Blood4:命ノ価値ト君ノ価値 part10
「……出来ません」
ポツリ、と。
鈴山さんの口から気弱な言葉が漏れ出る。
「私は…私はそんなに強くありません。先輩みたいに…私には強い心がありません」
ギュッと目を強く瞑りながら彼女は懸命に戦い続ける。
鈴山さんの意志と僕の意志とが争乱の旋律を奏であう。
「それに先輩が言うように、そんな物好きな人がいたとしたら…これは言い方が客観的なものになってしまうんですけれども、私はこんな考えには至らなかったでしょうし…」
「それはそうかもしれない…けど自分が変わらなかったら何も変わらない!相手になにかをしてもらいたかったらまず自分から行動しないとなんにもならないだろ!」
僕は強く語り続ける。
それこそ熱血的な指導をする教師のごとく、彼女を説得する。
言っていることは心の奥まで響かないありきたりな言葉かもしれない。
それでも僕は口から発せられる言葉をせき止めることは止めない。
「君が今までどんな目にあったかなんて僕は知らないし、そこを敢えて詳しく聞くこともしないよ……だけど、これからを一緒に作ることはできるはずだ!」
「…これ……から…」
「そうだ、これからなんだよ!過去は変えられなくても今は変えられる!一緒に笑ったり、怒ったり色んな日常を過ごそう!」
「…いいですね。そんな世界…」
「そうだろう!?だったら!」
「でも……」
鈴山さんは先程同様気弱な口調で僕を遮る。
「仮にそんな世界をこれから過ごせるとして……私にその世界を歩く権利があるんでしょうか…?」
「そんなの……ッ」
あるに決まっているだろう。とは言い切れなかった。
それは僕ごときが安易に決めつけるものではない。
さも彼女を理解しているかのように振る舞うこと自体、思えばおかしな話なのだ。
僕が彼女を語るのは筋違いだ。
僕が出来るのはあくまで彼女に考え直してもらうことくらいである。
それなのに僕が、これからの彼女の生き方を事細かに決めつけ強要するのは絶対に違う。
「……そうですよね…今までこの世界を嫌っていた私が、のうのうと生きていくなんて都合が良いって事ですよね……」
「違っ…そういうわけじゃ……」
しかし、うまい言葉は一つとして出てこない。
一度あんなことを考えてしまったら先程のように思考が柔軟に働かない。
「先輩」
彼女は僕を呼ぶ。
さっきよりは少しばかり明るい口調に、僕はいささか不安を覚えた。
「……なんだい鈴山さん?」
「もう…私の為なんかに無理しなくてもいいんですよ」
そう言い彼女は口元をゆるめる。
悲しげな作り笑いに僕の胸は締め付けられた。
「私が先輩を付け狙っていた理由は、もうなんとなくお分かりでしょう」
「……それは…」
思い当たる節はあったが、口にできなかった。
それは僕から言ってしまえば、さながら自己主張が激しいようにも聞こえてしまうおそれがあるからだ。
彼女もそれを悟ったのだろう。
自ら今までの行動理由を話してくれた。
「私は嫉妬していたんです。不死身の黒血という恐怖の看板を背負いながらも周りとうまく協調している先輩の姿に、ただ嫉妬していたんです」
「そんな大層なことじゃ……」
謙遜しないでください、と鈴山さんは言った。
その作り笑いを止めてくれ。
僕まで心が滅入ってしまいそうだ。
「私にはそれが出来なかった。そして、多分これからもきっと……」
鈴山さんは言葉を濁す形でそう言った。
なんでこうまでうまく事が進まないのか……自分の不甲斐なさが腹立たしく、同時にもどかしくもあった。
なにか一つでも彼女の生きる理由を見つけられたなら、たとえそれがどんな形だろうと、たったそれだけで彼女を救えるのに。
僕の思考は錆びていき、そして消え去る。
代わりに底なしの虚無感だけが思考を支配した。




