Blood3:埋マラヌ溝 part10
そう頭の中で呟き、自身の不甲斐なさを再認識する山葵。
自分の仕事のできなさに頭をかかえるOLのごとく、彼女はちょうど目が隠れるように右手を添えてみせる。
それは事情の知るものから見れば、単に現実から目を背けているように解釈されるかもしれない。
しかしながらその行為の表す意味すらも、まだ幼い彼女は知る由もない。
「……ひどいことしちゃった…よね」
頭の中をよぎるのは、とある少年に頬をはたかれたあの夜の出来事。
思えばあれが木戸 春斗から受けた初めての攻撃だったかもしれない。
あれだけ自分が切ったり刺したりしても反撃するどころか、いつもその場をしのぎきろうとしかしなかった彼が初めて見せた攻撃。それは自分にとって大切な存在を侮辱されたがためにおこなった行為。
それを考えるとよほどその存在は彼にとって大きなものなのだろう。
そうだとしたら自分のあの発言は…いや、これまでの行いはどう考えても最低だ、と今までの自分の行いを山葵は心中で懺悔した。
「(今の私は…ううん。昔から私は……最低だ)」
人としても。吸血鬼としても。その境目にいる不明確な存在としても。
「……謝らなくっちゃ」
ボソリと誰にも聞こえないような小さな声は別に誰かに伝えたいがために発したわけではない。
事は簡単で、それは自分に言い聞かせるため。
そうでもしなければこの場から足を一歩動かすことさえ大変な作業になるだろうから。
やがて山葵はゆっくりと座っていた簡易な作りのベンチから腰をあげた。
「…とりあえず、今すべきことは役所を探すことですよね」
そう言ってポケットに押し込んでいた携帯片手に再び町を歩き出す。
もう少しで昼の時間帯になるということもあってか、気が付けば周りの騒がしさはまた一段と増加している様子であった。
耳をすませば大きな赤子の泣き声やら、仕事休みの雑談に花を咲かせる社員たちの底抜けに明るい声が聞こえてくる。
他の人からすれば当たり前なこの光景も、しかしながら世界を恐れる山葵には手も届かない夢物語のように感じられた。
そんなことを思いながら歩いていると、いつしか携帯の画面には目的地に到着した旨を知らせる簡素なメッセージが映し出されていた。
そのまま視線を携帯から上の方へとむけてみると、目の前にはさながら日本の城の上の部分だけをとって置いたような一見そういったレジャー施設を連想させる佇まいの大きな建物があった。
ご丁寧に建物の入り口前には筆で書いたような書体で聖安役所と書かれている。
どうやら意識せずにブラブラと歩いていたところ、いつのまにか目的の場所に到着していたようだ。
「ははぁ…日本の聖安役所はこんな造りなんだ……ロンドンとは大違いですね」
今までロンドンの役所しか見たことがない山葵としては、思わず唖然としてしまうものではあったが、それも最初のうちだけで、すぐに意識を今日の目的のほうへと向けなおす。
いつも携帯をいれている方とは逆のポケットに手をいれ、そこにある一枚の札の存在をキチンと確かめた後、山葵は役所にむけ一歩足を踏み出そうとした……その時であった。
「鈴山さん!!」
突如、横合いから大きな声で名前を呼ばれた。
思わず…というよりはほとんど無意識のうちに声のした方へと山葵は顔を向けた。
そして視線は顔を向けた先にいる人物に集中する。
そこにいたのは自分がこの町で唯一名前と顔が一致する人物であった。
もっといえば今、もっとも会いたくない人物でもあった。
山葵の真っ赤な両目に映るのは、茶色いくせ毛の短髪の少年とそれに寄り添うようにして近くにいる小さな角が生えた黒髪のおかっぱ頭の見た目7歳程度の幼い容姿の少女。
後者は記憶にはいないが、だがしかし前者の方は山葵の記憶に新しい人物であった。
「……先…輩…?」




