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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第一章:吸血ノ少女
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Blood3:埋マラヌ溝 part6

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春風香る五月の空は変に周りに気を遣っているのか相も変わらず雲一つない晴天が広がっていた。


別に春だからといって常に良い天気である必要はないと思うのだが、どうやら僕らが考えている以上に春も春で自分の季節を猛烈にアピールしているようだった。


そんなことを思いながら土曜日という学生にとって嬉しいことこの上ない休日に、僕は自分が住む学園からほど近い所にある学生寮から地下鉄を使って聖安役所なる場所へと足を運んでいた。


さて、魔払い師でもない僕がどうして聖安役所などと堅苦しい場所に赴くのか。


これに関して言えば今までの流れを見てきたのなら、説明の必要はないだろう。


それでも説明の必要を感じるというのであれば、ようするに人助けというこの一言に尽きる。


まあ、その中には僕の謝罪という身勝手なものも含まれているので、それを考えた場合、案外人助けというよりは謝罪の方が優先事項は高いと思われる。


そう何時いつまでたっても革命の起こることのない冴えない頭でボーッと考えながら、僕は半ば投げやりな調子で地下鉄の振動と空を切るような騒音に身をゆだねていた。


人の少ない時間帯ということもあってか電車の中はガラリとしており空席が目立つ。


かくゆう僕の乗っている区画には、相当眠いのか激しく船をこいでいる(本当に船をこいでいるというわけではなく)おばさんしかいない。


おかげで普段であればやることの出来ない足を大きく開いて座るという、ちょっとした悪行までできる始末である。


「はぁ~……ただ乗ってるだけっていうのも暇なもんだな……」


『……お、お暇でしたら天子めが、お相手をいたしましょうかっ?』


だらしない格好をした僕に、ふと電車の車輪と路線が奏でるやかましい騒音をかいくぐって、非常に聞こえが良いソプラノボイスが耳をすり抜けた。


その声の主を知っている僕は、とうぜんそれがどこから発せられたものなのかも知っており、自然と自分が着ているパーカーのポケットに手を伸ばす。


そこから取り出したのは一枚の赤い札。


はたからみれば単なるヨレヨレの紙切れにも見えなくないそれは、しかし僕の右腕とも呼べる最強の懐刀が封じられているものでもある。


僕は取り出したその真っ赤な札に封印解除の為に、自身の中にある微々たる霊力を流し込む。


「よし……じゃあ出てこい、天子」


呼びかけの後、古ぼけた印象をもっていた真っ赤な札は瞬く間に淡く橙色の光を発し始め……それから続くように僕の目の前で小規模な煙が発生する。


ボフンッ!という、こもった音と共に現れたそれは相も変わらず小柄な体躯の可愛らしい風貌をした一匹の小さな鬼の女の子であった。


「お呼びいただき誠にありがとうございますっ!少しでも春斗様がお暇を感じませんように、精一杯頑張らせていただきますっ!」


「お、おうおう……そ、そこまで力まなくても良いんだぞ?」


出てきて早々、ハッキリとした口調と大きな声で必要以上に意気込んでみせる天子。


僕としては、ちょっとした話し相手になって欲しかっただけなので、ここまでやる気になっていると逆に申し訳なくなってくる。


視界の端には先程まで睡魔にひれ伏していたおばさんが天子の大きな声で一瞬覚醒したかと思えば、また直ぐに眠りこける様子が映り込んでいた。


どうやら多少の大声で話しても特に問題は無いようだ。


それをしっかりと確認してから僕は隣に並ぶように座っている天子に視線を戻す。


すると、さっき僕が言ったあまり力まなくても良いという指摘を受けたのが原因か、その小さな顔を熟したリンゴのように真っ赤に染め上げて恥じらう姿をさらしていた。


「あわわわわっ!も、申し訳ございませんっ!なにゆえ久方ぶりのご奉仕ということで、加減をはかり損ねてしまいました……っ」


「ご奉仕って……だから、そんなにかしこまらなくても良いって」


式といっても、主に絶対的に服従しなければいけないという決まりはない。


僕は知らなかったことだが昔は式は主の命令には絶対服従という風潮が当たり前のようだったそうで、その風潮を現在に引っ張る人も少なくはない。


けれども今の風潮では式は主の駒ではなく、最も親密な頼れる存在という感じである。


なので主に対して意見も言うし我が儘も言う……こんなラフな感じを僕としては自分の式である天子にもしてほしいのだが、いかんせんそうはいかなかった。


これはもう無理をしているというわけではなく、もとの性格が問題のようで、これまでにも何度も気楽にやっていこうと言ってきたのだが、どうにもこればっかりは承諾してはくれなかった。


過去に同じ鬼である風子ちゃんに尋ねてみたことがあったのだが、どうやら鬼の頭領として従うからにはそれ相応の姿を周りに見せなければいけないという変な意地が、全ての原因なのではないかと言っていた。


とはいえ、これはあくまで風子ちゃんの個人的な見解であって、本当のところはどうなのかといったところは未だに定かではない。





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