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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood7:走リユク鉄ノ檻 part13


「クスクス」


ここにきて誰かが命のかけあいが行われている現状全くもって相応しくない楽しげな笑い声をあげた。


それも一つや二つなどではない。


クスクスクスクスと集団から発せられる嫌味な笑い声の様にそれは拡散していく。


クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス。


声が声に反応し、またその声に反応し新たな声が生まれる。


無限増殖のような不気味な現象に言葉を発さず全ての力を頭の回転のみに移行してもなお、その所在は意図は何一つ確かなヴィジョンを想像させない。


「な、んだ……?」


激昂していた僕の頭を冷やしたその現象は、しかし直後に不気味な違和感となったそれは僕の意志を強気から弱気へと陰湿なまでに変えていく。


予想さえできない未知程恐ろしいものはこの世にない。


どこからどうみても謎一色に埋め尽くされた思考回路に場の理解がワンテンポ遅れをとる。


日常生活においてのそれは単に足をくじいたり転んで膝を擦りむくなど、ちょっとした不幸で済むだろう。


しかしながらこれは平気で人を巻き込み人の血を無表情でその体に浴びる、ある種この世を生きる上で最も冷静沈着な人間達が関与している事柄だ。


つまりなにを言いたいのかといえば。


そのちょっとした遅れが。


容易に首を跳ね上げることに直結する。


ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾッッッッッ!!!


紙の束を真上から地面に舞い散らせるような軽い音が一枚や二枚どころの話ではなく何重にもその音を重ね合わせたものとなって車内を覆いつくす。


その音は騒ぎによって手近な所に放り投げられていたサラリーマン風の男が持っていたアタッシュケースから発せられていたものだった。


そこに気がついた時には既に時遅しといった感じでガタガタと小刻みに震えていたケースが時間の経過と共にガタガタガタガタガタガタ!!とアタッシュケースを倒すほどの振動を起こす。


アタッシュケースの限界点を超えたのか内部で暴れ回る何かが強引に外気に表出する。


中に入っていたのはやはり数十枚の紙束だったようで、噴き上がる泉のように勢いよく車内に巻き上がる。


何も知らないこの状況を唯一視界にいれることで把握できるということに夢中になっていた僕はそれがなにを意味してのものか正確な判断が出来ずにいた。


そのせいで瞬間的に起こった追加のアクションに対処が追いつかない。


巻き上がった紙の中から、その合間をかいくぐるようにして飛び出した鋭利な何かが近くにいた僕の首もとめがけて放たれる。


ズオッ!とアッパーカットのように下から斜め上にに迫り上がってくるその攻撃に体もそうだが頭も柔軟に働いていない僕はそれを驚きながらも、ただ待つだけという堕落した行為に留まってしまう。


「(霊術による攻撃!?いや、そんなことより首をやられるのは…この状況だとまずい…っ!)」


何度も述べている通り木戸 春斗は不死身である。


例えそれが全世界の人間の力を集結させて放った攻撃であろうと、命と引き替えに放った禁術であろうと所詮この世界で実現できる程度の攻撃に僕の不死身性は打破できない。


僕の不死身性はいわゆるゾンビの時の名残が強化されたのに近い。


リリーさん曰く、そもそも僕がゾンビになったのは一度絶命した後、狂乱の悪魔により眷属として生き返らせてもらったことで発生したものである。


だがしかし僕の主となった狂乱の悪魔は戦いの中で絶命し、その力はたった一人の眷属である僕にへと受け継がれた。


しかしながら眷属が悪魔の力を譲渡されることは不可能であり、それが出来た理由というのも法則性をかき乱す狂乱の力あってのものだという。


結果ゾンビという眷属の証は不完全なものとして僕の所に残り、その不完全な不死身性を完全たらしめるものとして狂乱の力が張り巡り文字通り何をしても死なない不死身の体になったということである。


だがその完全というのにもいくつかの穴があるらしく、損傷した部分は勝手に修復されるわけではなく僕の体力を引き替えに行われるものらしい。


より正確に言うのならば不死身性を維持できているのは狂乱の力という悪魔の力あってのものであり、それなしでは僕という存在は成り立たない。


だが悪魔の力というものは人間の生み出した霊力ごときでは御しきることはできず、魔力という別の力をもって初めて御すことが出来るのだ。


どうにもその魔力というものは霊力と違って勝手に生成されるわけではないらしく、己の体力を変換して生み出しているとのことだ。


しかしながら当然体を修復する際に使われる体力の量も場所やその規模によって違う。


例えば指を紙で切ったのと刃物で完全に切断されたものとでは体力の減少がまるで違う。


特に人間が生存するために必要な部分。


もっといえば心臓や脳といった精密な場所は修復にかなりの時間を要する。


さらに一度切断された体はくっつくわけではなく時間と共に消滅し、代わりに新たな腕が生え替わるという“生と死のループ”とやらの魔術が発動しているらしい。


ようするになにを言いたいのかというと普通の回復であれば即座に終わるが脳やら目やら耳やら神経の多くを束ねる部分である首を切断されてしまうと、その回復に数時間の時間を要してしまうということである。


「__________春斗様っ!御免っ!」


天子の声が耳にはいるのと同時に僕の体は横に投げ飛ばされる。


混乱する頭で確認できたのは天子が僕の服を掴んで攻撃の当たらない方へと力任せに投げ飛ばしたという事と、それによって敵の攻撃が僕から天子にへと変更されたという事である。


天子は獣じみた瞬発力と巧みな洞察力で上体を大きく後ろにひくことで直撃を見事に回避する。


が、体制や距離感から完璧に回避できてはおらず鋭利な何かは天子の頬を軽く切り裂いた。


一瞬鋭い痛みに顔を歪める天子だったが、その体制のまま左手を前につきだし紅蓮の炎を銃弾のように圧縮したものを放っては器用に迎撃をこなす。


鋭利な何かはそれを華麗によけるが、それによりその姿が露わになる。


初めて目にした敵の姿は当然ながら人ではない。


その姿をひどく端的にまとめるとするならば半透明な球状の体に二本の禍々しい腕が生えた幽霊を彷彿とさせる姿だ。


恐らく敵の核と思われる半透明な玉を保護するかのようにぐるぐると食品用のラップフィルムにも似た妙に艶々とした素材に巻き付けられている。


一見すると空気が程良く入ったビニール袋といった印象を与えるそれは、しかし左右に生えた禍々しい腕によって一気に化け物へとその見解を変化させている。


肩や肘、手首といったものは存在せず段のない一辺倒な丸太の様に太い腕の先端には10cm程度の長さをした鋭利な爪が五つ丸い縁の周りに均等に配置されている。


ロボットにも幽霊にも見えるどっちつかずなそれは明らかに人の手が加わっているという証明だ。


「そこで倒れている分には良いが、あくまで先程の考えを貫くなら気を抜くなよ木戸 春斗。数は一つや二つではない」


横に投げ捨てられ席と席の間に無様に倒れ込む僕を多少気にかける素振りを見せながら椿は天子の横に並んで敵を正面から見据える。


その視線の先には同じ姿をした謎の襲撃者が他にも数十体、車内を浮遊している。


一体どこからわいて出てきたのかは分からないが、アタッシュケースの中に入っていた紙の束が関係しているのは間違いないだろうが、それがなにを意味しているのかは素人には区別もつかない。


「おい、酒呑童子」


「…………何だ花妖怪っ?」


「お前はあれをどう思う?」


「はっ……貴様ごときが我の意見を求めるかっ。………まあ良いっ」


天子は頬に伝う血を指で拭い、その口角を楽しげに上にあげる。


「このゲスが何か…などと細かい事は関係ないっ。ただ一つ確かなことはこのゲスは我が主に手をかけたっ。となれば壊す以外に道はあるかっ?」


「…………やはり鬼というのは物騒な輩よ」


極悪な笑みは式というよりは鬼としての性分を強く引き継いでいるようで、その目は爛々と怪しく光り輝いている。


椿はというと仮面のせいでその表情は分からないが、その声色はどこか楽しげなものに聞こえる。


これも妖怪としての好戦的な性格が関係しているのだろう。


「おい甲賀の魔払い師」


「は、はい!」


「こいつらは私達に任せておけ。お前はそこで呆けているバカ面を連れて残党でも狩っていろ。爆弾はこいつらを片付けた後で処理しておこう。ブレーキ部分の爆弾は人力では処理できんだろうからな」


そう言って椿は林檎から爆弾の位置を示した写真を取り上げる。



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