Blood1:吸血ノ少女 part4
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「それで……どうなんですか?」
超巨大な下手したらそこらの合成魔なんかよりも強敵だったオムライスを何とかして完食し、それからファミレスを出て何分か歩いた辺り。
僕の一歩後ろを歩く鈴山さんが、唐突に何の脈絡もなくそうたずねてきた。
「どうって…お腹の調子のこと?」
「違います。先輩がゾンビなのに何かとおかしな点があるというところについての質問です」
食べ盛りな男子高校生の僕でさえ涙目で何とか食べきったあの化け物サイズのオムライスを同じく食べたのにも関わらず、鈴山さんはこれといった変化もなく変わらぬ表情で訴えかける。
その態度から本当に僕と同じものを食べたのだろうかという疑問が思わず浮かんでしまうのだが、どう思い返してもアレは僕と同じものだった。
もしかして、鈴山さんの方が僕よりも合成魔っぽいのではないだろうか(主に食欲関連の線から見て)?
「うっぷ……そんなにおかしいかなぁ?」
僕は、はちきれんばかりに膨れ上がった自分の腹部を両手でさすりながら、呑気な口調で反応を示した。
が、しかしその反応が気にくわなかったのか、僕の一歩後ろにいた鈴山さんは早足で僕の前にやってきて、その進行を妨げてくる。
その表情はムスッとふてくされていることこの上ない。
本当に感情が直ぐに表情にでる子だよな、鈴山さんって。
「す、すごくおかしいじゃないですか!?だって先輩がゾンビだとしたら太陽の下で生活は出来ないはずです!」
「いや、それはね……」
「けれど先輩は快晴でも平気で日常を送ってるし……いえ、まだまだ指摘する点は山ほどあります!」
「ちょ、ちょっと落ち着けって!別にそこまで気になるようなことじゃないだろ!?」
さり気なく発したその一言。
それが無意識のうちに放った爆弾だと、僕は気付くこともなかった。
その結果。
「落ち着け!?落ち着けるわけ無いじゃないですか!」
「だから、何でなんだ!?っていうか、いきなりどうしたんだよ!?」
もしかして、まわりくどい説明に腹を立てたんじゃ…と頭の隅で予想しながら、僕はいきなりヒステリー状態になった鈴山さんに訳を尋ねる。
今の時間帯がもう夜遅いため周りに気を遣うことはないが、それでも痴話喧嘩かなにかと勘違いされて野次馬が集まる可能性がある。
そうなることは僕はもちろんのこと、鈴山さんだって望んではいないだろう。
そう思った僕はとりあえず人気のない薄暗い小さな公園に彼女を連れて入る。
別に変なことをしてやろうとか、そんな邪念に満ちた考えはなく単純に前述の心配をなくす為の行為だ。
さて、それでは話を落ち着いて出来るシチュエーションを作ったところで、早速さっきの続きといこう。
「全く……僕が何か君の癇に障るようなことをしたかい?」
「だって…だって先輩が……ッ!!」
「あ~あ~、いいから落ち着けって!今の君と話したところで時間の無駄だ」
僕はわざと冷たくあしらうことで、彼女の気を落ち着かせんとする。
だが、しかし。
かえってその行動が反作用したようで逆に彼女の感情を先程よりも揺れ動かしてしまう。
俗に言う火に油を注いでしまったのだ。
「いい加減にしてください!!」
叫び、そしてキッ!と僕を睨みつける鈴山さんの目は、しかし怒りの色を浮かべているわけではなかった。
むしろ、悲しんでいるという方がしっくりくるくらいである。
「異常な存在のくせに!普通じゃないくせに!何で……何で、そうやって人間らしく振る舞おうとするんですか!?」
一方的な暴言を、しかし鈴山さんは辛そうに口にした。
まるで自分に向かって言うように。
自分に言い聞かせるように。
鈴山さんは周囲に響く位に大きな声を発する。
「刺されても!斬られても!何をしても死なないっていう異常性をみせておいて……それでも何で自分を普通らしく装ってるんですかって言ってるんです!」
普通らしく。
人間らしく。
人ではない僕にはまず縁のない事柄。
にもかかわらず、鈴山さんは僕がそれを無理して装っていると言ってきた。
「鈴山さん……それは違うよ?」
何をしても死なない不死身の体質を持ち合わせているこの僕が、どうして人間らしくいれるだろうか。
どうして普通らしく装うことができるだろうか。
そんなこと、とうの昔に諦めた夢物語のようなものなのに。
けれども、鈴山さんは僕の言葉を聞く耳を持たない。
他人の意見を素直に聞き入れることを徹底的に拒む。
「また嘘ばっかり!じゃあ何でさっきから私のおかしいっていう問いかけに、そんなに否定的なんですか!?」
「……それは君が話を聞かずに足早にことを進めているからであって、僕は別に否定的にしているわけじゃない」
どのみち僕が人間ではない異端な存在だということは変わりようのない事実なのだから、そもそもにおいて否定する意味もない。
もう!言い訳ばっかり!!と、僕の目の前では鈴山さんがまるで玩具を買ってもらえなかった子供のように地団駄を踏んでいる。
「じゃあ、なんで貴方はゾンビのくせに太陽やその他色々な弱点が効かないんですか!?」
「さあね…そこら辺はよくわからないけど、たぶん守られているからじゃないかな」
「守られている!?誰に!?何のためにですか!?そうやってまた人間らしくあろうとして……!」
ギリリ……ッと強く歯を噛みしめる音が僕の耳にはいりこむ。
憎しみすらこもった鋭い視線は、果たして僕の何を憎んでのものなのか。
それについての答えを探そうとする僕に、しかし鈴山さんは一切の猶予もくれずに淡々と自分の感情に身を任せた発言をしていく。
「異端な存在が周りから守られるなんてことはありえないんです!あるのは忌み嫌われることだけ!それ以外はなにもありません!」
それに……と彼女は続ける。
「異端な存在を守ってくれる人なんていない!先輩が自分を守ってくれていると思っている人だってきっと、心の中では先輩のことを忌み嫌って……ッ!」
それ以上は言わせなかった。
彼女はいってはいけないことを口にした。
そう理解するより早く僕の体が半ば反射的に動いた。
容赦のない平手打ちが、ヒステリーになっている鈴山さんの頬を強く打ち付けた。
バチンッ!という乾いた音が誰もいない公園に響き、そして無惨に空に溶けてゆく。
「…………あ………ッ…」
突然の平手打ちに面食らった彼女は、叩かれた自分の頬を手で軽く触れながら、驚愕の表情を露わにしている。
だが、僕は人に手をあげたのに何の罪悪感も感じぬまま先程の鈴山さんと入れ替わるように怒りの表情を浮かべ正面から鈴山さんを見据えた。
「僕のことはいくら罵倒してもかまわない……だけど、僕を救ってくれた“主”をバカにすることだけは許さない。絶対に!」
自分でも分かるくらい強く鈴山さんを睨み付ける。
それから時間の経過と共に、やがて僕は気付く。
自分が怒りにまかせて女の子に手をあげたことを。
暴力で自分の意見を無理矢理に正当化しようと、無意識のうちに浅はかな行動に出てしまったことを。
それら最悪なことを自分がしたということを遅れながら理解した僕は、その目を閉じて静かに息を吐いた。
「ごめん……女の子を叩くなんて最低だった…痛かっただろ?」
そう言ってここからでも見て分かるくらい赤く腫れた頬に触れようと手を伸ばした。
が、しかし。
「……………」
スッ…と。
鈴山さんはその場から一歩後ろにさがって、僕の手から離れる。
触れられることに拒絶を示す。
「………鈴山さ……」
「……失礼します」
僕が彼女の名前を言い終えるより早く、というか僕の発言を遮るように彼女はそう告げた後、すぐにその場から走り去ってしまった。
鈴山さんが走り去る音はやがて消え、後に残ったのは虚しくその場に立っている僕だけであった。
俯いていた鈴山さんの表情は上手く読みとることができなかったが、たぶん泣いていたと僕は予想する。
当たり前だ。
自分より何歳も年下の女の子に加減もせず、本気で叩いたのだ。
しかも、その場の感情にそのまま流される形で、だ。
痛かったに違いない。
掌に残る痺れるような感触が、そのことを明確に物語る。
鈴山さんからすれば、自分の思っていることを汲み取ってもらえず、挙げ句の果てには逆上されて殴られたという最悪の出来事だったに違いない。
こればっかりは僕が悪い。
言い訳も弁解の余地も無く、そこにあるのは僕が後輩の女の子に自分勝手に逆上して手をだしたという事実だけ。
「……最低だな……僕…」
暖かくも寒くもない生ぬるい風が、僕の肌を舐めるように通り抜ける。
鈴山さんも、この気持ちの悪い空気を肌に感じながら泣いているのだろうか。
改めて言おう。
噛みしめるように。
結果論だけを述べるように。
「……僕は…最低だ……」