Blood2:博識ナ女 part17
「…ちょっと待ってよ…」
小さく呟いた僕の声は微弱な震えに包まれ、そこからはただ一つの感情が含まれていた。
とても弱く脆く、決して進んで味わいたくはない生物全般が持ちうるであろう感情……それは恐怖。
僕は自分の声色がそれに支配されていることを感じつつ、目の前の女性に確認をとる。
「生きていてほしい……って、どういうことだよ?」
生きていてほしい。
それは言い換えれば生きたくても生きられないということであり、つまりは死んでしまうということではないのだろうか。
死ぬ。
死。
何をしても死ぬことのない不死身の僕には最も縁のないもので、人間誰しもが迎える生命の終わりだ。
それを僕の知る女の子が体験しようとしている?
何故?
どうして?
どういう理屈で?
どういう経緯があって?
様々な考えが芋づる式に僕の頭を埋め尽くしていく。
「君は本当に勘の鋭い男だね~」
対して、僕の目の前にあぐらをかいて座っている博識な女は、それを知っているにも関わらず普段と変わらぬ落ち着いた様子を見せている。
そこにいたる過程も結末も全てを知っておきながら、これといった感情の起伏を彼女は見せることはない。
それとも、そんなことにいちいち気をとられて精神的に滅入るようでは博識な女は務まらないということか。
「春斗君の言うとおりだよ。彼女……君の後輩に当たる半妖の鈴山 山葵はこのままでは、先ず間違いなく死ぬことになるだろう。それこそ確実に運命的に絶対的にだ」
博識な女は、そう言った。
言い切った。
彼女は……鈴山 山葵はいずれ必ず死ぬと、そう断言したのだ。
他の人が言ったことならば、まだ相手が嘘をついている可能性があるという風にポジティブに考えられたかもしれない。
だが、しかし今発言をしたのはこの世の全てを知る博識な女、リリー=カルマだ。
そこには嘘偽りなど微塵もなく、あるのはただ紛れもない真実そのものだということである。
「……なんで…」
「うん?」
「なんで……鈴山さんは死んでしまうんだ?」
先程からの言い方からして不慮の事故にあって死んでしまうという感じではなさそうだ。
けれども、その場合どうして死んでしまうということになるのだろうか。
冴えない自分の頭に半ば腹いせのように怒りをぶつける。
これも直ぐ近くに答えがあるからという安易な考えが多少なりとも影響しているのだろうか。
「ふふ、どうやら悩んでいるばかりで答えは導き出せていないようだね。まあ、普通の人だったらまず分からないだろうね」
自分にしか答えは分からないとでも暗に告げているような口振りではあったが、特にそれについて自慢げに誇ることはなく、リリーさんは軽く目を閉じながら艶のある唇を滑らかに動かした。
「ヒントなんて回りくどいやり方はこの際なしにしよう。というわけで、いきなり答えをカミングアウトだ」
目を閉じながら語る彼女は、まるで自分の頭の中にある無限の知識の中から必要な知識だけを選抜して取り出しているように見える。
本当のところはどうなのかは分からないが、少なくとも僕からはそういう風に彼女の姿を捉えることが出来た。
「鈴山 山葵の死の要因となるもの……それは彼女の種族的な問題が関係している」
「種族的な問題…?半妖の性質ってこと?」
「少し違うね。正確には彼女のなかにある妖怪の部分の性質。人間の部分や半妖としての性質は別に問題じゃない」
リリーさんは尚も瞳を閉ざしたまま、口だけを機械的に開閉させながら言葉を発していく。
「鈴山 山葵は人と妖怪の間に生まれた存在だ。そうなると、その妖怪とはどんな種族か、ということに的は絞られてくるはずだ」
「そこまでは何となく分かった……だけど、鈴山さんの死に関わる性質をもつ種族なんて、一体全体どんな種族なのさ?」
まさか一定の時期になったら死んでしまう致死遺伝子みたいなものでも含んだ種族でもいるのか…はたまた短命の種族とかなのだろうか?
浅はかな考えの持ち主である僕には当然ながら答えは分からずじまい。
それを最早決定事項かのように捉えているのか、リリーさんは考える時間など設けることもなく、その答えをさっさと口にした。




