Blood2:博識ナ女 part8
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日のくれた町は月光や街灯なしでは、その姿を確認することは叶わず、周囲一帯はすっかり暗闇に沈んでいた。
そんな夜の町のとある商店街に、よれよれになったタバコのケースを片手に歩く中年の男の姿が目立った。
大柄な体格に薄手の革ジャンを身に纏ったその男は、もったいないことに口に三本ものタバコをはさんで喫煙していた。
少し顔を動かせば通常の三倍の煙が尾を引き、そのせいもあってか表情の細かな動きが見えない状態にあった。
男はオールバックのように後ろに流した藍色の髪の毛をその煙に触れさせながら、喜怒哀楽の見分けがつかない表情をしたまま辺りを注意深く観察していた。
顔の周りに溢れている不健康な煙が、それを邪魔するが、しかし男はタバコの火を消すことはしない。
むしろ、それを心地良さそうに感じているふしさえ見える。
そんな男の革ジャンから突然、プルプルプル……というなんともセンスの欠片もない着信音が外気に向けて放たれた。
最初、男は直ぐに携帯をとることなく暫くの間その音を鳴らしっぱなしにし、口にしていたタバコの三本の内の一本から吸い殻がこぼれ落ちたのを境に、ようやく手を上着のポケットにのばした。
ようやく取り出した二つ折り携帯を開き誰からの電話かどうかも確認することなく流れ作業のように、それをパカッと開いてから通話ボタンを軽く押し自分の耳に押し当てた。
「………………あいよ」
『あいよ、じゃないよこのズングリムックリめ』
男の明らかに気だるげな声とは違い、電話越しに返ってきた声は内容はどうあれ、とても穏やかなものであった。
すると、その声に今までふてぶてしい表情をしていた男は、心底面倒くさそうに自分の頬を人差し指で掻いた。
『全く、君はなんで直ぐに電話にでないんだい?私とて別に暇で君に電話をしているわけではないんだけどね……。それに、ふつう上司の電話に遅れたら謝罪をするべきでは?』
「…すいませんねぇ。どうも電話ってのは苦手で…直接会って話すのが一番ですよ」
『嘘をつくんじゃない。君の場合は電話もそうだけど直接面と面をあわせて話すのも苦手だろう?まあ、正確には他人と話すこと全般が苦手なんだろうけど。そうだろう、ガイル?』
ガイルと呼ばれた男は、適当な相槌をうちながら内心ではとてつもなく苛立ちを感じていた。
というのも、単純にガイルは電話をしてきたこの上司のことが嫌いなのだ。
何一つ分かっていないくせに、すべてを見透かしたかのような口振りで物事を語る。
ガイルはそんな、まるで子供が良くする知ったかぶりのような態度が気にくわないのだ。
だから嫌い。
こっちもこっちで随分と子供臭い理由だが、しかし一応相手は上司ということで、それ相応の対応をしている点を考えれば少しは大人な方だろう。
そんなガイルの気持ちもさて知らず。
ガイル曰く、知ったかぶりの上司は教えを説く神父のごとく滑らかに用件を口にし出した。
『私が電話をしたのは他でもない。君に新しい任務をこなしてほしいと思ったからだ』
「…任務?いや、俺はまだ先に頼まれた方の任務をこなしきれてないんですが…?」
『先に頼んだのは単なる確認作業みたいなものだろう?どうせ直ぐ終わるんだし、別に困ることはないだろうさ』
勝手なことをぬかすな。
そう怒鳴り散らしたくなるガイルであったが、立場上そうすることは出来ないので、拳を固く握るだけにとどまった。
「…それで、新しい任務っていうのは?」
『たいしたことじゃないよ。“例のアレ”を発動してほしい。たったそれだけのことなんだ』
「“例のアレ”…って、日本に来る前に俺がもらったアレのことですか?」
そうそう。と、上司はご機嫌な反応をみせた。
『いい機会だから相手の力量をはかるのも兼ねて性能のチェックをしておきたいんだ。まだ試作段階だから完璧な操作は出来ないけど、単純な命令信号なら出せるからさ。頼むよガイル』
頼むよ、とは言うが部下であるガイルが断れるわけもなく、それは頼みごとと言うよりは命令に近いものであった。
ガイル自身も、それを理解しておりこんな上司に逆らえない自分の力の無さに腹をたてるしかなかった。
選ぶ権利など剥奪されているも当然であった。
「……分かりましたよ。それじゃあ出来るだけターゲットが動きそうな場所で発動させますわ」
『任せたよガイル。それじゃあ、終わったらちゃんと事後報告するんだよ?』
そう言い残して、ガイルの上司は一方的に電話を切った。
いちいち腹の立つ男だと思いつつ、ガイルは通話がきれた携帯を再びポケットにしまい込み、また何事もなかったかのように商店街を歩き始めた。
ガイルはある人物を捜していた。
自分の属する組織にとって必要な人物をガイルはひたすら捜していた。
ガイルは革ジャンの別のポケットに手を突っ込み、そこから一枚の写真を取り出した。
自分の捜しているターゲットの顔をもう一度確認する。
そこに写っているのは深紅の長髪が特徴的な一人の美女。
それを見て、ガイルは忌々しげに呟いた。
「……必ず見つけるぞ……博識な女」




