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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第一章:吸血ノ少女
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Blood2:博識ナ女 part19


リリーさんは自身の艶のある下唇に自分の人差し指を軽く押し当て、それから囁くように甘く、それでいて体の隅々に深く浸透していくような声で、その単語を口にした。


「sucking blood action」


滑らかに発せられた英語は、しかし僕のような純粋な日本生まれ日本育ちには分かるはずもなく(学力的なものが関係している可能性は大であるが)、ただただ首をかしげて、頭上に無数のクエスチョンマークを浮かび上がらせていた。


そんな僕を怪しい光を帯びたその瞳で、しっかりと捉えながら、リリーさんはうっすらと口角を緩ませながら、再び穏やかな口調で言葉を発した。


「まあ、簡単に言えば吸血行動だよ」


「吸血行動……?」


「そ、吸血行動。植物が光合成をするように、魚がエラで塩分やら水分やらを吸収・排出するように、人間が動植物を加工して飲み食いするように、吸血行動は吸血鬼にとって生命維持にかかせない特別な行動なんだ」


植物は光合成により成長を促進する。


魚はエラを用いることにより呼吸はもちろん、塩分や水分を吸収・排出し体内環境を調節する。


人間は動植物を加工・調理をして飲み食いすることにより、栄養を補給する。


この、何かを用いて内部環境を正すという行為は生物全般が無意識のうちに行っている、いわば意識するまでもない程に当然の生命維持行動なのだ。


もっとも身近なものとしては、酸素を消費して二酸化炭素を排出する呼吸という典型的な生命維持行動である。


それは妖怪も例外ではない。


彼らもまた呼吸はするし、人同様に動植物を飲み食いもする。


それぞれに違いはあるが吸血鬼の場合、それは他者の血を吸って体に取り込む吸血行動に限られてくるだろう。


しかしながら魔払い師でもなければ妖怪の専門家でもない僕としては、吸血行動という単語さえ知ってはいても、その詳しい内容は知らない。


そこもふまえての説明をしてもらおうと口を開いたところ、流石なんでも知っている博識な女というところか、リリーさんはそれすらもお見通しだったといわんばかりに軽快な調子で話をきりだしたのだった。


「吸血鬼っていうのは人間の血を糧として永遠の生を得る妖怪だ。不死鳥と同じ不死族の一種として考えられているわけだけど、その中でも特に忌み嫌われているっていうのが実体だ」


リリーさんは基本的なことから説明していくつもりか、そもそも吸血鬼とは何なのかというところからアプローチしていくようであった。


さっき手短にと頼んだ僕ではあったが、どうにもそうはいかなくなったみたいであった。


幸い、明日は土曜日なので時間を気にする必要もないだろう。


そう結論づけた僕は、再びリリーさんの話を聞く体制に入る。


「彼らは日光を弱点とし春斗君同様、強力な再生能力を持つという特徴のために一般には不死者の仲間と混同されている。けれど、実際には不死者とは根本的に異なる存在なんだよね」


「……というと?」


「不死者っていうのは文字通り死なない存在だ。だけれど吸血鬼の場合はそうではない。日光・十字架・聖水・野バラ……他にも山ほど弱点があって、同時にこれらを用いれば殺害することもまた容易なんだよ」


ようするに、とリリーさんは一度区切りをつけて話を纏める。


「春斗君は何をしても絶対に死なないけれど、吸血鬼は方法と力量さえあれば殺すことは可能だということさ。まあ、吸血鬼は不死身であって不死身じゃない。単に回復能力が著しく高いというだけなのさ」


「……まあ、僕の場合は体力さえあれば何度でも再生するし、たとえ体力がゼロであっても再生しないだけであって死にはしないからね……そう考えると吸血鬼の生命の境界線っていうのはなんとも曖昧な感じなのかもしれないな…」


今口にしたことが正しいかどうかは知らないが取り敢えず自分なりの解釈で、この場はおさえておく。


大体の事柄さえ分かれば問題ないだろう。


「さて基本事項をのべたところで、今度は吸血行動とは何たるかを話してみようか」


ゴホン、と軽く咳払いした後、リリーさんは今一度説明をするために自ら口火をきる。


「彼らを不死の怪物たらしめているのは血液であり、吸血なしでは治癒の力や永遠の命を維持することはできない。いわるゆ特定の条件下でしか不死身の性質を会得できないということだね」


「前々から思ってたんだけどさ、なんで吸血鬼は他者の血液を吸わないといけないのさ?」


今の彼女の説明ならば、吸血鬼を最強にしているものは血液ということになり、それはつまり自分の中に流れる妖怪の血ということなのだろう。


しかし、それならば普通に人間のように食事をすることにより自身の体内で血液を作り出しても、なんら問題はないと思うのだが……。


この吸血鬼は何故血を吸うのだろうかという問いはやや的を外れているかもしれない。


何故なら、血を吸う鬼こそが吸血鬼と定義されているからであり、そこに疑問を投げかける事はあるいは存在そのものへの問いとなってくるからである。


それでも聞かずにはいられなかった僕は、そんな疑問をリリーさんにぶつけてみたのだった。


「おもしろいことを聞くね、春斗君は。そうだね~……吸血行動っていうのは名前だけ聞けば単に相手の血液を吸うという風に解釈されがちだけど、本当のところは少し違うんだ」


「え?っていうと血を吸ってはいないってこと?」


「いいや。彼らにとっては血液そのものが重要なものだからね。ちゃんと吸ってるよ。だけど大事なのは、それが人間の血液ということになるわけなのさ」


「……他の生き物じゃ駄目なのか?」


「駄目だね。というか彼ら吸血鬼が最強といわれる所以はここにあるといっても過言じゃない。吸血鬼が求めるのは人間の体内エネルギー……今風にいえば“マナ”とか“オーラ”とか、“精気”あるいは……」


「………霊力…だね?」


ご名答、とリリーさんは僕の顔を指して言った。


「吸血鬼が吸血行動をとる理由は人間の中にある霊力を吸いとって、それを自分の生命力に転換しているからだ。そして、吸血行動の回数分だけ蓄積されていく霊力は、その量にあわせて吸血鬼の力を底上げしていくのさ。それこそ無限に、ね」






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