Blood3:埋マラヌ溝 part5
話がまたもや脱線し始めたので、由佳奈はそれを仕切り直すかのように、軽くため息を一つついてみせる。
こういう場合は相手のペースに飲み込まれてはいけないと、どこかで耳にしたことがある。
あくまで自分のペースを迷い足にしてはいけない。
「まだそれだったら可愛い方よ。何度か見てるけど、あれは確実に殺しにかかってたわね」
部室に山のようにたまっているYシャツの切り裂かれた部分を何気なく観察してみると、どれも脇腹や心臓、酷いときは上半身を半分にしたものなど、普通であれば間違いなく即死の箇所を的確に狙っているのが良く分かる。
彼女が魔払い師だということは不死身の少年の口から聞いて知っている。
何度かその現場を目にしたことがある由佳奈としては、その手法・手さばき・テクニック……戦闘にとって重要となってくるもの全て、明らかに並の魔払い師を凌駕しているということを強く感じていた。
「……その中学生っていうのは、もしかして鈴山 山葵なんて特徴的な名前をした女の子じゃなかった?」
「やっぱり知ってたか。流石の情報収集力ね」
「まあね。といっても、詳しくは知らないわよ。なんせ、私のは“自分の気を操る”なんて軟弱な能力。相手の会話を盗み聞きすることは出来るけど、脳内に直接入り込んで情報を収集することはできないの」
竜華は自身の赤紫の髪を軽く指先で弄りながら、やや自虐気味な調子でそんなことを口にした。
彼女の言う“自分の気を操る”という能力。
これは人間誰しもが無意識のうちに放っている気と呼ばれるものを自在に操れるという能力であり、具体的に言うとすれば強さ・範囲を能力者の思うがままに調節することが出来るというものだ。
この能力自体は別段物珍しいものではなく、魔払い師になる人達の大半はこれに類似したものとなっている。
というのも、気を操るという能力は霊術との併用が最も簡単で、攻撃一つにとっても近距離から遠距離まで
豊富なレパートリーを確保することが可能となる。
しかしながら竜華の場合は、そこに留まらない。
彼女は、更に努力に努力を重ねることにより電子機器を用いることで自分の意識を織り交ぜた気を微弱な電磁波に変換することにより、それを周りに分散させ更に広範囲での情報収集を可能にしたのだ。
もとは、そこまで飛び抜けたものが無かった気を操る能力を情報収集系のものとして確立させた竜華は、若干16才にして魔払い師の世界で革命を起こした天才児なのだ。
周りの大人たちは、そこだけをみて竜華を単なる天才としてしか捉えないが、その本質は全く違う。
魔払い師として有名な愁煉一族の血をひくにも関わらず、突出したセンスもなく落ちこぼれと言われてきた竜華は、努力に努力を重ねることでそれを乗り越えてきた。
由佳奈の知る範囲では愁煉 竜華という少女は一番の努力家なのだった。
と、こんな湿っぽいことを頭の隅で思ったりする由佳奈であった。
相手の心を読みとることは出来ないという欠点が、こういう時だけは有り難く思える。
「でも、それがどうしたのよ?」
「どうしたのよって、あんたねぇ……一応は身近にいる友人が殺されそうになってるのよ?それなのにどうしたもなにもないでしょう?」
「いやいや、だって考えてもみなさいよ由佳奈。春斗君は何をやっても死なない不死身の存在よ?それなのに死ぬかどうかの心配をするなんて、単なる無駄以外のなにものでもないじゃない」
竜華の言うことは確かにもっともだとは思う。
が、果たしてそれを道徳的に考えてみて良しとは出来ないだろうと由佳奈は思った。
同じタイプの二人が集まった場合、その内のどちらかが真面目ちゃんキャラを担うということは、どうやら本当のようであった。
「それが無駄かどうかの話じゃなくって、人道的な意味でどうなのよってこと。それに、私達と同じ職種の人間が一歩間違えれば人殺しを犯そうとしてるのよ?これを黙って見過ごせると思う?」
「……私の場合は見過ごせるかどうかっていうよりも、単純に興味があるってだけなんだけど」
「……いや、私もぶっちゃけ本音を言ってしまえばそうなんだけど…でもここは一応もっともらしい建前をもっていたほうがなにかと便利でしょ」
途中まではなんとも名家の人間らしいことを言っていた由佳奈であったが、やはり自分の存在の根本とも呼べるドSな性格には叶わなかったようで、悲しくも最終的には単なる野次馬状態と化していた。
とはいえ彼女たち曰く、一応もっともらしい建前はあるので結果的には問題などどこにも無いのであった。
名家と魔払い師という二つの名前を上手に使った、頭の回る野次馬のいっちょ完成である。
恐らくはなみいる強敵を退いて頂点に立つであろうキングオブ野次馬(仮)達は、同じタイミングで机の上に置いてあるカップを手に取り、それをまた同じタイミングで口へと運んでいく。
変なところで息の合うところを見せつける美女二人組である。
一息ついた後、最初に口を開いたのは愁煉の娘であった。
「由佳奈の知ってることは私も知ってる。そう解釈して話を進めても良いかしら?」
「かまわないわ。なんせ私が知っていることといえば彼女が……鈴山 山葵が魔払い師で影を操る能力を持っているということだけなんだから」
「あとは春斗君に叩かれてふてくされてるってことも知ってるでしょ?」
竜華は口角を楽しげにゆがませながら、由佳奈の話の不足部分を補足した。
竜華は常に自分の周りに低周波の気を張り巡らせており、その範囲は電子機器を用いればざっと3Kmほどまでに拡大する。
いくら東雲学園が中高一貫の学校だとしても、この範囲内にはすんなりと入る。
ようするに、学園内での会話は全てこの愁煉 竜華に盗聴されているようなものなのだ。
いつかプライバシーの侵害とかで訴えられそうなものである。
「さっきも言ったと思うけど、私の知っている事は少ないわ。なんせ、鈴山 山葵は学園内では会話はおろか噂の一つもたたないくらい注目度の低い女の子みたいだしね」
でも、と竜華は区切りをいれる。
「今日知ったことだけど、彼女…どういうわけかは知らないけれど周りには自分が魔払い師である事をふせていたらしいわ」
その発言に由佳奈の眉が怪訝そうに潜まる。
魔払い師であることを周りに隠していた。
そのことに対しての疑問からきた表情の変化だった。
確かに魔払い師は職業柄、色々とやっかいごとをおしつけられる面倒きわまりない職業だ。
が、しかし様々な利点があることもまた事実であり、現に由佳奈は何度もその恩恵に預からせてもらっていると自負しているつもりだ。
人によってはそれも余計で無粋なものだと切り捨てようとする者もいるとは思うが、同じ魔払い師としてはそういう考えは理解が出来なかった。
利用できるものを利用せずにいるのは勿体ない。
それくらいに由佳奈は思っていた。
「あとは……そうね。今日の放課後、それについて鈴山 山葵の担任の小梅先生が、教え子の一人である春斗君にヘルプをもとめていたわ。なんでも人付き合いの大切さがどうとかって」
「小梅先生?小梅先生って私の中学時代の担任だった、あの小梅先生のこと?」
「そう。あの人は本当に問題児の担任になる確率が高いわよね~。っと、そんなことより話を戻さないと」
竜華はそのことについての記憶を呼び戻そうと賢明に頭をひねり続ける。
「ええっと……たしか、鈴山 山葵はあの九神武衆の内の誰かと繋がりをもっていて、心底大事にされているって話だったかなぁ…」
「九神武衆って…協会上層部じゃないの。ということは、なに?あの後輩はよっぽど協会のお偉い様方から重宝されているかわいいかわいい存在だっていうこと?」
「そこまでは分からないけど特別な存在だってことは確かね。ま、春斗君もそこに疑問をもってたし、このまま彼を泳がせておけばその疑問もやがて払拭されることでしょうよ」
「………そういえば、それを聞いた春斗はどうしたのよ?」
「うん?もちろん言わずもがな、彼だったら直ぐに行動にでたわよ。話を聞いた後、学園を飛び出してそのまま……私の気の範囲外に出たってこともあって、その後は分からないけど…ま、いつものごとく上手くやってるんじゃないかしら」
竜華はあくび混じりに適当に予想をしてみせる。
本当にそんなスムーズにことが進むと良いのだが……。
何年ものつき合いである由佳奈としては、そこに行き着く前にまた別の不幸に巻き込まれてそうなものだとネガティブな予想をしてしまうのだが、それが幸か不幸か当たってしまっているということに、呑気に夜のお泊まり会を楽しむ少女達は気付くことはない。




