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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood9:飛鳥一族 part5

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どこぞの巫女様が気品のかけらもない豪快な悲鳴をあげている時、甲賀の忍達はといえばそれどころではない問題に直面していた。


といっても別に記録の巫女を狙って敵が襲ってきただとか飛鳥一族からとやかく言われただとかそんなわけではない。


では果たしてどういった問題があるのだろうかというと事情を知らない素人目から見ても周りにいる有象無象な感じの彼らの辛気臭い顔が並んでいるだけでそれ以外はなに一つわからない。


ただ一つ現在発生している問題の原因っぽいものをとりあげるとするならば、辛気臭い顔をしている彼ら全員の手には黒なのか紫なのかそれともそれら全ての集合体なのかわからない明らかに人が食べるものではない色をしたものがよそわれている紙皿があるということだ。


甲賀の忍が待機している場所は物置代わりに使われているらしい小屋の近く。


そこには少なく見積もっても20人程となかなかの人数がいるわけなのだが、どういうわけかそんな人数を感じさせない圧倒的な静寂がこの場を支配していた。


別に甲賀の忍が隠密スキルをフルに使っているのではない。


ただ単純に誰1人としてそんなテンションではなく空気と同調しつつあるというだけであった。


「あれ皆さんどうしたんですか?ささ、冷めないうちに早く食べてくださいよ」


有象無象な彼らとは違い唯一変わらない声をあげるのは業務用でよく使われる鉄製の大鍋をぐるぐるとかきまぜている本日の料理の製作者こと林檎だ。


林檎の表情は普段と変わらない大和撫子なほんわかとしたものなのだが彼女がかきまぜている鍋の中にあるものはといえばそんなかわいらしい顔からは想像できないほどにおどろおどろしい色彩を放つ暗黒物質であった。


「…………」


甲賀の常識人(自称)である万丈は生唾をゴクリと大きな音で飲みながら手に渡された暗黒物質を見る。


どこからどうみても人が食べるものではない。


ゲテモノは食べればうまいとは良く言うが、さてこれはゲテモノなどというかわいらしい部類に属しているのであろうか?


色は底が見えない程に淀んだ黒。


香りは限界まで腹を空かせた野犬でさえまず食べようだのという気持ちにさせない酸っぱいのか苦いのか分からない独特な匂い。


渡されたスプーンを中にいれてすくい上げてみると水溶き片栗粉を通常の20倍程つっこんだような無駄にドロドロとした感触になっている。


これはなんだ?


なんなのだこれは?


僕たちがなにか悪いことをしましたか?


僕たちがなにかあなたのご機嫌を損なうようなことをいたしましたでしょうか?


そんな考えが声に出さずどもひしひしと周りに伝わっていく。


こんなにも嬉しくない以心伝心があるのだろうか?万丈をはじめとしたその場にいた甲賀の忍全員が目尻に涙を浮かべながら思った。


ここまでいえば分かると思うが近衛 林檎は料理という人類の歴史的な行為をことごとく否定した最低最悪の料理人である。


ただでさえ味音痴なのにもかかわらず味見はまずしない。


したとしてもいつも謎の液体や調味料を加えられて結局は改善される希望はない。


そんな典型的なダメダメ料理人は悪いことに自分の料理の下手さを実感していない。


というのもいつも周りが内気な彼女を傷つけまいと取り繕ってきたからだ。


それをいいことに近衛 林檎は自分の料理はみんなにうけているのだと勘違いし、まわりまわって今回のような事態に陥っているといった感じである。


「(おいどうする?これ食べれると思うか?)」


「(食べるもなにも…ていうか結局のところこれって料理的にはなんなの?ドロドロしてるからカレー的ななにか?)」


ヒソヒソヒソヒソと一種のどよめきのようなものがあちらこちらから発生してきた。


そのどれもに共通している内容は食べるにしてもそもそもこれってなに?というものであった。


万丈自身も同じことは思っていた。


もっといえば林檎が今晩の料理を作ることを提案したあたりからずっと考え続けていた。


更に具体的にいうのであれば彼女がパイナップルジュースとめんつゆとコーヒーを一緒に鍋にいれたあたりからだ。


和なのか洋なのか中華なのか。


全くもって理解できない組みあわせは少なくとも人並みの料理の知識しかない万丈にはとうてい理解などできない領域である。


「(ここは…ここは俺が先陣をきっていくしかない!!たしか林檎は仕上げにとどういうわけかカレー粉を大量にいれていた!もしかするとそれが救いかもしれない!!たしかどんな料理でもカレー味であればなんでもいけると聞いたことがある!!)」


以前似たようなことがあった時に玉砕覚悟でレトルトカレーをぶっかけた奴が救われた(数分後トイレに閉じこもった)のを思い出す。


万丈の気合いと同調するようにスプーンを持つ手にも異様に力がはいる。


その気迫はすぐに周囲の有象無象にも伝わった。


これに関していえば嬉しい以心伝心である。


が、しかし同時にとてつもない悲壮感が彼らを襲ったのもまた同じ瞬間であった。


いうなれば万丈は死兵。


暗黒物質製造機が作った魔の料理が果たしてどのようなものなのか。


味は人が耐えられるレベルなのか。


食べても人体に影響がでないのか。


どうしたら打破できるのか。


自分たちが生き残れるのかどうか…それを見定める為の紛うことない死兵。


決して自身は得はせず仲間に良い知らせを渡せるかどうかさえ疑わしい地獄。


だがしかし万丈の顔には周囲に対する憎悪的な感情はなかった。


あるのは達成感に近いようななにか。


この偉業を成し遂げることで仲間に後をつげることができる喜び。


1人でも多くの犠牲者を減らす為の善良な行為。


仲間を大事にする甲賀の忍にとってこれほどまでにない幸福。


万丈は震えながらも親指を一本立たせてみせる。


それをみたある者は涙を流し、またある者は嗚咽のようなものまで発して悲しんだ。


万丈。


甲賀の上層部にいる彼は自ら進んで死地へ向かう。


未開の地、底なし沼へ……いざ!!!



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