Blood8:記録ノ巫女 part7
「ちょっとそこの少年。場所も場所なんだからわきまえなさい」
目の前を歩く憂さんが小声でやや早口に言う。
しかし視線はこちらには向いておらず発せられた言葉も路上に味のしなくなったガムを吐き捨てる程度のものだ。
無駄に気疲れする中高生の心境変化さながらの感情の起伏……というよりは感情そのものの種類変化が説明としては正しいのかもしれない。
突然どうしたというのか。
なにか憂さんの癇に障るようなことをしたのではないか、と境内に入る辺りから前後の記憶を弄る。
だがどうネガティブに考えても当てはまる事柄といえば紙パックのジュースのゴミ所有権をなすりつけあったことくらいで、それだけであそこまで機嫌を損ねるものか?と僕は首をかしげる。
相手が子供ならともかく僕の人を見る目がおかしくないのであれば憂さんがジャパニーズレッドランドセルを背負って、やけにピンクとハート成分豊富な給食袋なんかを楽しげに持っているようには見えないのだが……。
「………おい、行くぞ」
僕の推理が年齢ごった混ぜの混沌次元戦争とあらぬ方向へと進み始めたあたりで椿が僕の手をとって足を運ぶ速度を上げる。
それに伴って僕は迷子にならないようにと母親に引っ張られる幼子ちっくな形で椿に連れて行かれる。
歩を進める速さが勝ったことで僕と椿は大和さんや憂さんがいる甲賀の魔払い師達を抜き去ってしまう。
「…では、これにて失礼………」
そのほんの少し手前で椿は歩く速度を若干おとし甲賀の魔払い師達にむけて視線は交わさずとも言葉だけを空に置いていく。
それに対して大和さん達は特にこれといった反応を示さず、身内同士で仲良く談笑を続けている。
まるで僕らの存在を追い立てるように発せられる笑い声や他愛もない雑談が後ろから聞こえるが椿はそちらを振り向かない。
ただ一定の速度で歩を進め甲賀との距離を少しずつ空けていくだけ。
どうしてこうも急に他人行儀みたいな行動をお互いにとったのか理解が追いつかない僕は自分をひっぱってくれる椿の手に進路を委ねるネジ巻き玩具だ。
後ろにいる甲賀の皆を見ようと、ちょっと首を動かした瞬間。
ギリギリ……と椿が僕の手を掴む力を強める。
「おいこら痛いっての!」
「………暫く前だけを見て歩け」
最大限に押し殺したであろうかすかな声は、しかしやけに僕の耳にクリアに聞こえた。
その声色はプレッシャーでも恐喝でもない言葉では表現できない重圧感があり僕は疑問はあれど素直に命令に従う。
椿の言葉に従って暫く無言で歩くこと数分。
景色は歩行と共に移り変わり気付けば僕らの前には言の葉寺へと通じる最後の関門とばかりに数十段の階段が壁のようにそびえ立っていた。
後ろを見ていないのでよく分からないが大和さん達とは結構な距離が空いてしまったのか、もう馬鹿でかい笑い声すら聞こえない。
僕の耳に入る音といえば飛鳥一族の若い人達が会場設営に用いる鉄の棒がぶつかる甲高い音と自分たちの足音のみである。
一体どうして根暗カップル参拝旅行記みたいなことになっているのか、そろそろ問いかけたいレベルが水準点を超えつつあった。
ちょうどそのタイミングで椿は僕から手を離した。
それをきっかけに椿の名を呼ぼうとするが、その寸前に彼女の咳払いが意地悪げに会話の先攻をとる。
「今後は向こうからサインが無い限りこちらから自発的に接触することはない。その逆もまた然りだ」
「は?なんでだよ?僕らは一応甲賀と協力関けもごがふごっ!?」
協力関係と言おうとした口を何かが強引に塞いだ。
目をやればそこにはいつ出てきたのかも分からない深みがかった緑色のツタが口を縛りつけるようにぐるぐると巻かれていた。
新幹線でも一度目にしたなにもないところから植物を出す妖術で椿は僕の口を塞いで発言の権利を奪う。
「………いいか木戸 春斗。私達と甲賀はそれぞれ別の雇い主から雇われた身だ。何故同じ一族で別々の組織に依頼をしたのかその理由はお前も知っているだろう?」
「¢££!¢$$¥€%££‰Å!!」
「互いの派閥を信用しない者達が雇った人間が勝手に協力関係を築いていると知られでもしてみろ。敵の一味が送り込んだスパイが潜入しているのか、もしくは片方の派閥が自分たちの派閥を陥れるために協力関係を築かせていたと捉えるか……どちらにしても悪い方向で勘違いされることは火を見るより明らかだ」
「£%!?¢¢$!!£%$$¢……」
「だからここでリセットする必要があった。こちらの狙いを言ったところで納得はしないだろうしなにより繋がりがないと敵味方関係なく周りにしらしめることで行動の選択肢が増えるからだ」
「説明は後からでいいからまずはこの青臭いのとるところから始めろやぁぁぁぁぁぁっ!!」
口はおろか鼻まで塞いで僕を呼吸困難に陥らせているツタを狂乱の力で破壊し勢いそのままに怒りの拳を椿の頭めがけて振り下ろす。
僕は青ざめた顔をしながら新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。
あれがネタや天然ボケから起こったものだとしても流石に命をかけた放送コードギリギリなものはダメだろうと己の拳にこの思いを込めたのだが分かってくれただろうか。
目線を下に移し椿を見ると痛みに負けて殴られた部分をおさえてもがき苦しむだけで、どうやら拳に込めた思いは微塵も分かってくれてはいないようだった。
僕は地面と一体化するんじゃないかくらいに身をよじらせる椿をその場に捨ておいて数十段の階段をのぼり始める。
願わくばさっきの紙パックのジュースよろしくゴミ箱に投入されてほしいものである。




