Blood2:博識ナ女 part1
町の道路に彩りを飾るために植えられた木々も少し前までは桜が咲き誇っていたものだが、今となってはそれもすっかり散ってしまい、あるのはいつも通りの緑の葉だけとなっている。
時期も五月の後半となり、あと1ヶ月もすれば季節は春から夏へと様変わりすることだろう。
そうなれば今よりも、もっと日のでる長さも延長されるはずだ。
そんなことをボーッと思いながら僕は少し薄暗くなってきた見知った町を一人寂しく歩いていた。
学校から出て五分という随分と近くにある大きな商店街を歩く僕は、別に冷蔵庫の中身が乏しくなってきたから食材を調達しにやってきた……というわけではない。
そんな簡単な理由だったらどんなに心も軽やかになることだろうかと、無意味なことだと知りつつもついついそういったことを考えてしまう。
由佳奈の言うとおり、もしかしたら僕って本当に現実逃避をする常習犯なのかもしれない。
「え~っと…教えてもらった住所がここだから…この商店街を抜けた次のところを右に曲がって…それから…」
僕は小梅先生から教えてもらった住所をメモに書き写した物を片手に、何度も何度も道の確認をしていた。
僕の住むこの町は田舎ということもあり、規模自体はあまり広くはない。
だからといって町の端から端まで完璧に網羅しているというわけでもなく、こうしてしつこく確認していくしか他ないのである。
「それにしても……人が多いですなぁ」
この時間帯はどうやら夕飯の支度をする奥様方が頻繁に出入りするようで、よくそこらかしこに買った物をパンパンに詰め込んだエコバッグを肩で担いだり自転車の籠にいれたりしている奥様方とすれ違う。
ちょっと前まではビニール袋だったのに、有料となった瞬間これである。
人間の適応能力というものはやはり常軌を逸していると思う。
と、そんな根も葉もないことを適当に思いながら歩いていると、ふいにドンッ!と誰かにぶつかった。
「わっ!す、すみません!」
咄嗟にそう謝った僕は一歩後ろに下がって、ぶつかってしまった相手の姿を確認する。
すると、そこにいたのは灰色の短めのゆるふわな髪の毛をした一人の少女………もとい幼女がいた。
背丈は小梅先生同様、僕の半分くらいのミニマムサイズで、その小さな体に纏っているのは灰色を基調とした要所要所に風を模したような黄緑色の刺繍がほどこされた和服。
そしてなにより特徴的なものは、その頭の上にお情け程度に生えている二本の小さな角。
これだけ揃えばこの幼女が一体何者なのか、いくらおバカな僕でも流石に思い出すことが出来る。
「なんだ、誰かと思ったら風子ちゃんじゃないか」
「……………ろくに前も見ずにぶつかってきておいて、次に言う言葉がそれですか?」
そう言って僕の目の前にいる角の生えた幼女はジロリ……と、そのエメラルドのように鮮やかな色をした緑眼を少しばかり細めてこちらを見つめてきた。
彼女の名は風子。
その正体は捷疾鬼と呼ばれる鬼の妖怪であり、僕の知り合いの式である。
風子というのは名前は名前でも、あくまで式としてのいわば仮の名だ。
さて、式というのは自分の僕として妖怪を自由自在に使役するための契約を交わしたもののことをいう。
その契約というものは両者の合意なしではなりたたない。
合意…といっても、妖怪相手に話し合うなんてお上品なことは無意味に等しく、結果的には殴り合って勝てば契約成功みたいな感じである。
果たしてそれを契約などと呼んでも良いものかと少しばかり疑問に思うが、そんなことは今はどうでもいいことである。
とにもかくにも僕はその知り合いの式である風子ちゃんに商店街でバッタリと遭遇してしまったのだった。
しばし微妙な空気が僕と風子ちゃんの辺りを漂い、それに耐えかねた僕がなにか話をふろうかとした瞬間。
「………貴方が相変わらずの人でなしさんで風子は安心しましたよ黒血さん」
「……君も相変わらずの毒舌で安心したよ」
僕は口角をひくひくと痙攣させながら、目の前の幼女と視線を合わせるように、その場にしゃがみこむ。
「それにしても、その黒血?っていうのは一体なに?あだ名か何かなのか?」
「……あだ名とは違いますよ。黒血というのは協会が貴方を名前ではなく別の言葉で指し示した、いわば業界用語みたいなものですかね?」
「……それ、業界用語とは言わなくないか?」
僕の軽いツッコミにも、しかし当の本人は全く気づく様子もみせず、そのまま目をパチクリと開閉させるだけだった。
しかし、協会が僕のことをそんな風に呼んでいるとは……いやはや相変わらずネーミングセンスの一切を感じさせないものだなと常々思う。
黒血だなんて、僕の中に流れる血の色をそのまま言っているだけではないか。
どうせ作ってくれるなら、もっと“不死身の~”とか“悪魔の~”みたいな格好いいものにしてもらいたかったものである。
協会の中には髪の毛を七三分けにした頭の堅い連中しかいないのだろうか。
きっと適当にアンケートでもとって選ばれたのが、この黒血という名なのだろう。
「というとなんだ?わざわざ黒血なんて呼び名を作るくらいなんだから、協会はまだ僕のことを危険視してるってこと?」
「………少なくとも、まだ手の届く範囲内にはいてもらわなくてはいけなさそうですね」
「あっそ……はぁ~……僕はいつまで協会様の監視下におかれて生活しないといけないのかね~」
「…………恐らく、そんな日はまず来ないと思いますよ?それこそ協会を潰さない限り」
「そうかもね。まあ、そこまでして叶えたい願望でもないから、そんな暴挙にはでないけどね」




