Blood8:記録ノ巫女 part8
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ひとまずの仕事を終えたとばかりに憂は浅い吐息で哀愁漂う大人な女性を演出している。
本人は素人の少年を心優しくリードしてやったと思っているみたいだが、当の本人からしてみれば説明無しの突然の無視放置状態に驚く一方だっただろうにと万丈は少年が向かった方向を見て同情にも似た感情を浮かばせる。
憂の安上がりなドラマのワンシーンにがっくりすることはあれど胸がときめくことはない大和は地面に転がっている小石と、それを迂回してせっせと餌を運ぶ蟻を見て不満を解消していた。
「……蟻って健気だよな。一人の女のためにここまで尽くす奴はそうはいねぇよ」
大和の言葉に強面男の万丈が反応する。
「な、なんですか急に」
いやな、と大和は地面を動く蟻を見たまま静かに語る。
「みーんな同じ面して同じ仕事して同じ家に住んでよ、それを同僚や部下や上司なんてお堅い関係じゃなくテメェのダチだと思って行動してる。ここまで健気だとなんだか自分がちっぽけに見えてよ」
「は、はぁ……?」
「周りの視線だけ気にして似合ってもいねぇポーズとったり、それ誰に需要あるの?ってくらい胸元の開いた服とかパンツを隠す気もねぇ短い丈のスカートとか、そんなみてくれだけでどうこうしようとしてる奴がいるのがどうにも悲しいんだよ俺は」
「統括補佐……」
「今は統括だバカやろう」
そこだけはしっかりと万丈の顔を見て食い入るように訂正させる大和。
「俺だってできればかっこよくみ見られたいさ。だけどよぉ、それで大切なもんを見失いたくないわけだ」
「その大切な物っていうのは?」
「周りからの冷たい視線に気付かず自分が世界で一番輝いているって勘違いしてることだ」
その言葉に首を傾げる万丈だが唯一目に見えた反応を示したのはドラマの撮影中(自分の妄想の中で)の憂であった。
「そんなにテメェの面に自信があるんだったら素顔で勝負すれってんだよ。大体なんだ?あの顔写真にでけぇスタンプくっつけて顔の大半を隠すやつは。あんなの顔じゃなくってただのスタンプだろ」
「確かにそういう人っていますよね。髪切ったとかいってるのに顔をメインに撮ってその実スタンプで口や目なんかを隠す人」
「ありゃもう偽装工作だろ。っていうかもっといえば工事だよ工事。そんなことするくらいなら顔なんか撮るなってな」
大和は視線を空へと移し、どこを見るわけでもない間の抜けた顔で続ける。
「昔モテたとか言う奴ほど今は充実してねぇもんだし、キャラで売ってるっていっても年毎に変わってブレブレなどっちつかずだし」
はっ!と、ここで何か不吉なビジョンが見えたのか万丈は大和から数歩距離をとる。
大和はそれに気付かず気持ちよさげに風に吹かれながら軽快に警戒を怠っている。
「老けたことを大人だなんだと無理矢理、語彙変換してるのがこれまた痛々しいんだよな。そこらへん考えると憂ってすごいよな。最後まで痛々しさたっぷりだもん」
「人をト○ポのcmみたいに言うなっ!!!」
プルプルと体を小刻みにふるわせていた憂は大和の一言に怒りの限界点突破を見事にこなし、そのパワーをフルに使った回し蹴りを大和の横っ面に叩き込む。
しかし大和は前もって予想してたかのように頭をさげてそれを華麗に回避する。
無惨に空をきった蹴りは、しかし憂の履いていた靴に怨念という名の負の力を流し込んでいたようで足から綺麗に脱げたそれは弾丸のようにズギュンッ!!と放たれ、近くにいた万丈の顔面に人体の構造を無視してめり込んだ。
ぎゃーーーーーすっ!!何で!?何で俺なんだ!?と靴がめり込んだ顔を両手でおさえながら地面に伏す万丈を、やってしまった感を帯びた目で見る憂。
「……………無駄にこじゃれた靴なんか履いてくるから……」
「スニーカーにこれ以上の機能性を求めるな!」
裸足などなんのそので憂は追撃を行うがそれもなんなく避けられ怒りの矛先を触覚男から地面へと向け地団駄をふむ。
実質一人で二人を撃破してみせたやり手忍者な大和は、自分たちから数歩離れた所で立ち尽くしているどこか空気な存在の少女に気付く。
いつもであればあわあわと慌てながらも止めるところは止めてくれる、それこそ蟻のように健気な心をもった林檎がひたすらに遠い目をしているのだ。
これには痛みでもがき苦しむ万丈を除いた大人二人組が思わず心配の声をあげる。
「あ、あの~…林檎さ~ん?」
「…………………………」
「り、林檎?どうしたの?なんか面白いものでも見つけた?」
「……………………………………………………」
上司二人の言葉に返事はおろか瞬きの一つもしない無表情系女子と化した林檎に大和と憂は喧嘩中ということも忘れて顔を見合わせる。
「なんで!?なんでうちの林檎さんはこんな血抜きされた魚みたいになってんだ!?」
「例えのセンスが壊滅的ねアンタ。まあ今までの流れを見る限り新幹線での騒動で男らしく立ち向かった木戸 春斗に一目惚れって感じじゃないかしら?」
「あの野郎何くわぬ顔してうちの巨乳担当に手を出したってのか!?ふざけんな林檎はまだ汚れを知らない純粋無垢な乙女なんだぞ!?」
「このバカ男!そんなこと声を大にして言うな!ってかさっきはよくも色々と言ってくれたなこの野郎」
「あいえぇぇぇっ!?今は休戦中で攻撃は無しなんじゃないのかぁぁぁっ!?」
「そんなのいったいどこの誰が決めたってのよ!折れろ!砕けろ!飛散しろぉぉっ!!」
先程の仕返しとばかりに大和の首を片手で締め上げる憂。
ぎゃーぎゃー騒ぐ大男をテクニック一つで飼い慣らす。
いよいよ人の唇の色ではなくなってきた大和を放り投げ、憂は林檎へと向き直る。
「全くこの虫男は………さて、と。ねえ林檎、あんた新幹線で大層役に立ったそうじゃない」
「………えぇ……まあぼちぼち…」
「あの坊やも言ってたわよ~頼りになる女の子は素敵だぜ惚れそうだぜって」
もちろんそんなことなど一言も言ってはいない。
全て憂が適当にみつくろった言葉なのだが、それは次第に林檎の瞳に光を戻していく。
「でも……こうやって別れた以上、親しく話しかけることも連絡もできませんし事が終わればそのまま消えてしまいそうだし……」
「(初恋しちゃった中学生か!?って突っ込みたいけど林檎の場合同い年くらいの男の子が近くにいなかったし、まあ間違いなく初恋なんでしょうね)」
自分にもこんな時代はあったけれどそれって果たして何年前だっけ~?とかなんとか考えては林檎以上に淀んだ目をする憂。




