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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第一章:吸血ノ少女
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Blood3:埋マラヌ溝 part9

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とある少年が何かを確信する少し前の時刻。


土曜日ということもあってか町の中は平日とは異なり子供連れやカップルといった若年層の姿が多く見え、いつもに増して騒がしさを醸し出していた。


そんななかに、どこか場違いにも似た空気をうっすらと放っている少女の姿があった。


「ええっと……確か地図だとこのあたりにあるはずなんだけどな…」


携帯のディスプレイと、にらめっこをしながら鈴山 山葵はそう呟いた。


学校があるわけでもないのに茶色の制服を身にまとった彼女は、だれがどうみても道に迷っていた。


というのも山葵はもともと東雲町の人間ではない。


引っ越してきたのはつい最近のことで通学路近辺の情報さえあるが、それ以外の場所についての情報はてんで知らなかった。


くわえて現在山葵がいる九頭宮くずみやという場所はここら一帯では町の中心部としての機能を備えている。


そういうこともあってか街中は大小様々な企業が密集した状態になっており、住み慣れた人でも下手をすれば迷ってしまうようなコンクリートジャングルと化していた。


そんななかに、引っ越してまもない少女を放り込めば最後、迷子になるのが関の山だということは他の人から見ても既知のことだろう。


最近では携帯で調べれば位置情報などすぐにてにはいるが、それも町の事をまったく知らない山葵からすればせいぜいお守り程度の役割しか果たしておらず、あまり使いこなせているわけではなさそうだ。


「………ああ、もうっ!!なんでこんなにもいりくんだ作りになってるんですか!こんなの初見殺しみたいなものじゃないですか!?」


と、誰に向けてではない文句を盛大に口にした後、山葵はあまり役に立たない携帯を乱暴にブレザーのポケットの中へと押し込み、そのまま近くにあった簡易な作りのベンチに腰かけた。


すると肉体的な疲労とは異なったものが、ドッと体の中心からあふれてくるのが分かった。


この程度の歩行で疲れてしまうほど、やわな体では魔払い師としてやってはいけない。


つまりはそれが精神的な疲労から来たものだということは消去法から、すぐに理解することができた。


「(…………気疲れしてるのかな……私…)」


ふうっ、と軽く溜息を吐く。


5月特有の爽やかな春風が髪をなびかせるが、それとは対称的に山葵の心は暗いものがあった。


目を瞑り頭をよぎるのは自分が心の内に秘めていた悩み事ばかり。


それは自分が魔払い師だということがバレてしまったこと。

それは協会が急に自分を見知らぬ場所におくったこと。

それは自分がわけあって吸血行動をしていないということ。


そして……木戸 春斗という存在に干渉してしまったこと。


「不死身の黒血……か」


協会本部で暮らしていた時に何度かその呼び名は耳にしたことはあった。


“ありとあらゆる法則を狂わせる不死身の黒血”。


噂によれば力欲しさに悪魔と契約し、その力で住んでいた町を一夜にして破壊した邪心に堕ちた愚かな少年の呼称名らしい。


確か黒血専用の対策委員会やら警備課などがあったはずだ。


そこまで協会の危険視されている黒血とは、いったいどんな存在なのだろうかといった疑問は前々からうっすらとは感じていた。


もはや世界を牛耳れるほどの権力をもった協会そのものをここまで危険視させる少年に、好奇心に近い興味を山葵は抱いていた。


とはいえ黒血対策にかかわることなど全く無く、次第に興味は薄れていった。


だがしかし、出会いは突然現れた。


これといった説明をうけることなく東雲町にとばされた山葵は、そこで出会ったのだ。


過去のトラウマから学生生活に恐怖を感じ体育館裏で泣いていたあの時、それは山葵の目の前に現れた。


制服を着崩した自分よりも年上のくせ毛の少年。


なにも期待などしていない自分の命に無関心な態度の先輩。


彼がかの有名な黒血だとは当初、まったくわからなかった。


それこそ最初は合成魔キメラかなにかだと思っていた。


だが木戸 春斗の正体がわかってからも山葵は彼への攻撃をやめることはなかった。


理由としては協会にとって邪魔な存在となり民間に被害を及ぼす可能性のある存在を野放しにするわけにはいけないと思ったからだ。


しかしながら、山葵の頭の中ではそんな魔払い師的な見解とは異なった考えも同様に自身の頭を支配していた。


それは自分が幾度も刃を振り下ろしているのにも関わらず、木戸 春斗がそれに対して自分に反撃をしてこなかった…ということである。


単に弱いからというわけではないのは幾度にも重なる襲撃から予想はついていた。


力を極力最小限に抑えているのは動きのぎこちなさから容易に分かるし、なにより攻撃に対する動きが明らかに戦闘を経験したことを物語っていた。


それなのに彼は一向に自分から攻撃をしてくることはなかった。


いつも出会う度に弱気な姿勢や言動をし、こちらからの攻撃をよけることはしても決して反撃の姿勢は見せなかった。


それでいていつも周りには彼を慕う人たちがいた。


その姿と、思わず自分を重ねてしまった。


人にもなれず吸血鬼にもなれないこの孤独な自分と、世界から恐れられている孤独な少年。


どちらも孤独なはずなのに、誰からも慕われず恐れられるだけの運命なのに。


けれども木戸 春斗は違った。


彼のこの世界に対する姿勢は根本的に山葵とは異なっていた。


周りと打ち解けることなどないと勝手に決めつけ自ら距離をとり出来るだけ目立たないような生き方の自分と、周りからの評価など気にも留めていない自由な生き方の彼。


どちらが正解かなど、わざわざ判決することもない。


……けれど。


「(私にはその当たり前が出来ない)」


一度自らが作り上げた心の壁は容易に取り外すことはできず、そのかわりにただただ嫉妬という汚い心が己の心に積もっていった。


それがつもりにつもって、あの食事の後の身勝手な発言につながってしまった。


悪いのは彼ではない。


悪いのはこの世界ではない。


「(どうしようもなく悪いのは他でもない……私自身だ)」




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