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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第一章:吸血ノ少女
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Blood3:埋マラヌ溝 part3


「感動の再会はすんだかい?」


自分の腰に手を当てて立っているリリーさんは、ハイテンションな僕とは異なり、相変わらず喜怒哀楽のはっきりしない表情で、そう言ってきた。


よくよく考えれば他人様の家で、自分の式とはいえ幼女を強く抱きしめクルクルと回ったというのは普通に考えてみれば、とてつもなく視認し難い絵面だったのではないだろうか。


先程の光景を見ていた相手がリリーさんだったから良かったものの、これが由佳奈のような人だったら、まず間違いなく通報されて、警察の方のお世話になるところであった。


こんな当たり前の危険にすら気付かなかったとは、つくづく僕も頭の悪い男だ。


そんなことを思っては、軽く身震いをしてしまう僕であったが、その式である天子はといえば視線を向ける方を僕から、その反対方向であるリリーさんへと変更する。


「あのっ…この度は天子めの為に徒労をかけさせてしまい誠に申し訳ありませんでしたっ。リリー殿がいてくださらなければ、今頃天子は消失していた事でしょう…本当になんとお礼を申し上げれば良いのやらっ………」


先程のように土下座とまではいかなかったが、それでも律儀に体を45度に曲げて、基本に忠実な挨拶の姿勢をみせる天子。


主の僕なんかよりも、よっぽど人間が出来ている。


……まあ、僕も天子も人外なのだが。


「あ~、良いって良いって。私は別に見返りが欲しくって君を助けた訳ではないからね。むしろお礼はそこにいる君のご主人様に言うべきではないかな?」


「…と、申しますとっ……?…」


「うん。実際のところ私は、あの事件で君を切り捨てるつもりだったんだよ。なぜなら君の活躍はあの事件を解決に導いた段階で既に終わっていた。生かしていても私個人の利点になりかねない…そう思ったからだ」


でも、と博識な女は一度話を区切る。


「そこの不死身の少年が、私に殴りかかってきてね。君を助けるためなら私と敵対することもいとわないその姿勢を見て、確信したよ。君は私にとっては大した存在ではないが春斗君にとってはこの世界の存亡よりも大事な存在なんだってね」


目をつむり顔を振って深紅の前髪を横に流した後、リリーさんは再びその目を開けてみせる。


「これで分かっただろう?私は君に憎まれることはあっても感謝される覚えはないのさ。だから、その頭をあげておくれよ」


「………それでもっ…」


「ん?」


天子はさげていた頭をあげて、自身の顔を博識な女に向けてみせる。


その表情は怒りに溢れているだろうか。


はたまた悲しみに満ちているだろうか。


当時、この事実を知った僕は間違いなく前者の方であった。


価値の有る無しで生死を勝手に決めつけるなんて、そんな無情すぎることあってはならないことた。


だからリリーさんに喧嘩をうるという大それた事になってしまったのだが……もしかしたら天子も僕と同じ暴挙にでてしまうかもしれない。


そんなことを懸念していた僕であったが、それは直ぐに無駄な心配だと知らされることになる。


「それでもっ!リリー殿が天子を助けてくださったことは曲がりようのない事実であることにかわりはありませんっ!ですから天子はリリー殿に感謝をする気はあっても己の激情を貴方にぶつけるつもりは毛頭ございませんっ!」


「…天子……」


やはり、この子は優しい。


久しぶりの再会ということもあり、多少なりとも性格に変化が生じているものだと思っていたが、どうやら天子に限ってそのような心配はいらなかったようだ。


僕は天子の角の生えた頭に自分の手を置き、優しく撫でてみせる。


「ふわぁ…は、春斗様っ?」


「良く言ったぞ天子。それでこそ僕の式だ」


天子は頭を撫でられるのが弱いらしく、その小さな体を悶えさせながら、それでも嬉しそうな笑顔をほころばせている。


「そうだ、リリーさん。これ……返すよ」


僕はリリーさんに手渡された箱の中にある刀身のない日本刀を掴み、それをそのままリリーさんに向けて渡す。


「護身用ってことで暫く借りてたわけだけど、やっぱり僕には合わないみたいだ。そもそも不死身の僕にこんなものは必要ない。拳一つあれば問題ないさ」


「……返すということであれば私は一向にかまわないんだけど…本当に良いのかい?」


「だから良いって言ってるじゃないか。こんな名刀…僕なんかには勿体ない代物だしね。それに、この刀は確実に相手を傷つける殺人の道具だ。……悪いけどそれを誰かに向けるなんてこと、僕には到底できそうにない」


まあ人外の輩相手には使ったことはあるけれど、と僕は付け加える。


「……分かったよ。それじゃあ、確かにこいつは返してもらったからね」


「わざわざ直してもらったのに、なんか悪いね」


「気にしないでおくれよ春斗君。どのみち修理にはだすつもりだったしね。それに、また君が無理をするときに必要になるはずだから、こうして前もって直しておけば安心だろう?」


僕が無理をすることを大前提に早々に霊刀を修理にだしていたとは…やはり、全てを知る博識な女はやることが早い。


これが、俗に言う出来る女というやつなのだろうか。


「だから、こいつが必要になったらいつでも借りに来ると良い。ま、それも私の気分次第だけれど」


「こんな国宝級の代物を貸し借りできる機会を与えてくれるなんて、なんとも光栄だよ。でもまあ僕には天子がいるし、そんな機会は先ずないとは思うけどね」


そういって僕は天子の頭から手を離し、今度は店の唯一の出入り口である扉のドアノブにそれをもっていく。


「じゃあ、明日から頑張ってみるよ。今日は本当にありがとう、リリーさん」


「君の口から吉報が聞けるのを期待して待っているよ、春斗君」


お互いに短い別れのやりとりをした後、僕と天子は店をあとにした。


ほんの少しの間、この店とはお別れだ。


今度、この不思議な店に来るのは吸血鬼の少女を救ってから。


そう決意して扉をくぐる僕を、後ろからの優しい視線が後押ししてくれているのを背中で感じながら、僕は漆黒の世界にへと足を踏み込んでいった。




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