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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood9:飛鳥一族 part4


「それはそれはいい提案じゃありませんか鈴様」


僕の言葉が終わるや否や、まるでタイミングを見計らったかのような柔らかな声が襖の隙間をぬって通ってくる。


自然と声のした方へ意識を向ける僕だが、しかしそこに違和感を覚えた。


違和感というかこの場合は謎というのだろうか。


というのも声のあった襖の奥から僕はその声を発した人物の生体反応を感じなかったからだ。


さほど大した距離でもなくどちらかといえば非常に近いこの距離で僕の生体反応を感じ取る力が機能してないないという事は全く初めてのことだった。


思わず眉間にしわを寄せる僕をおいて、先ほどまで何やらてんやわんや状態だった鈴がある程度落ち着きを取り戻した様子で、その声に反応する。


「なんじゃ千か。ちょうど良い所に来た。ほれ中に入るが良い」


鈴がそう言うと若干の間を空けてからその襖は開かれた。


そこにいたのは鈴が身に纏っているものとはまたタイプの違う高貴さが溢れ出す白と紫の色彩が見事な着物を纏った背丈の高い男だ。


着ている着物のせいではっきりとしたことは言えないが顔や袖の間からのぞく細い手首を見る限り、とてもではないが肉体系とは遠く縁のない存在であることは間違いない。


最初、他の家臣とは着ている着物も違うためもしかすると飛鳥一族の親族の人かとも思ったがそれならば鈴相手に敬語を話すのもおかしい。


その男が襖を開けて鈴の近くに座るまでの短い時間ではしっかりとした把握は当然できるわけもなく、結局『あの、あなたは誰ですか?』状態で脳みそは思考の流れをせき止めたのであった。


「紹介しよう。この者は私の最も信頼する家臣であり世話係の千だ」


まるで自分の自己紹介のように声高々に言う鈴とは対照的に、やや身をひいたような落ち着いた調子で千と呼ばれた男は声を発する。


「千でございます。この度は鈴様のために遠路はるばるありがとうございます」


そういって深く頭をさげる千。


遠路はるばるといってもそこまで馬鹿げた距離でもないのだが…と内心では思いながら、はぁ…と当たり障りのない反応を示す僕。


「僕は木戸 春斗です。それでこっちが……」


「椿と申します。以後お見知り置きを」


僕の自己紹介のついでは嫌だったのか、半ば割り込むような形で椿は千という男に頭を下げた。


どれだけ僕の事を毛嫌いしているのだろうかこの花妖怪は。


「(……そんなことよりこの人…一体何者なんだ?)」


この距離まで来てもなお察知することができないその存在に疑念を抱かずにはいられなかった。


まるで存在そのものが霧のように。


触れようとしても決して触れられず、しかし目の前にしっかりと存在している。


ミラーハウスに入った時に感じる先に進みたくても偽の壁のせいで全く進めないもどかしさが僕の思考にもやをかけていく。


とはいってもこの疑問はあくまで僕の生体反応を察知するセンサーが完璧な場合にのみ成立する。


この寺には霊術の一切を封じる特殊な結界が張られている。


もしかしたらそれがなんらかの影響を僕に及ぼしていて、そのせいでセンサーにエラーのようなものが発生してしまっているのかもしれない。


もとより僕は純粋な人間とは程遠い存在だ。


他の人にはなんら影響を及ぼさない無害な結界だとしてもそれが僕にも当てはまるとは限らないのである。


はっきりとした答えはでないが、今の所はとりあえずそういうことにしておこう。


どうして反応しなかったのかなんてこの件が全て終わった後でどこぞのなんでも知っている全知無能な女にでも聞けばよいだけの事なのだから。


そんなところで貴重な時間を無駄にするなと頭のお堅いお偉方が唾を吐き散らしながらわめき散らしそうなものだが、それこそ僕にとってはどうでも良いことだ。


「そういえば千!そなた何故私が史上稀に見る驚天動地の叫びをあげたのにすぐに駆けつけなかったのだ!?」


「驚天動地の使い方間違ってないか…?」


「私にとっては恐怖イコール驚天動地なのじゃ!」


「なにその頻繁に起こる天変地異!?」


そんなかなりの頻度で大地が揺れ天が割れては一体全体どれだけ情緒不安定な神様のもとで僕らは生活しているのだろうか。


そんな神様を女子高生であらわすのであれば絶対にTwitterとかで『病むわ〜』とか『もう無理…死のう』とか思ってもいないしやる度胸もないコメントを連発しているに違いない。


「そんな細かいことは良いのじゃ!さあ千!どうしてそなたは私の世話役でありながらこのような失敗をしでかしたのじゃ!?5文字以内で述べよ!」


実は世話役である従者が即座に来なかったことにかなりご立腹らしい鈴は僕の言葉の訂正をそんな細かいことと大まかに分類しては丸めてゴミ箱に投げ捨てたようで、その場から立ち上がっては隣で座っている千に怒声を浴びせる。


はたから見たらしつけを拒み駄々をこねる思春期真っ只中の少女にしか見えないのだが…と、またもやそんなことを言おうものなら今の彼女なら丸めて地面に埋めるくらいのことはしでかしそうなので黙って視線を千に移すだけに留めておいた。


ヒステリーな調子の鈴とはうってかわって当の本人でもある千はといえば、いたってマイペースな感じで言葉を選んでいる様子であった。


そうしてやっと浮かび上がったのであろう言葉を千は笑顔とともに鈴に発する。


「寝てました」


「……………は?」


一瞬時が止まったかのように怒りと驚愕が混ざった表情を浮かばせては固定させる鈴。


そんな鈴とは真逆に千は滑らかにそのあとも言葉を続ける。


「ですから5文字以内で収めるのであれば私が遅れた理由は寝てましたということです。まあ寝ていたといっても睡眠の方ではなくて寝転がっていてゴロゴロしていたという方なのですが」


「いや……いやいやいやいや!別にだからといって『ああ!そうだったんだ!それなら無理だねごめんね』とはならぬからな!?なんじゃ寝てましたって!?そなたは私の世話役であろうが!私イコールそなたの最優先事項ではないのか!?」


「とはおっしゃられましても甲賀の忍の方が色々とやってくださるもので私ら従者がやることもなく暇だったのですよ」


「もしそうだとしてもそなただけはわけが違うであろう!?そなたは私の世話役!私専用の従者!暇な時とかないの!ドゥーユーアンダスタンド!?」


「ではお聞きしますが一体なにがあったのですか?どうせ鈴様のことですし着替えの時に虫の一匹や二匹が出たとかそんなところじゃありませんか?」


いやいや流石にそんなことはないだろうと僕は内心でのみ反応を示す。


あんな誰でもいいから助けてくれと懇願するような混乱っぷりは並みのそれではなかった。


もしも千の言う通り虫が出た程度のことであれば少なくとも襖を開けた際に見ず知らずの男が部屋にやってきたことに対してなんらかの反応を示すくらいはできたであろう。


まあそのおかげでダイレクトにあの柔らかな感触を感じることができたのだが。


「……そ、それは〜…えと…その…」


「あたっているんでしょう鈴様?」


「だ、だったらなんだというのだ!!」


「「マジにそうなのかよ!?」」


思わず隣にいた椿でさえ声を大にして叫んでしまっていた。


たかだか虫ごときであんな大騒ぎになるものか!?


僕らが鈴のなかなかのチキンっぷりに騒然している中、簡単に答えを言い当てた千はやれやれと吐息をもらす。


「そんな小さすぎることにいちいち反応もしてられませんよ。くわえて着替え中ともあればなおのこと。鈴様は私の視線をうけながら着替えられるんですか?」


「うぐ……」


「くわえて今は極めて緊迫した空気になっております。そんな中でそのようなことでいちいち騒がれてはこちらの身がもちません。全く…あなたは幼子か何かですか?」


「だ、だって三匹じゃぞ!?こーんな指の第二関節くらいまでありそうな黒い虫じゃぞ!?しかも飛ぶんじゃぞ!?そんでもってめちゃ早いんじゃぞ!?名前をあげるのであれば小型のゴキブリじゃぞあれ!!そりゃあぁもなるわ!!」


「ははぁ…それはそれは。で、その虫というのはもしやあのくらいの大きさでは?」


そう言って鈴のすぐ後ろを指差す千。


勢いそのままに振り返った鈴の視線の先には。


怪しく黒光りした。


そこらの虫とは比べ物にならない不気味さと。


俊敏さを兼ね備えた。


Gやつがいた。









直後に耳をつんざく底知れない悲鳴が結界を上書きするように拡散された。




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