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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第一章:吸血ノ少女
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Blood2:博識ナ女 part2


「それにしても久しぶりだね。当分は出雲の方で長期の仕事をやるって話だったけど、もう終わって帰ってきたのかい?」


「…………帰ってきたといっても私達は本来根無し草の放浪人ですから、ここが定住地というわけではないんですが……」


そういって僕を小馬鹿にしたように鼻で笑う風子ちゃん。


「………まあ、黒血こっけつさんの言い方を使うのであれば、つい昨日この町に帰ってきました。もちろんご主人も一緒です」


「そっか。っていうか帰ってきたら帰ってきたで連絡の一つや二つ位くれたっていいじゃないか」


と、そんな他愛もない会話をすること約数分。


何人もの奥様方が際限なく行き交う商店街の、それも道のど真ん中でやることではない会話を暫くの間繰り広げていた僕と風子ちゃんは、やがてそれぞれの本来の目的を思い出す。


「って、こんなことしてる場合じゃなかった!何を本来の目的を忘れていたんだ僕は!?」


「……………奇遇ですね。私もご主人に頼まれた用事を忘れてしまっていました」


「なんだ…風子ちゃんも用事があったのか。それにしてもほんの少しとはいえ君が頼まれ事を忘れていたなんて、珍しいこともあるもんだね~」


風子ちゃんは話し方からも分かるように必要最低限のことは面倒くさいと思うタイプだ。


が、しかし自分のご主人様の頼みとあれば別物でなにがあってもやりとげるという鉄の意志をもっている。


そんな彼女がほんの少しの間とはいえ頼まれ事を忘れてしまうなんて、ちょっと意外でもあった。


すると、それを聞いた風子ちゃんは相変わらず感情の一切を感じさせない無表情のまま、それについての返事をする。


「…………そうですね、風子も少し意外です。きっと黒血こっけつさんとのお話が楽しかったからですね」


思わず胸がキュンとなった。


今までの毒舌から180度クルッと変わった突然のデレは僕に悩殺ボディブローさながらの衝撃を与えた。


しかしながら当の本人は自分がデレたという事実に気づく様子もなく、いつも通りの無愛想な表情を浮かべているだけであった。


「……………?黒血こっけつさんったら、とうしたんですか?急にソワソワしだしたりなんかして…?」


「………君って実は孔明の生まれ変わりとかじゃないよね?」


「………前世の記憶なんてありませんよ。それに少なくとも今の風子は捷疾鬼しようしつきという、ただの妖怪ですよ」


と、いたってもっともな事を言う風子ちゃんは、それからコホンと軽く咳払いをしたあとに、もう一度声を出す。


「…………それよりも黒血こっけつさん。先程仰っていた用事の件ですが……」


「用事…って、ああ!そうだった、早く行かないと!あちゃ~、もう大分暗くなってきたけど大丈夫かなぁ……」


見ればちょっと前までは夕飯の買い出しに来ていた奥様方でにぎわっていたこの通りも、いつの間にやらパッタリと姿を消していた。


見上げた空の色は夕焼け色から星が煌めく漆黒の暗闇へとうつりかわっており、すっかり日も沈んでしまったようだった。


「それじゃあ僕急ぐから!日を改めて挨拶に伺わせてもらうって伝えておいてくれ!」


そういって駆け出そうとした、その時。


「………ちょっと待ってください」


ガッ!!と。


瞬時に駆け出そうとした僕の制服の襟を風子ちゃんは片手で掴み、そのままそれを固定して僕の走行を妨害した。


そのせいでピンと張ったゴムのように僕の体は止まり、その場に尻から倒れ込んでしまう。


尻もそうだが襟を掴まれた状態での突然の停止ということもあり首も強く痛めてしまったようだ。


ゲホゲホと情けなく咳き込む僕を、そうさせた元凶たる風子ちゃんは無機質な目で見下ろしながら変わらぬ調子で喋り始める。


「………風子が頼まれたことが正にそれです。ご主人から黒血こっけつさんが……ええっと…生姜しょうが…じゃなくて…カラシ…いや一味…だったかな…取り敢えず今、黒血こっけつさんが会おうとしている人のところに行くのを止めてこい…と」


「ケホケホ……もしかして鈴山 山葵のことか?」


「………そう、そうです山葵さんです。ご主人が言うには、その山葵さんに今会いに行っても何の解決にもならない。むしろ状況を悪化させるだけだから止めておけ……とのことです」


風子ちゃんは言いたいことを言うだけ言うと、それから僕の制服の襟を掴んだままズルズルと僕を引きずるようにして歩き始めた。


いくら周りに人がいないといっても、この状態は流石に恥ずかしいことこの上ない。


「イテテテッ!?痛いよ!そしてなんで風子ちゃんは僕を引きずっているの!?」


「…………さっきも言ったでしょう?風子は黒血こっけつさんを止めに来た、と。ご主人の言うことは絶対です」


「いやいやいや!止めに来たっていう事はもう分かったよ?君のご主人が言うんだったらそれが事実なんだろうから素直に従うよ?だけど、こうやって引きずられることに関しては全くといって良いほど理解が出来ないんだけど!?」


引きずられながらも達者に喋り続ける僕に風子ちゃんはこちらを見ることなく、ただ口だけを動かして返事をする。


「………言い忘れましたが、風子はご主人にもう一つ頼み事をされていました。それは黒血こっけつさんを捕まえ次第こちらに連れてこいというものです」


「つ、連れてこい……って何処に連れて行くんだよ?」


僕の素朴な質問に風子ちゃんは一度歩みを止めて、ようやくこちらに視線を向けた。


それから一旦区切るようにまばたきを2、3度してから彼女は再び口を開けた。


「…………決まってるじゃありませんか。これから行く場所は風子のご主人のいる所………黒血こっけつさんもよく知っている鈴明堂りんめいどうですよ」




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