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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第一章:吸血ノ少女
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Blood3:埋マラヌ溝 part2

暑くも寒くもない、その煙が僕とリリーさんの間でモクモクと漂うこと数秒。


ようやっと晴れてきたそこから、うっすらと何かが姿を現し始めた。


そして現れ出たのは見た目7歳程度の幼い容姿の少女。


身に纏うは黒の布地に赤い花々が施された品のある和服。


艶のある黒色の髪は、前髪は眉毛の辺りまで、後ろ髪は首がちょうど隠れる位の長さで綺麗に切りそろえられており、端正に整った顔立ちに大きなクリッとした瞳が特徴的な、その少女の頭の上には、しかし普通の人には無い、あるものがついている。


それは、先の方が丸みを帯びた二本のかわいらしい小さな角。


そんな特徴的なパーツを兼ね備えた少女は何故か出てきて早々、僕の足下近くの床にその小さな頭をぺったりとくっつけ、我が国でいうジャパニーズ土下座を繰り出しているではないか。


その行為にクエスチョンマークが頭上にいくつか浮かぶが、しかし角の生えた少女はそんなことなど一切気にすることなく床に頭をつけた状態のまま大きな声をはりあげる。


「お、お久しぶりでございます春斗様っ!暫くの間、お側を離れてしまい誠に申し訳ありませんでしたっ!!」


「…て、天子てんこ!?」


僕はフリーズ状態のパソコンよろしく直立不動の静止状態から、ようやっと抜け出すことに成功し、そのまま土下座状態である鬼の少女のもとへと足を運ぶ。


天子と呼ばれた、その少女は僕が近づいてきたことに気づいたのか、さげていた頭をガバッ!とあげる。


「…や、やはりお怒りでございますかっ……そ、それもそうでございますよねっ。なんせ約4ヶ月も療養に時間を費やしてしまいましたからっ……」


「天子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


僕は少女が発言しきるより早く、その小柄な身体を勢いよく抱きしめる。


ギュウゥゥゥゥッ!と力強く抱きしめられた少女は突然のことに、あたふたと混乱しているようであった。


「は、はわっ!?は、春斗様!?い、一体何を______ッ!?」


「ああ、良かった!ちゃんと傷が治ったんだな!本当に良かった!良かったよ天子ぉぉぉぉぉぉっ!」


僕は一方的にはしゃいで、そのままの勢いで少女を抱き上げ、それからクルクルと回転する。


「は、春斗様っ!?め、目がっ…目が回りますぅぅぅぅっ!?」


最早玩具の人形のようにされるがままとなっている少女の名は天子。


彼女は見た目さえ幼女だが、その正体はかの鬼の頭領であるあの酒呑童子しゅてんどうじである。


なぜ、鬼の頭領がこのような弱々しい姿をしているのかは、まあ詳しくは語る必要はないだろう。


そんな天子は僕の最強の懐刀こと鬼の式であり、ついこの間“とある事件”で大きく負傷したことが原因で、しばらくリリーさんに任せて療養中なのであった。


「それにしても、本当に大丈夫なのか?また無茶してるんじゃないのか?実は無理してるんじゃないのか?どうなんだ?どうなんだ天子!?」


「ご、ご心配は嬉しいのですがっ……て、天子めでしたら本当に大丈夫ですゆえっ…それよりもクルクル回るのをお止めに、お止めになってくださりませんかぁぁぁぁぁぁっ!?」


そのあまりにも必死のお願いに、流石の僕も正気に戻ったようで天子を抱きしめる力を緩める。


その結果、腕の中に収まっていた天子はストンと床にお尻から落ちてしまう。


「わ、悪い!大丈夫か?今のでまた傷が開いちゃったりしてないか!?」


「ご、ご心配なくっ……か、身体の方は問題はあ、ありませぬのでっ……」


と、目をグルグルと回しながら地面に横になる天子。


どうやらこの前の傷よりも、僕に頭をグワングワンと回されたことのほうが重体のようだ。


久々の再会ということもあってか、僕らしくもなく興奮してしまった。


リリーさん曰く、相手の事となると必要以上に心配性になってしまうのは、どうやらあながち間違いではないらしい。


「…あ、あいてててっ……」


暫くの間はクルクルと目を回していた天子であったが、直ぐに元の元気な姿を僕に再び見せてくれた。


なんだか子供の成長を見守る親の気持ちが、天子と接しているとなんとなく理解できそうな気がするから驚きである。


「それにしても4ヶ月か……もうそんなに時間が経ったんだな」


「天子が春斗様にお仕えしてからもう数年……にもかかわらずその大半を寝て過ごす事になろうとは……面目次第もございませんっ…」


「大半って4ヶ月だけだろ?それに天子がいなかったら今頃、この町は百鬼夜行状態だったよ」


4ヶ月前に起きたある事件。


事件の詳しい内容についてはあまり多くを語る気はない。


が、リリーさんでさえ手を焼いたそれは、正しく大事件と呼ぶのに相応しいものであった。


それが誰がどんな理由でどのようにして起こしたのかは伏せておき、結果だけをいうとすれば最悪この町が妖怪や悪霊だらけのゴーストタウンになりかねなかったということである。


そんな恐ろしい事件を解決したのが僕と、その式の天子ということである。


まあ、その代償として妖力の大半を消費してしまい、一時は死の境をさまようほどであったが、リリーさんの力を借りて九死に一生をえたのであった。


「しかしリリー殿はスゴいですねっ。あのような姿になってしまった天子を、こうも完璧に治してしまうとはっ……いやはや頭があがりませぬっ」


「あの人は何でも知ってるからね。まあ天子があんな目にあうってことも知っていて、なにも言わなかったのには腹が立ったけど」


なんでも知っている。


だからといって、なんでも教えるわけではない。


それがリリー=カルマこと博識な女なのである。


「そ、それでも天子はリリー殿に感謝しておりますっ。なんせ、またこうして春斗様にお仕えすることが出来るのですからっ」


「……すごく嬉しいけどさ…今後、僕の命令を無視してあんなことをするのは金輪際なしだからな」


不死身でもないのに身体をはって主を守ろうとするなんて、はっきりいって天子には役不足にもほどがある。


それは僕の仕事だ。


不死身の僕がやらなければいけないことだ。


「…わ、分かりましたっ……今後はあのような失態をしないよう心がけますっ……」


僕の言葉に申しわけなさそうに答える天子。


それを見て、安心した僕は彼女の頭を優しく撫でる。


「それじゃあ、これからもよろしくな天子」


「は、はいっ!ふつつかものではありますが、今後ともよろしくお願い申しあげますっ!」


「だからいちいち土下座状態にならなくてもいいって」

 

極端に礼儀正しい鬼の式に、僕は苦笑しながらも心の中では喜びを感じずにはいられなかった。


胸の中がほんわかと暖かくなるのが分かる。


それが他人と接する温もりだということに、しかし人を捨て、人と距離をとる僕は気付くことはない。



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