Blood2:博識ナ女 part12
先程までクルクルと回して遊んでいた湯のみを床に置き、リリーさんはようやく準備が出来たとでもいうように早速その口を開く。
「私が君を呼んだ理由はいくつかある。だけどそれぞれで重要度は全く異なってくるわけなんだが……春斗君はなにから聞きたい?」
「なにから……って、候補は何があるのさ」
「一応、辛口・中辛・甘口と三種類を取り揃えておりますよ」
「カレーかよ」
今から真面目な話をしようというのに、その重要度をわざわざ辛さで表す必要があるのだろうか。
思わずつっこんでしまったではないか。
「それじゃあ辛口の方から」
「先にシビアな方を味わいたいとは……君はやっぱりどうしようもないMさんなんだね」
「やっぱりとはなんだやっぱりとは!僕は単に時間のかかる方から終わらせたいと思っただけだ!」
そう吠える僕に、リリーさんはハイハイと適当な返事をして、さっさと話を先に進めてしまう。
「それじゃあ辛口の話から……これは私個人の問題になるかもしれない」
「リリーさんの個人的な問題?というと、またどこかに仕事で呼ばれてるんですか?」
「いやいや、そうじゃないんだ。というのも私は今後しばらくの間は誰からの仕事も受け付けないつもりだからね」
と、言ってから自分の頬を軽く掻くリリーさん。
そこには今言ったことは特に問題視することのほどでもないという楽観的な考えが見え隠れしているように僕には思えた。
しかし、仕事を受け付けないとは一体どういうことだろう。
見ての通り、リリーさんの本職は鈴明堂という雑貨屋をきりもりすることではない。
彼女の真の職業は、そのありあまる知識を活用して様々な人を良い方に良い方にと導いていくことである。
しかしながら仕事を暫く行わないということは、彼女の性格からして生き地獄のようなものではないだろうかと僕は思う。
というのも、リリーさんはこよなく平和を愛する女性なのだ。
正義感に満ち溢れているのではない。
まさしく彼女という存在は正義そのものなのである。
そんなリリーさんが自分を必要としてくれている人達の頼みを拒むというのは…果たして彼女の性格上どうなのだろうか。
「仕方ないんだよ。私だって仕事を受け付けないなんて行動にでるのは全く本心じゃない。本当はこれまで同様、風子と力を合わせて世のため人のため、この力を尽くしていきたいよ」
「……そう思うならなんで?」
僕の問いかけに、リリーさんは小さく息を吐き、それからどこか気だるげな感じで声をだす。
「私が博識な女ということで、色んな組織や団体から力を貸すよう求められていることは知っているね?」
「それは、まあ…。なんてったって何でも知ってるんですから、自分で調べるよりも初めから全部を知っているリリーさんに聞いた方が手っ取り早いじゃないですか」
例えるならば計算問題の答えを知りたいときに、いちいち公式を調べるのではなく解答冊子を見てしまえば早いということであり、だからこそリリーさんは様々な人から重宝されているのだ。
そんなことは何度もつき合っていく中で既に知っていることだが、しかしそれがなんだというのだろうか。
「実は、とある組織が私の知識を狙っているんだ。でも、それ自体が問題って訳じゃない。私とて必要とされれば積極的に尽力するタイプだからね」
「……それなのに協力しないってことは、その組織に知識を授ければマイナスに事が進む可能性があるからってこと?」
「ふふっ、そういうこと。私は悪党は嫌いでね~。それこそこの世から一人たりとも存在を消したいくらいに大嫌いだ。仮にそんな奴らに知識を授けることになったら自害した方がマシさ」
そんな具合に、どことなく発言に物騒な匂いを漂わせるリリーさん。
冗談ではなく、この人なら本気でやりかねないという考えが僕の表情を苦いものへとかえていく。
「結局のところ何が言いたいのかっていうと、私はその組織の奴らに会いたくない。知識を授ける必要のない悪党なんかに私の麗しい姿をわざわざ拝ませたくはないからね」
この発言に、普通の人であれば何の疑問も抱くことはないだろう。
ただ一人の女性がストーカーと顔をあわせたくないと言っているようなものだからである。
だが、僕はそこに疑問を感じた。
それは、何故そこまでその組織の人間と会いたくないのかという疑問だった。
リリーさんには強力な式である鬼の風子ちゃんがいるし、なにより自分自身がとんでもないくらいの強さを誇っているからである。
その強さは悪魔に一目おかせる程……といっても一体何人の人が理解してくれるだろうか。
とにかく、そこいらの奴らに先ず負けることなどない強さを持ったリリーさんである。
僕はそんな彼女が戦う姿勢をみせず、それどころか逃げ腰になっていることに対して、とてつもなく疑問を感じている。
もしかすると、リリーさんでさえ対峙することが恐ろしいと思わせる強さをもつ人間がいるのだろうか。




