Blood8:記録ノ巫女 part1
到着早々一悶着あった。
菊川駅に無事到着した僕らは各自荷物を持って新幹線から降車した。
その際、林檎が持っていた霊具がたくさん入っていて重そうなボストンバッグを代わりに持ってあげようと提案したのが事の発端だ。
重そうだから持ってあげるよ。
いえいえ、そんな気にしないでください。
大丈夫だって、これでも男だから力には自信があるし。
それならお願いしようかしら。
みたいなやりとりをしていた僕と林檎。
結果ボストンバッグを僕が持つことになった次の瞬間、いつの間に周りにいたのか知らないが数人の男女に取り囲まれ体のいたるところに刃物やら鈍器やらを押し当てられたのだ。
最初は犯人救出を目論んだ新手かと思ったが林檎によってそれは自分と同じ甲賀の魔払い師だと教えられた。
なんでも犯人が新幹線内部にいたことは既に知っていたらしい甲賀のお仲間さん達は念のため菊川駅にて待機していたらしくなかなか殺気だっていた駅構内にて初めて目にする少年が仲間のバッグを取り上げた。
この行為が彼ら甲賀の中では。
おい、その霊具がたんまりと入ったバッグをよこしな。
だ、ダメです!そんなこと出来ません!
おいおい…乗客の命は良いっていうのか?
ぐっ……こ、この卑怯者め…!
みたいな刑事ドラマとかでありがちなシーンに見えたらしい。
林檎の必死の説明も初めは脅されているんじゃないか?との疑いから信じてもらえなかったが、後から針金で動きを封じた犯人達を担いで降りてきた椿と天子の姿と、わざわざ運転席を降りて改めてお礼を言いにきた駅員のおかげもあってようやく納得してくれた。
まさか信用を得るのにここまでの工程を経なくてはいけないとは思わなかった。
だてにプロ中のプロ、確かな情報がでるまで下手には動かないというのがモットーなのかもしれない。
それとも単に疑い深いだけのお間抜け集団なのか。
そんなこんなで僕は良くも悪くも警護対象は違えども同じ場所で命を守る甲賀の忍兼魔払い師の方々と晴れてお友達(?)になったのであった。
駅構内でやんややんやするのはこの辺にしてねとの駅員のお叱りを受け、僕らは今菊川駅をあとにして言の葉寺へと移動を開始している最中であった。
「それにしてもまさか私達が素人と一緒に仕事をする日がくるとはね」
紙パックに入ったジュースにストローを突き刺しながら大人な雰囲気の明るめの茶髪の女性は特に感情と呼べるものを含めずにそんな事を言った。
発言内容にやや挑戦めいたものを感じてか少しばかりムッ……と、僕は口をななめに曲げる。
不機嫌な顔をする僕の肩に近くを歩いていたもみあげが一つのラインとして繋がっている男性が手を置き申し訳なさそうにもう片方の手を自分の顔の前に持っていってペコペコ頭をさげてくる。
「いやはやごめんね。あの人も別に皮肉とか嫌味とかあって言ったわけじゃないからさ」
近づきにくい強面の見た目とは違い柔和な声で男は僕をなだめる。
「俺は万丈。番長じゃなくって万丈だからね。気をつけてよ」
似合わないウィンクと共に万丈という男は簡単な紹介をすませた。
「あ、僕の名前は……」
「言わなくても良いよ。木戸 春斗君…だろ?あの有名な」
有名という言葉が何を指して言っているのか何となく予想でき多少の嫌悪感を持ちながら、僕はあえてそこには触れずに別の方へと話題をもっていく。
「どうして僕の名前を?林檎から聞いたんですか?」
「う~ん何て言えば良いのかな……まあ、こういう仕事柄少しでも名のある人物は“手札”(リスト)にいれておかないといけなくてね」
“手札”(リスト)という言葉に違和感を覚えた僕は直接聞くのではなくその付近に触れることで意味を把握しようと質問を加える。
「名前とか覚えて何の意味があるんです?僕なんか特に関係ないんじゃ?」
僕の問いかけに万丈さんは目を瞑りなにやら言いづらそうに言葉を選んでたどたどしく話していく。
「えっ…とだね。名のある人物は警護の依頼が多くてね、前もって情報を知っておくことに損はないだろう?だからだよ」
「それと敵にまわした場合どういう風に対処すれば良いかも分かるしね」
紙パックのジュースをストローで飲みながら前を歩く女性が発言内容に更なる付け足しを行う。
万丈さんが、おい!と強く声を出すが大人な雰囲気の女性は別に言っても問題ないでしょ?とでも言いたげな顔をしている。
普通の魔払い師なら関係のなさそうな事だが、闇に通じる暗部の仕事をこなす上でそういった情報はたしかに貴重だ。
そして常に敵になる可能性がある組織や個人の情報を連ねたものが先程あがった“手札”(リスト)なのだと瞬間的に察した。
「ま、まあ何か困ったことがあったら俺達を呼んでくれよ!警護はもちろんのことその気になれば掃除洗濯家事全般を請け負っちゃうからさ!」
万丈さんは明らかに慌てる素振りを見せながら話題転換に勤しむ。
なんだかその姿が申し訳なく、おかしな追求をしたことに謝罪をしたい気分になる。
「そういえば林檎が捕まえた犯人ってどうしたんだ?まさかあの後解放しちゃったとか?」
「それでしたら私の仲間が対応しています。主に情報収集で……というか犯人を見つけたのも捕まえたのも春斗さんのおかげじゃないですか!完璧に一般人に紛れ込んだ犯人を観察力と推理力で見破って、それどころか計画そのものを打ち破る情報も掴んでくるなんてすごいの一言です!乗客の安否を優先して動くところとか式のケガを心配したりとか一度決めたら危険だろうと真っ直ぐに立ち向かうところのかっこよさとかそれはもうお勉強ばかりさせられた時間で………っ!!」
林檎は湯気でも出そうな位の勢いで顔を赤らめ両手を使ってよく分からないジェスチャーをしている。
そこまでよいしょされた所で特に出せるものもない僕は林檎の誉めの一手に引き気味になる。
だが、ここで僕がとるべき選択肢は困惑するではなく林檎のべた褒めを止めることだった。
たった一度の選択肢のミスが連鎖的に甲賀女子一同の連続トークを舞い込むことになる。
「おいおい少年!うちの恥ずかしがり屋の林檎ちゃんにあそこまで言わせるなんてあんたも見た目によらずなかなかやりよるわねぇ!」
「ちょっ!?なにが!?」
「あの恋する純情乙女がこうも異性を誉める事なんてないんだぞ~?一体何したんだ~?」
「だから何もしてませんって!」
「まだ未貫通のプレミア少女に手を出すんならそれ相応の覚悟をしろよクソ野郎。やり捨てとかだったら甲賀の力全部つっこんでぶっ殺すからな」
「後半は意味のない殺意しかない!?」
発熱する恋愛トーク(女性陣のみ)の渦に勝手に放り込まれた僕を万丈さんを含めた男性陣が哀れみの目で見ながらも、しかし救いの手を差しのべようとはしてくれない。
中には『そのまま爆発してしまえ』などという先程新幹線で起こった爆弾事件なんかよりも直接的な爆撃を求める声もちらほら聞こえた。
僕が一体何をしたというのか。
天子は札に戻っているし椿はというと楽しげにこの光景を観察している。
どこを見るわけでもなく遠い目をしながら僕はひたすらピンク色の嵐が過ぎ去るのを待つ。
こういう時の救助なんかも甲賀に依頼したら行ってくれるのだろうか?
「は~いそこまでそこまで~。滅多にない色恋沙汰に機敏に反応するのも分かるけど少しは自分を受け入れろ~」
恋愛トークに唯一女性陣として参加しなかった大人な雰囲気の女性は遠足の引率を行う気だるげな教師のように止めに入る。
真の救いはずくそこにあったのか!と感動する僕だが周りの桃色脳内ガール達にはその声は聞こえておらずエスカレートする一方であった。
途中までは呑気な声色だった制止の言葉もまた時間の経過にあわさて次第に剣呑な光が宿っていく。
「いいかげんに……しやがれ、この茶々いれ症候群共がぁぁぁぁぁっ!!!」
怒鳴り固く握った拳を騒ぎ立てる女性メンバー、一人一人に的確にあてる。
目の前で人が気絶する姿をまじまじと見せつけられたのは初めての体験で僕は目を丸くする。
姿勢が嫌でも綺麗に正される。
「…ったく、ごめんなさいね。この子達も悪気があった訳じゃないのよ」
「へ?あ、はい…?」
たった一度の優しい行為に僕のその人に対する印象はガラリと変わる。
あれ、もしかしてこの人実はとっても優しい人なんじゃね?的な考えが頭に浮かぶ。
「あぁ、そういえば自己紹介が遅れたわね。私の名前は憂。気軽に憂お姉さんとでも呼びなさい」
「いやそれ気軽に呼ぶには少し壁が高いような……」
僕の指摘に細かい男ねと口にくわえていたストローを抜き取ることで暗に告げてくる。
『コンビニ限定!コラーゲン2000mg配合!』とデカデカと書かれた美容ドリンクをひとしきり飲み終えたのか、それを手で潰して捨てようとするが近くにゴミを捨てれる場所がなく不完全燃焼のごとくそれを握りつぶしたまま持ち歩く。
「あんたの事はなんとなく知ってる。けど所詮は名ばかり広がったド素人だと思ってたけど意外と働けるようね」
「まあ一応それなりに場数は踏んでるので…」
といってもプロのあなた方には適いませんが、と付け足す。
「知ってるわよ。それも含めての“手札”(りすと)なんだから。でも本音を言うと良い風にこき使われるだけの猿回しだとばかり思ってたから少し印象変わったわ。これからよろしくね」
憂さんは恥ずかしがることもなく素直に思ったことを口にしてから僕に握手を求めてきた。
一瞬躊躇ってから僕はその握手に応じる。
やっぱりこの人、当たりはキツいけど根は優しい人なんじゃ……と思いながら握手を交わしていた手を離すと、
「ん?」
先程までなかった異物感を僕は感じた。
不思議な感触を辿るように握手を交わしていた手を開いてみると、そこにはぐしゃぐしゃに潰された紙パックのジュースのなれの果てがあった。
「たしかに憂は根は優しいよ。でも所詮は根だけ、表面には我の強さしか残っちゃいないのさ」
万丈さんの耳打ちに僕は手にした紙パックを地面に投げつける。




