Blood8:記録ノ巫女 part3
大和と周りから呼ばれている大柄な体格の男は周囲を軽く見渡す。
甲賀を敵対視している雇われ連中が自分の仲間が乗っている新幹線内部に潜入したことを理由に何があっても対応できるようにと菊川駅に配属していた面々であることを察したのか、自然と会話の相手は実際に現場に居合わせた垂れ目の少女へ。
「……大変だったな。怪我はしてないか?」
ついさっきの見た目負けなお気楽馬鹿丸出しなものはいっさい感じず、明らかに仕事の雰囲気を放つそれに仲間の林檎でさえ姿勢を正した。
「は、はい!私は大丈夫です。もちろん霊具も紛失、故障ならびに情報の公開についても問題ありません」
「お前が髪の毛を指でいじらねぇってことは本当だな。とにかくお前が無事で良かったよ。霊具はそのついでだ」
大和さんは林檎の頭にゴツゴツとした手を軽く押し当ててから次の確認にはいる。
「憂、輪島200系の内部情報は外部に漏れてないか?」
「ええ、大丈夫よ。“後処理”も含めて林檎が駅に到着する前に準備は出来ていたから。駅構内の監視カメラ、ATMの判別センサー、エレベーターやエスカレーターの作動記録、階段の歩行形跡、駅員と乗客の意図的誘導にいたるまで全部やっておいたわ」
「念のため犯人が搭乗していた新幹線については三人ほど偽名で乗車させ今日明日メンバーを変えて監視させます。くわえて今回の事件の内容を知る駅員については力任せに脅すということは出来ませんので交渉の後、今日から一ヶ月間担当をつけてこちらも同じく監視を行います」
憂さんと万丈さんはスラスラとメモ帳すら開くことなく口だけを動かして内容を端的に伝える。
そもそも彼らにとってメモをとるという行為は自分達の動きを露呈させているようなものだし、もしかするとそういった自分で自分の首を絞めるような行為はしていないのかもしれない。
それともただのキャリアや才能の問題か、素人の僕が分かるはずもない。
「新幹線内部に潜入した犯人について対処も含めて教えろ。乗客や駅員とにかく関係のない一般人に負傷者がでたかどうかもな」
「はい。犯人の数は計5人、霊具を用いて探知ならびに捕獲に成功。駅員が霊術を使っての攻撃を受けているようでしたが意識飛ばしの術であるため支障はないです」
「敵さんの情報はどこまで知ってる?」
「私の知る限りだと犯人は爆弾を設置して新幹線の主導権を奪う。黄泉縛りと不透明な境界線の応用術式からしてかなりの場数はふんでいるかと」
林檎の言葉に大和さんは苦い顔をする。
「いくら場数をふんでたってこんな誰かが誰かを引っ張り合う構造にしちまったら発揮するもんも出来ないだろうに」
大和さんの呟きに相づちをうつかのように誰かの着信音が鳴り響く。
それはどうやら憂さんのものだったらしく、彼女は目の前に上司がいるのも気にせず電話にでる。
端的なやりとりが数回程行われた後、憂さんは携帯をしまって新たな情報の提示を行う。
「犯人の残党がいないか菊川駅周辺を探索していた子から連絡がきたわ。予想通り4人の残党を発見。戦闘用の霊装を持っていたこともあり戦闘になったが無事全員確保したそうよ。今は林檎が捕まえた犯人同様尋問を行っている最中らしいわ。結果はおって報告するですって」
「周りへの損傷やら被害があっても困る。そこにいるお前ら。各自戦闘になった場所に行って“整理”してこい。霊具ならここにあるものを使ってくれ」
大和さんは憂さんからの新しい報告を聞いて随時采配を行っていく。
林檎は各自担当する仕事に適した霊具をボストンバッグから取り出し能力でそれらを元の大きさへと戻しては大和さんからの指示を受けた人達に慣れた手つきで渡していく。
傘に豆電球を無数につけたものや革の手袋の指部分に歯ブラシのような繊維がついたものやら恐らくプロの魔払い師でも用途がわからないお助け道具の数々に興味がそそられる。
霊装開発の元祖こと龍谷家の人がみたらどんな反応を示すのか思わず想像してしまう。
お堅い職人気質な人から言わせてみれば、あんなガキの自由研究みたいな奴と一緒にするな!などと怒鳴られそうなものだが、果たして実際の所はどうなのだろうか。
でも甲賀の人だろうとお堅い霊装職人だろうと、きっとそれぞれについて事細かに部外者には教えてくれないんだろうな~と、結構なアウェイ感を感じながら考え事をしていると未だ近くにいた佐野が声を発する。
「お兄ちゃんの力ってどこまでの範囲に影響しているの?」
「と、突然の質問だな…っていうか君もやっぱりそこら辺は知ってるのね…」
小学生と中学生の境目くらいの見た目の佐野にあっさりと知られている自分の個人情報になんとも微妙な気持ちを抱いてしまう。
小さくったってやはり甲賀は甲賀。
その頭の作りはもしかしたら僕よりも大人なのかもしれない。
「う~ん……狂乱の力は発動してないと周りにはなんの影響もなくて、逆に発動してたら高速で再生でもしない限り触れただけで法則性は乱せるんだ……多分」
多分というのは別に狂乱の力の秘密をばらしたくないからとかではない。
僕自身この力がどの範囲で法則性を乱せるのか、そもそもなにがどうなって法則性を乱しているのかすら分かっていないのだ。
ただ知っていることは狂乱の力の物事の法則性を乱す効果は利き手の左手一カ所に局所集中させなければ発動せず、これについては僕がまだまだ力の使い方が未熟だからだろう。
そう言える根拠としては僕の主に狂乱の力があった際、色んな形で狂乱の力を使いこなしては無双しているシーンを見ていたからである。
次に法則性を乱す効果について。
霊術を無効化する所から狂乱の力は術そのものを破壊すると勘違いされがちだが、実際はそうではない。
狂乱の力は法則性を乱すのみであり霊術そのものを破壊することはできず、あの現象は好きなだけ構造をかき回された術が勝手に崩壊しているだけなのだ。
しかしながらこの崩壊現象は霊術のような“一つでも法則や構造に崩壊しているだけである。間違いがあったら発動されない又は存在できない”ものにしか適用されず、普通の物体にはあまり効果をなさない。
というのも物体、例えば金属バットがあったとしてその構造や法則がおかしくなったとして形を維持できず消滅するかといわれても答えは断じてNOだ。
やや強度が劣ってしまう程度でそれそのものの存在を脅かす程の効果は与えられない。
とはいってもそれすらもうまく力を使いこなせていないからなのかもしれないが。
僕のしどろもどろな説明を聞いた佐野は少しの間を空けてから頷く。
「…そっか……じゃあそこについては大丈夫なのか……だとすると問題はそれが元を断たないといけない場合ってことになるけれど、それについても…………うん、分かった。ありがとうお兄ちゃん」
佐野はなにやらぶつぶつと呟いた後、僕にむかって感謝をのべる。
僕としてはこんなことを聞いて果たしてどうするのか?ということに気が回ってしまい思わず疑問に満ちた眼差しを一回り年下な少年に向けてしまう。
佐野もそれを察したのか小声で僕にその意図を教えてくれた。
「お兄ちゃんがここにいるって事は記録の巫女側から警備してほしいって頼まれたからだよね?」
「あ、ああそうだけど……?」
「今回の事件。一族間でも仲違いの激しい飛鳥一族が甲賀以外の組織か個人に応援を要請するのは前もって分かっていたことなんだ。だから甲賀としても守るべきものが同じ以上雇われた僕らだけでも協力関係を築いて一緒に事件の犯人を捕まえようっていう事に決まったわけ」
だから、と佐野は区切りをいれる。
「お兄ちゃんさえよかったら僕らと協力してほしいんだ。一人でも多くの人を守る為に」




