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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood7:走リユク鉄ノ檻 part14


ふよふよと空気のはいった風船のごとく浮かぶそれらは緩急をつけた不規則な動きで相手の意識を攪乱させていく。


だが、所詮は借り物の器で出来た人工物。


その動きにはどこかしか個性とよばれるものが見え隠れする。


「どれ、強度を調べさせてもらおうか」


発言内容とは異なり全く興味を感じていない平坦な声は椿の行動そのものにも表れていた。


細い手首をひょいと軽くあげる。


たったそれだけの行動で突如として走行中の車内の床から深い緑に染まった茨が敵の動きを封じる檻となって乱雑にその体に巻き付いては痛々しく締め上げていく。


それから軽くあげていた手首を返して静かに拳を握り締めていく。


すると敵に巻き付いていた茨も椿の拳を作る動作にあわせるように徐々に徐々にその間隔を狭めていく。


「______________弾けろ」


拳が完璧に握られるのと同時、締め上げられていた茨は一気に内部に閉じこめていた敵を容赦なく捻り切った。


しかしながらそこには血肉といったものはなく、軽快な破裂音と微かな粒子を伴ってその場から消滅しただけに終わる。


その消え方に違和感を覚えたのか椿は軽く首を捻り、それから地面に何枚も落ちている紙の内の一枚を視界にいれる。


「………ふむ、成る程な。だとするとこいつは少しばかり面倒だな」


自分で覚えた疑問にさっさと解決を見いだす椿だが、僕にはなにもわからない。


分かる事と言えば今見たとおり、この風船のような敵は生物ではなく霊術によって形を成しているということだ。


ということはつまり、


「おい、ちょっと待てよ!そいつらがどんな仕組みで出てきたのかは知らないけど霊術で作動する奴だっていうなら僕の力で……!」


「馬鹿者。黄泉縛りの刻印、半透明の境界線…素人のお前には分からんと思うがこれは遠隔型の霊術だ。バカ真面目にその左手をふるった所で一度は分解されるだろうが、すぐさまイモリの尻尾のように執念深く生まれ変わるさ。意味はない」


椿は地面に広がるメモ帳程度の大きさの紙を取りあげ僕に投げやりな態度で受け渡す。


白紙の紙だと思っていたが、よく見れば何がなんだかさっぱり分からない解読不明な古代文字が円を描き、その中心に血印がゾンビ映画の背景のようにいくつもベタベタとはりつけられている。


さっき黄泉縛りだとか半透明の境界線だとか理解に困る専門用語を好きなだけ羅列させた発現に多少の嫌がらせを感じるが、恐らく本人は知ってて当たり前という軽い気持ちで言ったのだろう。


しかし椿の意味はないという言葉は本当な様で全ての法則性を狂わせる狂乱の力が微塵も反応しない。


「黄泉縛りは術者の血を用いて行われるもので生者を術者、死者を霊術で生み出した器として定義し断ち切れぬ繋がりを血をもって証明づける事で物体の再構築を瞬時に行い消滅と再生の輪廻を疑似的に再現するというものです」


といっても制約として術者は黄泉縛りの杭としてその場から移動することを禁じられ、他の霊術を唱えることも出来なくなる訳なんですけど……と林檎は付け加える。


「お前の力は個に対しては絶大だが、それが複数の繋がりをもったもの……ようするに元を断たなければ何度も作動するもの、再生してしまうものに関しては所詮その場しのぎで終わってしまうということだ。こういう半永続遠隔型の術は消したければ元を断つ他ない」


「よく調べられてるな……それも僕の力まで…」


いきなり目の前に表れた霊術の構築内容を容易に暴き、それでいて力の保持者である僕にさえ分からなかった欠点を楽々と挙げる椿。


霊術についてはともかくとして僕の力について何故そこまで知っているのかという問いかけについては答えてくれないだろうが、そこにはやっぱり協会上層部や暗部が根強く関わっているのは今までの彼らの行動からして明白だろう。


「それじゃあなにか?僕らを残党狩りに向かわせるのはこの風船野郎共を操っている術者を倒してほしいってことか?」


「それもある………が、これはお前の為を思ってのことだ。お前が先程口にした事へ対する贖罪という意味でのな」


椿は口早にそう言った。


まるであまり言いたくはなかったとでもいうような声の音量が、僕の心になにか後味のよくないものを残す。


「………………この術式からしてこいつは所有者がなんらかのシグナルを発しなくなった途端に自動で発動し所有権を別の者に委託するタイプの霊術だ。となれば既にここでの状況は相手側に知られていると考えるのが妥当だろう。そうなれば………後は想像に任せるとしよう」


最初よく分からなかったその言葉の真意に気付いた時、僕の全身に悪寒が一気に駆け抜けた。


状況を知られているということは即ち敵側も交戦状態に入るということだ。


いや、既にこの遠隔型の霊術が発動しているという段階で交戦状態にはもう入っていると考えるのが正解だろう。


では、次に僕が犯人だったのならどう行動にでるか。


その答えは至極当然、ありとあらゆるものを盾にしてこちらの要求を一方的にのませること。


つい先程声を荒げて乗客の命を優先するべきとほざいておきながらこの様である。


林檎や椿がそこに触れなかったのも意識的にその解答を避けてのことだったのか、それとも単に僕に気をつかってのことなのかは分からない。


ただこちらから動きをみせてしまった以上、いずれはこうなる運命だったことにかわりはない。


「(それでも……だとしても、もっと他に方法があったのかもしれない。僕がキチンとこの二人に相談していれば別の解決策も見つかったのかも知れないのに……っ!)」


無限にある内の一つの解答の端を掴んだことで、それを引っ張り上げるのに夢中になっていた。


その先が結局の所、争いしか生まないという簡単なことに気付くこともなく。


これではただ単純に馬鹿が馬鹿をみて馬鹿なことをしたということに他ならない。


「木戸さん」


後悔という泥沼にはまっていく僕を引きずり出してくれたのは林檎であった。


彼女の腰には今までなかったウエストポーチがついており、その中身はあの大きなボストンバッグに入っていた甲賀の霊具だと直感的に悟る。


うじうじ後悔している間にも林檎はとっくのとうに出撃の準備を終えており、すぐにでも駆け出せる状態にあった。


「悩んでいても仕方がありません。それで事態が良くなるわけでもないし、だとすればあなたの気持ちが晴れるわけでもないでしょう?」


「林檎………」


「あなたには私が、私にはあなたがついています。お互い惨めに足掻いていればそのうち見えるものもあるでしょうから」


林檎はニコリと笑い諭すように優しく僕の背中を押した。


「さあ、行きましょう。あなたを喜ばせるのも悲しませるのもそれはあなたにしか出来ないことだから」


叱咤激励とまではいかないものの彼女なりの優しい気遣いと思いやりに伏せていた顔を静かにあげる。


自分が自分を決めるというのであれば、どうせなら最高に気分の良いものにしようではないか。


待っていても物語は進まない。


ならば一度その歩みを進めてみるところから始めてみよう。


僕は勢いよく自分の両足を平手で叩きつける。


己で己を鼓舞し、やるべきことを真っ直ぐに見据える。


「ありがとう林檎。なんか楽になった」


痛みが残る両足は次へと繋ぐ動力源となって僕の心を動かしていく。


「(やってやる!たとえそれが贖罪だとしても、自分が招いた危険くらい自分で払いのけてやる!)」


威勢の良い浅はかな考え方だと笑われようが、僕にとってはこれが正しい道だ。


いくつもの選択肢があって、そのどれにも絶望が当てはまるというのならば。


「その絶望を書き換えてやればこっちの勝ちだ!」



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