Blood4:命ノ価値ト君ノ価値 part1
「さ…てと、そろそろ指定の時間ですか」
今となっては時代遅れな二つ折り携帯を肩と耳の間に挟めて、どこか億劫そうな口調でそう言うのは妙に彫が深い顔立ちをした大柄な体格の男。
その風貌から東洋人ではないことは確かだが、しかし男は流暢に日本語を駆使して電話の相手と会話をしていた。
そして男が挟めてある携帯からは、正に非対称といってよいほど穏やかな口調の優しげな声が滑らかに男の耳に滑り込んできた。
『おやおや、今日はやけにやる気だねガイル』
「……俺はいつだってやる気満々ですよ。むしろやる気しかないと言っても過言じゃあない」
『おいおい…いったいどの口が言ってるんだよ』
ガイルと呼ばれた男は、電話の声に思わず苦笑してしまう。
ガイルが思うにやはりこの男とは生涯心の底から分かり合えることはないだろう。
と、ここで言い争ったところで意味はないのはガイル自身、身に染みてわかっている。
どうせまた自分の本心は相手に悟らせず、それでいて的確にこちらの意見を論破してくるに違いない。
この電話の男は“そういうタイプの男”なのだ。
『ところでガイル。今回の…というよりは今日の目的は覚えているかい?』
「もちろん覚えてますよ。流石にそこまでバカじゃあないですよ」
昨日の今日で忘れるようなら、それこそ頭の良し悪しどころの話ではなくなってしまうだろう。
というか、この電話の男はどれだけ自分のことを低能だと思っているのだろうか。そこまで自分を低く評価するのであったら、最初から自分にこんな重要な仕事を任せるなと、ついつい悪態づいてしまうが、これはガイルのみならず彼と同じ立場の人間であれば間違いなく同じ反応を示すことだろう。
しかしながらガイルはその不満を決して口にすることはなく、その代わりに自分が羽織っている薄手の革ジャンのポケットからよれよれになった煙草のケースを一つ取り出し、そこから三本もの煙草をとっては流れるように一気に口にくわえ、それらを安物のライターで順々に引火していく。
そんな非常にもったいない行為は、しかしガイルの心情を先ほどよりは穏やかなものへと変えていった。
それもあってか今までの不愛想な表情もどこかやわらかくなった気さえさせた。
「…ふ~~……っ。それで?いつごろに始めればいいですかねぇ?」
『う~ん、そうだなぁ…。そっちは今何時くらいだい?僕が予想するにちょうど11時半くらいかな?』
電話の男は自分から疑問を提示したのにも関わらず、間髪入れずこれまた自分で答えを述べていく。
その対応もガイルにとっては日常茶飯事のようなものなので、特に感情らしい感情を芽生えさせることなく、さながら答案をあわせる教師のごとく静かに自分の腕時計へ目を配らせる。
そこに指示された時刻は、11時23分。
予想であれば十分許容範囲内の誤差である。
「…チッ、相変わらず予想だけはピカイチですね」
ガイルは少しばかり嫌味の色を口調に含ませ小さな反撃にでてみるが、たいして電話の男はそれを高らかに笑っては軽く受け流す。
『アッハハハハハハハ!!当たり前じゃないか。なんせそれこそが僕の強みでもあるからね』
高い予想能力が自身の強みという電話の男は、ガイルの期待していた反応とはまるで違っており、彼としてはそれはもう拍子抜けな反撃劇場となってしまった。
『さてと、それじゃあくだらない雑談はここらで終わりにしようじゃないか。君もそろそろ僕と仲良くお話するのに飽きてきただろう?』
「(……最初からあんたとの会話を愉悦と思ったことは一度もないんだけどな…)」
ちっぽけな反撃に失敗したガイルは自分の頬を軽く掻きながら、そんなことを思っては適当な相槌をはさめていた。
彼としてもこれ以上不用意なアクションをおこして、電話を長引かせることは本望ではなく、むしろその逆を望んでいた。
「それで…話を戻すがいったい何時始めれば良い?」
ガイルは口に咥えた三本の煙草を器用に口内の舌で上下に揺らして燃え尽きた灰を下に落としていく。
それを見計らったかのようなタイミングで、電話の声は再び穏やかな調子で話をきりだした。
『なるべく多くの人を巻き込みたいからね。それを考えると…そうだね、実行は12時ジャストってところでどうかな?』
「口調に合わず随分とえぐいことを考えるんですね…。ま、良いでしょう。それじゃ、俺は色々と準備がありますんでこのへんで……」
『うん、じゃあ頼んだよガイル』
その言葉を境にガイルが通話を切ろうとしたところ。
『ところで今、君はどこにいるんだい?』
「……それは予想しないんですねぇ…」
ガイルは浅く吐息をついた後、ほんの少しばかり間をあけてから電話の男の問いに答えてみせる。
「…なんて読むんですかね……多分“くずみや”っていうここらじゃ一番大きな町です」




