Blood4:命ノ価値ト君ノ価値 part7
“愛し合う”ことは自由だ。
それは真実。
だが“愛し続ける”ことは自由ではない。
それもまた真実。
僕は思う。
彼女もまたその理不尽な愛の物語が生み出した悲劇の産物なのだと。
僕のように途中からなったわけではない、正真正銘生まれた時からの悲劇を、しかし彼女はその小さな体に打ち込まれたのだ。
孤独という悲劇。
畏怖されるという悲劇。
それを抱え込まなければいけないという悲劇。
果たして彼女がなにをしたというのだ。
いや、僕たちがなにをしたというのだ。
心の底からなにも考えずに笑える日々を奪う理由があるほどまでの罪を犯したとでもいうのか。
「この世界は残酷です」
彼女は告げる。
呆れたように。
切望するように。
「私みたいな半端者には居場所と呼べる場所がないんです」
心がざわつく。
さながら鳥肌がたつかのような衝動が自身の廃れた心から感じられる。
それは他人事だとは思えないからだろうか。
そう思えば彼女の言葉はまるで自身へ告げられている憤慨の言葉とさえとらえることもできた。
「だからこそ……だからこそ私はこの世界から解放されたいんです」
解放。
その言葉が意味するのは恐らくは彼女と一般人との中とではまるで意味が違ったものなのだろう。
「私は天国とか地獄とか、そんな曖昧なものが存在するとは思いませんし寧ろないものだとさえ思っています」
「……待てよ」
「少なくともこんな不条理な世界よりはまだ全然ましでしょうしね。だからこそ私は…」
「待てって言ってるだろ!」
バン!と、机を叩く音が盛大に響きわたる。
その拍子にコーヒーが入ったカップが倒れそうになるが僕はそんなことなど気にも留めなかった。
現状、最も意識すべき問題はそんなことではないからだ。
「さっきから聞いてればなんだよ…まるでこれが最後ですみたいにきれいさっぱり締めくくろうとしやがって…それじゃあまるで…」
まるで……別れの言葉みたいじゃないか。
「そんなのハイそうですかで簡単に済ませられる訳ないだろう!?」
例えそれが我が儘だとしても。
安易な性善説に基づいたものだとしても。
僕は生きていてほしい。
鈴山 山葵という一人の少女に生きていてほしい。
「何度だって言って聞かせてやる」
僕は決意する。
この少女だけは決して一人にしてはいけないと。
この世界に恨みだけ残して消えるなんてそんなことは絶対にさせない。
かつて、自分の愛した悪魔がそうだったように。
今度は僕がそれをお返しする番だ。
「僕は君を死なせない」
たとえ世界が彼女を拒絶しようとも。
それでも僕だけは彼女の傍にいよう。
傲慢だろうがなんだろうがそれが僕なりのやり方だ。
「……今更なにを言おうと私の意志は揺らぎません」
彼女はうつむくようにそう言った。
「吸血行為なんて…そんなことしたらまた化け物に戻ってしまうじゃないですか」
「そうしないと君は生きていけないんだから仕方ないじゃないか」
「私は普通が良いんです!」
怒声が広がる。
いつか聞いたことのある発言内容に脳が意味深な反応を示す。
「皆と笑って過ごして!支え合って!不安なんてない明るい毎日を私は生きていたんです!」
でも、と彼女は続ける。
「そんなの私には夢のまた夢…なんせ、もとより居場所がないんですからね……だからこそ私は最後くらい人として死にたいんです。人らしく血なんて口にしないで普通のまま死にたいんです…」
だから邪魔をしないでください!と鈴山さんは叫ぶ。
僕は自身の胸に問う。
今僕がしていることはただの自分勝手な妨害なのだろうか。
もしかしたら彼女の行為は糾弾すべきものではなく、むしろそれが当たり前なのではないだろうか。
それが正しいのではないだろうか。
でも。
だからといって。
僕が自分の決意をまげることはない。
「ねえ鈴山さん…一つ、聞いても良いかな?」
鈴山さんは反応を示さない。
不服そうな表情のまま口を強くつぐんでいる。
そんな彼女に、しかしながら僕は問いかけを止めることなく続けるようにして声を発する。
僕が示した問いかけはこうだ。
「君にとっての普通って一体なんなんだい?」




