Blood2:博識ナ女 part6
リリーさんの子供じみた行動に、やれやれと頭を抱える風子ちゃんだったが、しかし式として長くつき合っているということもあってか彼女の行動にもどこか慣れている感があるようだった。
風子ちゃんのそんな姿をしばし観察してから博識な女ことリリーさんは、うっすらと湯気がたちのぼる煎れたてのコーヒーを一口含んでからカウンター越しに身を乗り出すようにして会話の体勢にはいった。
「さてさて、それでは改めまして……。久しぶりだね春斗君。私の名前はリリー=カルマ。創造から終焉までありとあらゆることを知る博識な女だよ」
「………たった4ヶ月で貴方みたいなデンジャラスさんを忘れると思いますか?」
いくら物忘れが激しい人だとしても、流石に何でも知っているこの末恐ろしい女性を忘れることはないだろうと僕は思う。
よくある経験者は語るというアレである。
「ふふっ、それもそうだね。君は私の今までの人生のなかで一番長いつき合いになる人間だからね」
「…今までどれだけ悲惨な人生を過ごしてたのさ?」
僕がリリーさんに出会ったのは今から遡ること3年前になる。
ちょうど僕が人を捨て不死身の体を手に入れることとなった協会だけでなく世間全体を大きく騒がせた通称“天翼1220事件”といわれる事件が起きた時である。
当時、中学2年生だった僕が事件解決に奮闘していた際、その手助けをしてくれたのがきっかけだ。
事件解決後もなにかと世話をしてくれた、僕にとっては恩人と呼ぶに値する女性である。
「なにを言ってるんだい春斗君。私は根無し草の放浪人…特定の誰かと親しくする事なんて滅多にないんだよ?それが3年ともなれば、君は私にとって親友みたいなものだよ」
「……じゃあリリーさんも、いつかはここを離れてしまうってこと?」
「…そうだね、だけど安心してよ。君が独り立ちできるようになるまではここにいて面倒を見てあげるから」
「……前から聞こうと思ってたんだけど、なんでそうまでして僕を助けてくれるんだよ?」
博識な女と称されるリリーさんは協会のみならず様々な組織や団体にひっぱりだこな重要な人材だ。
それなのに彼女はあの事件以来、なにかと僕の手助けをしてくれている。
僕なんかにこだわって世話を焼くよりも、協会や他の組織に力を貸した方が彼女にとってプラスに働くことは確実だ。
が、しかしリリーさんはそれをしない。
この世のすべてを知る女が、どちらを優先すればより自分の利点となるのか理解していないはずがない。
それが、一体全体どうして僕の世話をすることを選んだのか3年経った今でも僕は全く分からずにいた。
だが、僕の問いかけを聞いたリリーさんの反応は想像していたものよりも全然軽いものであった。
「どうしてかって~?そんなの単なる気まぐれに決まってるじゃないか~。春斗君ってば相変わらず面白いことを聞くね~」
「き、気まぐれ?」
「そうそう、単なる気まぐれ。だから、あんまり深く考えちゃいけないよ春斗君」
と、なんとも曖昧な感じで返事をするリリーさんに更なる追求をしようとしたところ。
「…………ご、ご主人よ」
今まで僕の隣でずっと静寂を保っていた風子ちゃんが、ふいにその小さな口を開いて会話を遮った。
自然と僕とリリーさんの視線は風子ちゃんに集まるが、風子ちゃんはなぜかそれに少しばかり恥じらいを見せ、ほんの少しの間をあけてから再度口を開けた。
「…………ふ、風子の方が…………風子の方が!黒血さんよりも長くご主人とつき合っています!」
つい先程までの無愛想な口調はどこへやら。
風子ちゃんの突然発した大きな声に、僕とリリーさんは思わず面くらってしまう。
風子ちゃんも自分が滅多に表現しない感情を強く言葉として表したことに、遅れながらにも気づいたようで、その小さな顔を林檎のように真っ赤に染め上げて恥ずかしがっている。
その状態が続くこと数秒。
「…アハッ…アッハハハハハハハハハハハハッ!!」
リリーさんの甲高い笑い声が盛大に店内に響きわたり、その静寂を打ち壊す。




