には心強いかぎりね」
あいかわらずの毒舌を言う由佳奈は、それにこうも続けた。
「春斗が見つけたそれはウチが所有してる移動用霊装、“ジャッカル・ランナー”よ。ガソリンで走るっていうから霊力走行が可能になった最近じゃめったに使われないんだけど…」
「おい、自慢を聞いてる暇は僕には…って、あれ?この倉庫の暗証番号ってもしかして……」
僕は電子版に表示されている五桁のロック解除の番号入力に文字を入力していく。
ただでたらめにやっているわけではない。
偶然にも運命的に奇跡的に僕はついさっきなにやらそれらしい五桁の番号を耳にしていたのではなかっただろうか。
「LC682、と……確定」
入力確定を押した直後、ゴウンッという荘厳な音を鳴らしながら大きな金属製の倉庫が次々と展開されていく。
その中心にあるのは怪しく黒光りしているスポーツバイク。
由佳奈はめったに使われないといっていたがキチンと整備はされているようだった。
「もし、もしよ?もしも奇跡的にその倉庫をあけれたのなら、ご褒美として好きに使ってくれてかまわないわ。よかったじゃない、それで行きたいところにもすぐにつけるわよ」
「………ツンデレ」
「ばっ!?そんなんじゃないわよ!さっさとあの子のところにでもどこでも行きなさいよ!」
そういって、電話の通信は強引に絶たれた。




