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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood8:記録ノ巫女 part11


門をくぐったその先はむやみやたらにだだっ広い空間だった。


入り口近くには二体のこれまた大きな像があり、恐ろしく険しい表情は参拝客を吟味しているかのようだ。


鼻腔にツンとくる匂いは寺を作っている材木のものだろうか。


しっかりと管理がなされているのかどうかは分からないが、ややカビ臭いという印象が鼻をくすぶる。


ようやっと言の葉寺に入れた僕らは使用人が迎えに来るからということで暫く待機することになった。


「……なあ椿。さっきの会話はなんなんだ?桜とか絵とか夜とか俳句かなにかか?」


僕の問いかけに椿はやれやれといった調子で仮面に片手を当て頭を数回短く振った。


「あれは合言葉だ。敵が雇い先の者と同じ名を名乗り中に入り込んで場を荒らすのを未然に防ぐためのものだといえば分かるか?」


「あれが合言葉!?いやいやいくらなんでも長すぎるだろ!?もっとこう短いのでいいだろ?例えば山といったら川……みたいな」


「そんな子供じみた合言葉で安心できるのはお前くらいだ。それに長い合言葉の方が確認作業もスムーズに済むからな。短い合言葉なんぞにしたら確認作業だけで一日はつぶれるぞ」


信頼性は大事なものだがそれが短い長いのことで解決してしまうというのも果たしてどうなのかとは思うが所詮雇用主と雇用者の関係ではそんなことでしか信頼関係を勝ち得ないものだ。


理に適っている分それがその場限りの冷たい信頼関係でありもろい繋がりだと痛感させられる。


これは僕には向いていないなと頬を人差し指で掻く。


「ん?そういえば一緒に渡したあの封筒の中身ってなんだ?手紙みたいにみえたけど……」


「若様が飛鳥一族にむけてお書きになられた文だ。そこにはしっかりとお前がここに送られた理由も記されているからな。渡さなければ私は良いがお前は外で永遠待機だったぞ?」


「さっき大丈夫って言ったじゃん!?え、あれってうそだったの!?一心さんからの文を渡すまでは僕ってただの不審人物だったの!?」


もーやだよこの子はー!とオネエ口調で頭を抱える。


もしあの言葉を信用して意気揚々と調子にのって先導していたら門番のやり取りの意味も分からずあからさまに怪しまれて最悪捕まったりしていたのではないだろうか。


やはり信頼関係とは簡単に出来るものではないみたいだ。


こうも普段からトラップがはり巡らされているとなるとついには人間不信に陥ってしまいそうだ。


これが悪い方へ悪い方へと回っていくと巡り巡って

社会的地位さえ脅かし最終的には社会的に殺されるのではないかと恐怖が背筋を通り越していく。


不死身の黒血と言われている僕だが生物的に死ぬ事と社会的に死ぬ事はまた別の枠組みの中にある恐怖なのだ。


いくら死なないといってもこの世のしがらみ全てから解放されたというわけではない。


むしろ生物的に死ねないだけに社会的に死亡することこそがひょっとすると僕に唯一残された生死が明確に判断できるものなのではないだろうか。


そう考えると実は今回のごとくボランティアや社会的貢献というのはいささか馬鹿にできないのかもしれない。


腕を組んで、ううむ…と今後の方針を考える僕のYシャツの端を後ろから誰かが軽く引っ張ってきた。


反射的に後ろを振り返ると天子が僕のYシャツを掴みながら同時に前の方へと自分の人差し指を一本立てて向けている。


天子が指さす方へと視線を動かすと遠くの方からドタドタと素足が木面丸出しな床を騒がしい音を立てながら白い法衣を着た中年の男がこちらに向かってくるのが見えた。


流石は僕の最強の懐刀、視野が広く主である僕を最大限にフォローしてくれる。


社会的存亡なんか関係なく天子さえいてくれればなんだかもうそれだけで良い気さえしてきた。


ありがとうの意味も込めて天子の頭を撫でてやると頬を赤く染めてすこぶる嬉しそうな顔をして喜んでくれた。


幼い見た目不相応の色気のある顔に鼻の下が急降下していくが、あまりにもひどいその顔に見かねた椿がわざとらしい咳払いをして僕を我にかえらせる。


慌ててクールな表情を取り繕うも心は素直なようでまだ撫でていたいという感情が手だけに集約しワキワキと器用に指先を蠢かせている。


「お、お待たせ、いたしました……はぁ、はぁ…」


こちらに向かって走ってきた中年の使用人は荒い息と汗まみれの顔でそう言った。


近くでみると予想通りあまり若いわけではなくスーツ姿で電車に乗って出勤していますと紹介されてもなんら違和感はないくらいだった。


中年の使用人は快く迎え入れるために必死になって笑顔を作り出そうとするが口角は疲労でひくつき、膝に手をあて息を懸命に整えている様はなかなかどうして僕の胸を締め付けた。


前もってこの時間に行きますとか連絡していればこの男性が錆びついた体にむち打ってこの広い寺を息も絶え絶え走ってくることもなかったのではと変に萎縮してしまう。


そもそも雇い雇われの関係は素人の僕にはわからない。


雇われた方の態度も雇った方の態度も、なにが良くてなにが悪いのか手持ち無沙汰な判断材料のせいで結論はでずに終わる。


だからこれが普通なのだとしたら僕は大層こういう仕事はむいていないんだなと思った。


誰かれかまわず大事に思う事は人を捨てた僕にはとうていなしえないことだから。


「………とは言ってもそれで良いものか…」


「春斗様っ?なにかおっしゃられましたかっ?」


天子が小首を傾げて尋ねてくるが僕はなんでもないよと答える。


中年の男性はようやっとまともに喋れる程度には体力が回復したらしく、膝においていた手を離し前の方で組んでから再度笑顔に挑戦するもやっぱりどこか辛そうにみえる。


「お見苦しいところをお見せしました。ささ、どうぞ中へお入りください。ああ、お履き物の方はそのままでよろしいですよ。ここはまだ一般公開用のエリアですので」


そう言って中年の男性は僕らを先導してくれる。


いざ中に入って床に足をおいてみると分かることだが、かなりの年季が入っているのか老朽化が思ったより進んでいることに気付く。


鈍い音を出して軋む床はちょっとした湿気さえ纏っており、少し強く足を打ちつければそれだけで穴が開いてしまいそうだ。


よくもこんな状態で今の今まで耐えてきたものだと昔の建築士に賞賛のキスを送りつけたい。


「思ったよりもオンボロで驚きましたか?」


前を歩く中年の男性が僕の考えを予想してか自虐的なことを言ってくる。


椿は相変わらず必要な時以外は、だんまりを決め込んでいる為、必然的に僕がその問いかけに応える。


「ええ、まぁ……そういえばこの寺って建てられてからどのくらい建つんですか?」


「そうですねぇ……今の頭首様が六代目ですから大体250年くらいでしょうか」


「にっ、250年!?そんな長い間建ってるんですかこの寺は!?」


僕の質問に中年の男性は笑って応じる。


「とはいっても過去に何度か部分的に修復はされているそうですがね。でもこの土台だけはほとんど変わっていないだとか。まあこれは先代に聞いた話なんですが」


「だとしてもすごいですよ。木造建築ってどこか弱々しいイメージがあったんですけど結構丈夫なんですね」


「木もそうなんですが、なんでも特殊な技法で造られたらしいですよ。建築についての教養がない素人には分かりませんが」



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