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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第一章:吸血ノ少女
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Blood2:博識ナ女 part10


僕はすっかり元に戻った自分の頭から手を離し、先程リリーさんから手渡しされた湯のみに口を近づける。


近づけた唇にうっすらと漂う湯気が触れる。


そこから湯のみにいれてある飲み物が熱過ぎもせず、かといってぬるくもない適温になっていることが分かる。


そんなことを理解してから僕は早速、それを少し口にした。


喉を通せば、気持ちの良い渋みが僕の口内に充満していった。


中身はどうやら緑茶だったようだ。


今思い返せば店に入って直ぐに出されたコーヒーにも、ろくに手をつけることが出来なかったということに気付き、ちょっと損した気分になる僕である。


「そういえば風子ちゃんは?」


僕は湯のみに自分の分の緑茶をいれているリリーさんに向けて、そう尋ねてみた。


特にこれといった理由はなかったが、とにかく現状を少しでも理解したかったのだ。


正直、何も知らないという状態でいることは精神的にも宜しくない。


人間というのは情報から独立してしまうと、極度に心許なくなってしまうものである。


そんな気持ちのなか尋ねた僕の問いかけに、リリーさんはようやくいれ終わった緑茶を一口すすってから、ゆっくりとした口調で答える。


「風子なら札に戻ったよ。ここ最近働かせすぎたからね~…今日くらいはゆっくりと寝てもらおうと思ってさ」


そういってリリーさんはズボンのポケットから一枚の札を取り出してみせる。


それは緑色の札で、要所要所に灰色のインクを使って古代文字のようなものが記されている。


さて、突然札と言われてもハテナな人がいるかもしれない。


札……正確には“式封じの札”と呼ばれるそれは、文字通り自分の式を使役するために必要なものである。


式と契約した使役者には霊力的な繋がりが発生するが、それと同時にその繋がりをキチンと目に見えるもので表したものがある。


それが式封じの札。


式となった妖怪は普通の妖怪とは異なり、本来であれば勝手に回復する妖力と呼ばれる力を札に戻って定期的に回復する必要がでてくる。


それは使役者への忠誠を示すものであり、札に戻らずに妖力を使い切れば、その式は消失してまうのだ。


なんだか人間側の我が儘な作りになっているが、そういう決まりというのだから僕一人が口うるさく言うのはアレだろう。


「必要だったら呼び出すかい?春斗君としては一言風子にもの申したい所だろうしね」


「いや、そんなつもりで聞いたんじゃないんだ。それに仕事で疲れてるんだったら、このまま寝かせてあげた方がいいだろ?」


「ふふっ、それもそうだね。じゃあ春斗君の言うとおり、暫くは風子に休暇を与えようかな」


「その方がいいよ。なんせ、リリーさんは人使いが荒いしね。風子ちゃんも口にはしないけど、結構疲れてるはずだよ」


博識な女ということで普通の人以上に仕事量の多いリリーさんに仕えているのだから風子ちゃんも、普通の式より大変な目にあってきたはずである。


「失礼だね~。私は博識な女なんだから自分の式が疲れてることくらい知っているよ。まあ、風子は頑張りやさんだからね……私が指摘したって素直に言うことを聞きはしないさ」


リリーさんはヒラヒラと緑の札を動かしながら、得意げにそう言った。


行動一つにしてもありとあらゆる全てのことを知っている女は絶対的な自信を胸に、その艶のある口を彼女は動かす。


「ああ、でもこの位の時期になったら風子もそうだけど私も暫くは休暇をとることになるのかな~?なんせあまり大きく動くわけにはいけないから」


「は?それってどういう……」


「そんなことよりさ~、春斗君~」


僕の疑問には全く触れることなく、リリーさんはさながら放置プレイのごとく先の話題から強制的に離れる。


自分から気になるようなことを口にしたくせに、今度は自分の勝手でそれを無視するとは……何かを企んででもいるのだろうか。


そう思う僕を、しっかりと視界にいれながら博識な女ことリリーさんは手に持つ湯のみをクルクルと回して中の緑茶を揺れ動かす。


「そろそろ本題に入ろうじゃないか。いや、そろそろだなんて言い方だったら誤解が生じるね」


コホン、と小さく咳払いをしてから、もう一度。


「それよりもだよ春斗君。今すぐに本題に入ろうじゃないか」





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