Blood2:博識ナ女 part9
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約束。
それはとても大切で、破ってはいけないもの。
白々しいほどに白く、清く、美しい約束。
それはとても儚げで、守り抜かなければならないもの。
僕は彼女と約束した。
あの場所で、あの空気で、あの風景で、あの季節で、お互いの小指をからめ合わせて誓った約束。
それは、どうしようもないほど身勝手で、我が儘で、それでいてどこまでも優しい約束。
一度だって忘れたことのない約束。
僕の最初で最後の…………。
「…ると………は…ると……」
誰かが僕をよんでいる。
でも駄目だ。
もう少し、このまま過去に身を任せていたい。
まだ目覚めたくない。
「起きろ!バカ春斗!」
「ひでぶっ!?」
甘ったれたことを考えて起きることを拒んでいた僕に、突然強烈な張り手が僕の横っ面を打ち抜いた。
そのせいというかおかげというか、僕は容赦なく意識を現実に呼び戻された。
まだはっきりとしない意識の中、僕は自分が床にしいてある布団に横になっているということをなんとか理解した。
しかし、どうして寝てるのか、ここはどこなのか、今は何時なのかといった、ありきたりな情報は一切合切今の状態では記憶から引き出すことはできなかった。
今、僕を支配しているのは頬を鋭く巡る痛みだけである。
「い、ててて……誰だよ…一体……」
「私だよ」
僕の問いかけに、間髪入れず誰かが返事をした。
直ぐに返ってきた声は、しかし初めて聞いたものではなく、もっといえばつい先程まで耳にしていたものであった。
声のした方を振り返ってみれば、やはりそこには僕の見知った女性の姿が当然のようにあった。
「…突然顔をぶってくるなんて、リリーさんってば酷くない?」
僕は未だにヒリヒリとした痛みが走る自分の頬を軽く手で撫でながら自分を叩き起こした張本人である赤髪の女に文句をいった。
リリーさんは恐らくは僕の頬をぶったであろう方の手を軽く振りながら、相変わらずニヤニヤと笑顔を浮かべながら、こちらを見ていた。
「突然だなんて失礼だね。私が一体君を何回呼んだと思っているんだい?少しは私の気持ちもくんでほしいものだね~」
そういって、リリーさんは近くに置いておいたお盆の上から急須を持ち上げ、同じく隣り合うようにして置いてあった湯のみに、それを傾けて熱いお茶をいれる。
そして湯のみの半分くらいまでお茶をいれると、リリーさんはそれを僕に向けて手渡ししてくれた。
「ほら、飲みなよ。治癒したばかりだから体力も減ってることだろうからね」
「……そういえば凄く体が重いなぁ……っていうか、え?治癒したばかり?」
「忘れちゃったのかい?まあやられたのは頭だから前後の記憶が混乱しているのも仕方のないことかもしれないね」
「頭をやられた?………あ~…思い出した……」
頭をやられたということをキーワードに混乱する記憶から片っ端に検索をかけていったところ、芋づる式に僕は全てを思い出すことに成功する。
なんともお茶の間にお伝えしがたいグロテスクな光景であったに違いない。
僕は湯のみを持っていない方の手で自分の頭に軽く触れてみる。
僕の記憶が正しければ確か頭蓋骨が砕けたりなんだりして、とんでもない状態になっていたと思うのだが……。
「……やっぱり治ってますか」
相手は日本妖怪の中でも上位ランクに入る鬼なのにもかかわらず、その攻撃をまともに受けておいて死なないとは…我ながらとんでもない不死身である。




