Blood1:吸血ノ少女 part3
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さて、ここらでそろそろ本格的な説明というものをしておこうと思う。
何に対する説明かと言われれば、それは即ち僕を追いかけていた少女、もといクレイジーガールについての説明ということ以外他ならないだろう。
僕を殺そうとした少女。
彼女の名は鈴山 山葵という。
僕と同じ学校に通う彼女は、しかし同級生でもなければ先輩でもない。
僕の通う学校には中等部と高等部があり、彼女はその中でも中等部に在籍している。
ようするに中学生…もっといえば中学2年生の女の子である。
といっても、彼女は最初からこの学校にはいなかった。
確か引っ越してきたのは三週間前。
何か色々な理由のもと、この町に引っ越してきたというのだが、正確には知らない。
そもそも今まで話し合いなんて穏便なこともなく、ただただ襲われていたなかで、これだけの情報を確保したというだけでも大したものだと思う。
そんな彼女は合成魔を退治することを生業とする魔払い師である。
合成魔とは、俗にいう人類の敵だ。
その容貌は正に怪物というにふさわしいものであり、その性質もまた同様である。
何処で生まれて、どうして人を襲うのか……その全てが謎に包まれた人類の敵。それが合成魔なのだ。
ちなみに、これは余談だが先程学校に現れた合成魔。
どうやら奴はどこかの魔払い師がとりのがした獲物らしい。
さて、それでは加えて魔払い師というものについても話しておこう。
魔払い師とは合成魔を退治するための特別な力を備えた者たちのことだ。
彼らは能力と呼ばれる力と人体に流れている特殊な生命エネルギー、通称霊力を用いて合成魔を退治し、その活動に応じた報酬をもらって生活をしている。
その報酬はどこから来るのか、そして魔払い師を統括しているのはどこなのかというところについてはまた後々することにしよう。
というのも僕が頭を悩ませるところはそこではない。僕が今するべきことは情報集だ。
彼女がどういう理由で僕と初めて会った時あのような発言と行動にでたのか、どういう理屈で影を操ることができるのか。
もっといえば、彼女がどういう性格で、どういう人間で、どういう環境で、どういう生活をして、どういう交流があるのかといった根本的な情報を探ること。
鈴山 山葵という少女を判断するための材料が圧倒的に少ない今、その行為をすることは間違いではないはずだ。
よくよく考えれば僕は彼女……鈴山 山葵とは、ちゃんとした会話を行っていない。
当初は何度か、そういう方向に持っていこうとはしたのだが上手くはいかず。
結局、三週間も僕は無駄な労働をしていたという事になる。
しかしながら、そろそろ僕も彼女と折り合いをつけなければならないだろう。
僕とて、毎日が暇なわけではない。
“本当にやるべきこと”など、それこそ山のように積み重なっているのだ。
別に彼女を嫌っているわけではない。
むしろ、これをきっかけに仲良くしていきたいと思っているくらいだ。
だが、しかし今の今まではきっかけと呼べるものが何一つなかった。
彼女は僕の言葉をいつもろくに聞かずに襲いにかかってきたし、僕も僕で、どこか諦めていた感があったからだ。
そんなときに現れた話し合いを試みることのできる、最高のきっかけ。
まだこの町の役所のことを詳しく知らない彼女にかわって僕が、色々と世話をやくというきっかけ。
役所というのは合成魔の全体的な事案を取り扱っている、いわば地方の討伐依頼所といったところだ。
活動内容としては魔払い師への合成魔の討伐依頼、およびその戦闘において生じた損害の修復、次いで合成魔退治の報酬渡しを担っている。
ちなみに正式名称は【聖安役所】。聖なる安全な場所を目指すための役所という意味をこめているらしいが、僕としては役所の名前一つに、そこまで深い意味はいらないと思っている。
そして、ここからが本題。
僕は役所に連絡するかわりの条件として、彼女に一度でもいいからキチンとした話し合いの場を設けてくれるようにと頼んだ。
まあ、最初は拒まれだが、なんとか説得して了解を得ることに成功した僕は、現在ファミリーレストランのメニュー表と格闘していた。
「うぅむ……“ふんだんキノコの地獄ラザニア風”に“旬の素材の地獄パスタ”か……果たしてどっちが美味しいのだろうか…?」
「あの……何をしてるんですか?」
「何って、新作メニューであるこの地獄料理のうち、どっちが美味しいのかを考えているんじゃないか」
そうじゃなくって!と、僕の目の前に座る鈴山は机をバンバン叩きながら、猛烈に不服そうな目で僕を睨みつける。
「私は話し合いという条件のもと、こうして貴方についてきたのに、何でファミリーレストランで仲良くお食事なんてしてるんですか!」
「まあまあ。どうせ話すなら外よりも中で仲良く食事でもしながらと思ってのことだからさ。僕は気にしてないよ」
「私が気にするんです!」
うー……と、恨めしげな顔で僕を見る鈴山。
その瞳は相変わらず血のように赤い。
とはいえ、僕の血は赤くはなく黒いので、そういった感覚はどうも曖昧なものなのだが。
そんなことを思っていると、唐突に鈴山は深い深いため息をつき始めた。
「はぁ……分かりました。私も一度、貴方とはキチンとお話しすべきだと思っていましたから」
「そうかそうか、そいつは奇遇だな……って、ちょっと待て!そんなことを思っていたのであれば、なぜ君は何時も何時も僕との会話を拒絶して襲いかかってきたんだ!?」
「そ、それは……えっと……し、仕様です!」
「どんな仕様だよ!?そんなもの誰一人として求めていない代物だよ!全く……君は少し妄想まがいの変な癖があるよな」
「な、何を根拠にそんなことを!?」
だってさ~、と僕はメニュー表片手に背伸びをしながら至って呑気な口調で話す。
「何で僕を襲うのか問いただしてみたら、さもコッチから頼んだみたいに言うし~」
「ぐむ……」
「今だって自分の立場がアレになったら直ぐに仕様だなんだと言い訳するし~」
「~~~~~っ!?も、もう止めてください!っていうか、早く何にするか決めてくださいよ!」
「いや~、それなんだけどさ~。僕ってば、こういうの決めるのに結構時間かかっちゃうタイプなんだよね~。あ、そうそう。これ、ちゃんと覚えておいてね?」
「な、なんで覚えてないといけないんですか!?あ~っ、もう!!私が勝手に決めますよ!?良いですね!?」
そう言うなり彼女は返答も待たずに、僕の迷っていたものとは全く関係のない自分と同じメニューをチョイスする。
ついでに相談もなしにドリンクバーまで勝手に頼んでしまう始末。
注文を終えた後の彼女の不服そうな表情からみるに、今の彼女の心情が不機嫌そのものだということは火をみるよりも明らかだった。
こんなはずではなかったのにな、と僕は未練たらしく手に持っていたメニュー表を元の場所に戻しながら心中で密かにそう思った。
なぜなら僕としては、この会話を通じて少しでも彼女との距離を縮めて、そこから楽しく話し合いに繋げられるようにという考えだったのだが……。
いやはや…彼女の現状から察するに、これは予想以上に嫌われているみたいだ。
まあ、それも当然といえば当然のことであろう。
逆にそれくらいの思いがなければ、毎日毎日飽きることなく僕を襲い続けることもなかっただろう。
しかしながら、彼女が僕を襲うことについて改めて考え直してみると不思議な点が幾つか浮上する。
彼女…鈴山 山葵は何故僕のことを執拗に襲ってくるのだろうか?
いや、それについての答えはもうでているんだった。
それは僕に合成魔の疑いがあるからということ。
だが、どうだろう?
最初それを聞いたときは、まあ僕を襲う理由としては妥当なものだなとは思った。
けれども、単純にそれだけの理由で僕を襲い続けるだろうか?
うちの学校には何人か彼女と同じ魔払い師が在籍しており、その内の二・三人と僕は交流をもっている。
分かりやすい人をあげるのであれば、僕と同じ部活に所属している財前 由佳奈あたりがいいだろう。
由佳奈とは、ほぼ毎日一緒にいるし、その現場は鈴山に何度か確認されている。
ここで考えられるのは、自分と同じ魔払い師が敵である合成魔と一緒にいるわけはないということである。
つまり、魔払い師である由佳奈と一緒にいるという段階で僕の合成魔の疑いは晴れているはずなのである。
にも関わらず、鈴山は僕に対して疑問の念を忘れることはない。
むしろ、日増しにそういったものが強くなっている気さえしてしまう。
いや、ちょっと待て。と、僕は思考に意図的な区切りをつける。
ここからは僕の勝手な予想だ。
変な言い方をすれば妄想の類に近いものだ。
それをふまえて、僕は思考に新たなパーツを付け加える。
その結果たどり着いた結論は一つ。
鈴山 山葵は無理に僕を合成魔だと思おうとしているのではないだろうか?
特に何の根拠も理由も証拠もないのだが、直感的に僕はそう思った。
そう思わずにはいられなかった。
先程も述べたように、僕は鈴山 山葵と同業者であるところの財前 由佳奈と一緒にいるところを何度も確認されている。
そして僕は鈴山に何度も何度も自分は合成魔ではないという事を宣言している。
この二つから察するに、彼女にとって僕という存在は異端ではあれど合成魔ではないということは分かってもらえているはずである。
だが、この段階ではまだ予想の範囲を抜け出せない。
なぜなら仮に彼女が超がつくほどの、お馬鹿さんだとしたら理解が出来ていないということもあり得るからだ。
僕とて、それくらいの理由でこの結論に至ったわけではない。
そう強く思うにいたった理由の本質は、もっと別のところにある。
それは彼女が極端に“僕を襲っている姿を他人に見られたくない”としていたことだ。
これを聞いたときは言葉の通り、他人に見られたくない程度には自分のやっていることの残虐さを理解してのことだと僕は思っていた。
だが、しかし。
それを別の、それこそ的外れもいいところな真逆のベクトルで見るとするならば、他の結論が導き出される。
そう、それは………。
「えと、あの……先輩?」
「……ん、なんだい?」
「い、いえ。その…飲み物適当に選んできちゃったんですけど大丈夫ですか?」
最初は何のこっちゃと思った僕だったが、目の前にいる彼女がその小さな手に二人分の飲み物を持っているということから直ぐに察しがついた。
それは彼女が気を遣って自分の分だけでなく僕の分まで飲み物を持ってきてくれたということである。
「あぁ、そんなこといちいち気にしなくても良いのに。でも、ありがとう」
僕はお礼を言うなり彼女から飲み物を受け取って、それを少し口に含んだ。
淡い酸味が舌をくすぐる。
どうやら鈴山が持ってきてくれた飲み物は、リンゴでもオレンジでもない何かしらの果物のジュースのようだった。
「なあ、鈴山」
「なれなれしく呼ばないでください」
「返答に棘しかない!?」
おいおい、さっきのデレはどこにいったんだ?
ジュースを運んでくれたってことは多少は好意があるとみた僕は浅はかな考えの持ち主なのだろうか。
「えっと…じゃあ鈴山……さん?」
「はい、なんですか?」
「さん付けなら良いのかよ!?」
「ぎゃ、逆に考えてみてくださいよ。あまり親しくないのに呼び捨てにするのは相手に失礼だとは思いませんか?」
「今の発言から君が僕に対して、これっぽっちも好意をもっていないということが分かったよ!!」
僕はワナワナとコップを持っている手を震わせながら、鈴山……さんの発言にたいする反応を示す。
が、対して彼女の方は、そんなことなど気にもしていないようで先程店員から貰ったお手拭きを使って静かに手をふいている。
この子はツンデレなのかな?という予想をしてみるが、それは由佳奈の専売特許なので、できれば違っていてほしいと僕は切に願う。
なんたってキャラ被りほど恐ろしいものは無いですからね。
「ま、まあ良い。さて鈴山さん、そろそろ本題に入ろうじゃないか」
「本題も何も、先輩が私に対して一方的に会話を試みるだけでは?」
「ふざけるな。世間ではそれを会話とは呼ばない。呼ぶとしたらそれはただの独り言だ」
「わ、私は嫌ですよ。先輩とお話しするなんて…」
「僕はその段階まで君に嫌われてるのか!?」
まさか自分が他人にここまで嫌われているとは思わなかった。
もしかして、僕って女の子からしたら相手にしたくない典型的なタイプだったりするのだろうか?という考えを思わず脳内にて展開してしまう僕。
そんな状態の僕をみて、いやいや違います!そういう意味じゃなくってですね!とかなんとか言いながら、自分の両手をバタバタと胸の前で慌ただしく振ってみせる鈴山さん。
一体全体、何がどういう風に違うというのだろうか。
「わ、私が言いたかったのは……せ、先輩に私個人の話をするのが…ちょっと…難しいってことで…」
と、何やらゴニョゴニョと言葉を濁す彼女。
自分について語ることが難しいということは、裏返せば話したくないということであろう。
つまりは僕に自分について語ることのできない事情でもあるということなのだろうか?
それとも単に僕が嫌われているからなのだろうか?
現段階において明らかに後者の方が可能性としては大きいのだが、まあ今の段階では訳ありということで済ませておこう。
「……つまり、鈴山さんは僕個人の話についてなら耳をかしてくれるんだね?」
そもそもにおいて、今回は彼女について詳しく聞き出すことが本題ではない。
今回の本題は、僕のことについて彼女に言って聞かせることにあり、もとより彼女が自分の素性を素直に話してくれることは期待はしていなかった。
とにかく、僕としては鈴山さんには“僕なりの事情”というものを知ってもらえれば、それだけで十分なのだ。
「で、どうなんだ?」
「き、聞くだけなら……その…かまいません」
「ありがとう。聞いてくれるだけでも十分だよ」
僕は本当のことを言ってから、飲み物を一口含み、それから話に入ろうとする。
もちろん、この場においての話というのは僕個人についてのことである。
とはいえ、僕も全部が全部話せるわけではない。
そういうわけで、ある程度省略をした僕という存在について、僕は静かな口調で説明を始める。
「いいかい鈴山さん。今から僕が話すことは君にとって信じがたいことかもしれない」
だけどね、と僕は一度区切る。
「それでもそれが真実で、それが僕という存在なんだということは覚えておいてくれ」
今から僕が話すものは、どうしようもない程に真実で、運命で、決めつけられた立ち位置なのだ。
抗いようのない事実なのだ。
人を捨てた僕の人生なのだ。
それら全てを聞いたところで、彼女はきっと納得しない。
いや、納得しないのではない。
納得できない…もっといえば理解することなど出来ないだろう。
それくらいには自分の行いの不可解さを自負しているつもりである。
そうだとしても僕は口を開いて、彼女に説明を始める。
それが無意味なことではないと期待して。
「まず最初に、決定的なことを言っておくけれども僕は人間じゃない」
「……それは何回も先輩を襲った私がよく分かってます」
「それじゃあ僕がゾンビだということは理解できたかい?」
さり気なく発したその一言に、しかし極度の驚愕を示すのは僕の後輩である一人の少女だ。
鈴山さんは僕の正体を耳にするなり、その血のような両眼を大きく見開き、僕の姿を何度も何度も見直す。
そんなに見ても僕は僕だというのに。
「あ、でも、だって、先輩は……え?」
彼女は頭を抱えている。
恐らくは疑問という疑問が頭の中で無数に渦巻いているのだろう。
まあ、それも当然といえば当然だろう。
彼女が驚くのは別段おかしなことではない。
なぜなら、それほどまでに僕の今さっきの発言は異常そのものであるからということに尽きるだろう。
「も、もしそうだとしたら…せ、先輩って……」
鈴山さんは、混乱しながらも先程よりはやや落ち着いた様子で僕に答えを問いかける。
そんなことをしなくても、結論は決まりきっているというのに。
「ああ、そうだよ。死んでる。僕は一度人間としてキチンと一生を終えている」
綺麗さっぱり僕は死んだ。
死因が何だったのかは良く覚えていないが、それでも僕は確実に生命の幕を閉じたのだ。
「そこで悪魔に救われたから僕は、その手下であるところのゾンビとして生き返ったというわけさ」
「で、でも!それじゃあ色々と、つじつまが合いません!」
「そうかな……?不死身性ということを考えれば十分すぎるほど理屈は通っているように思えるんだけど?」
「いいえ!全く合いません!では仮に先輩がゾンビであったとしましょう」
「仮にって……」
どうやら彼女は僕の発言内容に対して真っ向から否定し、もの申すようだ。
僕ってそんなに信頼に欠ける人物として周りに思われてるのかな、と少々本格的に日常生活における自分の行動を考え直してしまう。
そんな時にタイミング良く、というか一度状況整理の為の時間を設けるかのようにバイトらしき若い店員が僕等が頼んだ料理を運んできた。
それを机に置いてから何やらゴニョゴニョと小さな声で呟いた店員は、いそいそとこの場から離れてしまう。
口の動きからして、ごゆっくりどうぞ的なことでも言ったのだろう。
しかし、僕が今気にする点はそこではなかった。
机の上に置かれた二つの料理が同じものだということに関しては、前もって知っていたから特に今更驚くようなことはない。
そう、その点に関しては。
「…ねえ、鈴山さん……」
僕は目の前にいる後輩に声をかける。
鈴山さんは、さっさと食事の準備を整えていたらしく、その手には既に今か今かと自分の出番を待つかのようにキラリと輝くスプーンが握られている。
「む……何ですか?」
鈴山さんは早く食事にありつきたいようで、僕の呼びかけに対して何ともドライな反応を示している。
早く用件を言わなかったら、またいつぞやのことのように心臓をグサリと刺されかねない。
そういった食事の際には、まず感じないであろう変な緊張感を身に浴びながらも、僕は思ったことを口にする。
「いやね…流石にこの量はイジメじゃないかなって」
そういって僕は再び視線を下に落とす。
そこにあるのは皿の限界を優に超えているであろうビックリするほど巨大なオムライス。
その大きさは、恐らくは通常サイズのおよそ4倍ほどであることは確かだ。
「なんなんだよ、これは!?こんなサイズのオムライス、僕は見たことないぞ!?」
「そうですね。だけど食べれない大きさじゃないでしょう?」
「食べれないよ!普通に無理だよ!!というか、鈴山さんは食べれるの!?」
同じメニューということで、鈴山さんのところにも僕と同じ超特大オムライスが、その圧倒的な存在感を放ちながら悠然と君臨していた。
大きさが大きさなだけに、遠近感が微妙に狂わされる。
「ええ、勿論」
「嘘だろ!?」
鈴山さんのあまりにも通常運転な返答に、僕は思わず愕然としてしまう。
ありえない……この量のオムライスを食べきれるなんて……!?
「嘘なわけないじゃないですか。だって自分が頼んだんですよ?食べきれないわけがありません」
「そうかもしれないけど、頼む前に一度僕に確認をしてもらいたかったよ!」
「良いじゃないですか。それに男の人ならこれくらい普通に食べれるでしょう?」
「君の普通と僕の普通を一緒にするな!!」
それに加えて、男の人ならっていうのも、よくよく考えれば一種の差別用語である。
「……全く、女々しい人ですねぇ」
「何を!?」
僕の混乱と怒りと驚愕がいい感じに混ざり合った反応に、しかし鈴山さんはこれといった返しをするわけでもなく、黙々と食事の世界に入ってしまう。
なんだか一人だけ取り残されたような妙な孤独感を感じた僕は、静かに姿勢を正し、それからゆっくりと巨大オムライスとの戦闘を開始する。
スプーンをギュッと握りしめ、僕はさながら探鉱家のような趣で、巨大な卵の山を切り崩していった。
スプーンと皿が当たる小さな音だけが鳴り、僕と鈴山さんがいるテーブルに暫くの沈黙が訪れた。
実際にどれくらいの時間が経ったのかは知らないが、僕の体感時間が二時間を超えたその瞬間。
僕は静かにスプーンをおいた。