Blood7:走リユク鉄ノ檻 part12
「それでは、失礼します」
林檎はサラリーマン風の男に向かって会釈をし、それから自分の拳を強く握りしめたと思えばその場で腰を一段低く落とし容赦なくそれを男のどてっ腹めがけて放つ。
ズンッ!!という嫌に耳にこびりつく重低音が車内をかすかに巡る。
その拳は男のみぞおちに綺麗にはまりこみ、吐き捨てるように口内に残っていた空気を出してサラリーマン風の男はその場に倒れ込む。
最小限の動きと騒動で事を済ませた林檎は天子に頼んでそれを前後にある両扉から見えないよう意識した角度に無力化された男を移動してもらう。
見た目はかわいい女の子でも流石にそこはプロというわけか、素人の自分の目から見ても正確な拳をたたき込んだ林檎に少しばかりリスペクトの精神が揺らめく。
だがあまりに突然の暴力行為に僕は生まれたての子鹿のように、無駄に大きな体をガクガクビクビクさせながらやりきった感をだす少女に目をやる。
「あ…あのぅ~…林檎ちゃんさん?いくら腹が立ったからといっていきなり人を殴るっていうのは男女関係なしにイレギュラー過ぎやしないかな~って……」
「おごふっ!?ちがっ、違いますよ!これは情報を聞き出すのに仕方なくやった行為であって別に自分の怒りをむけたとかじゃ________っ!?」
林檎ら慌てて両手をパタパタと意外と大きな二つの母性の固まりの前で振り、否定しているのか肯定しているのかはっきりとしない物言いをする。
とはいえ結論だけを述べれば林檎が男をノックアウトしたことに変わりはない。
……のだが、同じノックアウトならばもっと女性であることを利用したお色気攻撃とやらをやってもらいたかったものである。
「それで、わざわざ相手を気絶させて発現不能にしてしまった後はどうするつもりだ甲賀の魔払い師」
「あ、はい!それなら簡単です。都合良くこちらには甲賀の霊具がたくさんありますから」
上に設置されている簡易な作りのロッカーを開け、林檎はそこから大きめのボストンバッグを取り出す。
チャックを開き手をつっこんで中身を弄ること数秒。
林檎は中からどこかの機械のパーツらしき小さなものを二、三個床に置く。
「…………なにこれ?はっ!まさか小型爆弾!?気絶している相手の体に強引にいれて、それをもって脅すつもりか……流石甲賀!汚いというか恐ろしい!!」
「私はそんなバーサーカーになった覚えはありません!」
林檎が顔を赤らめながら僕の意見を真っ向から否定する。
少し不機嫌そうな顔をしたまま林檎は床に置いた機械のパーツらしきものに手を触れる。
「私の能力は物体を小さくしたり元の大きさに戻したりすることが出来るんです。ですからこうやって触れると……」
会話のタイミングに合うように林檎は能力を行使して、百聞は一見にしかずの言葉通り僕に能力を披露する。
林檎が触れた機械のパーツらしきものは水を吸った乾燥わかめのようにムクムクと元の大きさに戻っていく。
ものの数秒で手に収まるサイズから両手で持つ必要がある程のサイズに膨れ上がったそれはゴーグルと、その下にインスタントカメラのフィルム送出部を取り付けた特撮なんかで使われていそうな小道具を彷彿とさせるデザインをしている。
質量や体積なんかも一緒になって戻ってしまうらしく、ゴトッという重そうな音が新幹線の振動によって床とこすれて発生する。
「便利な能力だな。それって車とかも小さくして持ち運べるとかって出来んのか?」
「いえ、流石に車とか質量が大きすぎるものはちょっと……。私自身も把握しきれている訳ではないんですけど、洗濯機や冷蔵庫位の大きさが限界ですね」
当然、人は小さくできないんですけどねと苦笑と共に答える。
肩身を狭そうにしているのは車を持ち運べないという事を羞恥に思ってのことだろうか。
何の能力ももっていない側からすれば、なんとも贅沢な悩みである。
「それで、そのくず鉄で何をするというのだ?」
「おい、言葉をつつしめ」
「すまない、お前が視界に入っているのでな。思わずいりもしないくずという言葉を付け加えてしまった」
またもや小競り合いが火蓋を切りそうになったが、状況が状況なだけにお互いに深追いはせずに早々に踏ん切りをつけて霊具の解説に流れをもっていく。
「これは写映機と言って装着した相手の記憶を遡って、ここ最近記憶した映像を写真にして取り込める霊具です。難点が装着してから一時間前までの記憶しか取り込めないってところなんですけど、今回はそんなに時間も経っていないので大丈夫でしょう」
暫くお待ちください、と林檎はそそくさと霊具発動の準備を始める。
といっても準備自体は簡単なようで写映機をゴーグルをつける要領で気絶しているサラリーマン風の男に装着し額部分にある小さなくぼみに人差し指を触れさせる。
スイッチというよりは霊力を注入して起動するタイプのようで、細かな機械音にあわせて写映機は処理を行っていく。
変に手を加えて余計に時間を費やすのはごめんこうむるので黙って待っているとやがてカタカタカタ…………と、ミシンにも似た音を鳴らしながら写映機から写真が一枚、二枚と次々と出てきた。
最初それらは暗くてなにも見えなかったが、時間の経過と共に段々とその内容が現れていく。
林檎は写映機から出た数枚の写真を手にとり、その内容を観察し把握していく。
「………………やっぱり私の上司が捕まえた犯人と繋がりがありました。この車内に潜伏している犯人の数はこの男の人を含めて五人。この様子だとそれぞれ乗客・駅員に変装しているのかも」
「というと後は四人か。どんな変装とかどこにいるかとかは分かるか?」
「いえ残念ながらそこまでは。でも安心してください、そこについてもなんとかなります」
と、またもや困ったときの甲賀の霊具。
ここまで来ると本当に困ってることや願望をなんでも叶えてくれるんじゃないかという気分にさせる。
林檎は再び床に置いていた小さな霊具に能力を行使する。
今度は残り二つを同時に元の大きさに戻した林檎はその二つを併用して使う。
一つは少し厚いレンズの紫色の縁をした眼鏡で、その両端には米粒大の小さなセンサーが搭載されている。
そしてもう一つは糸巻き機にクリップを足したような小学生が作りそうな図工の作品のような見栄えの、よくわからない作りをしている。
「天子さん。すみませんが、そのナイフの刃貸してもらえませんか?」
林檎は今さっき元の大きさに戻した眼鏡をかけ、先程天子が噛み砕いたナイフの刃先を拝借する。
なにをするのだろうかと興味津々な僕は思わず事態の深刻さを忘れて、のぞき込むように林檎の動作を一つ一つ観察していく。
「日本のことわざには袖振り合うも多生の縁というのがあります。ご存じかも知れませんが、これは人との縁はすべて単なる偶然ではなく、深い因縁によって起こるものという意味で通っています。これを術式の構築に当てはめると、その人が関わってきた人をピックアップすることが出来るんです」
林檎は解説するなり天子からもらったナイフの刃でサラリーマン風の男が着ていたスーツの袖部分を器用に切り取っていく。
男の体を傷つけることなく無事に切り取ることに成功した袖の切れ端を林檎はクリップがついている不格好な霊具に、それを挟める。
すると、おもむろに袖の切れ端が生物的な動きをなして自らクリップの先にある糸巻き機に巻かれていく。
袖の切れ端か半分ほど糸巻き機に糸として巻かれると、勝手に動いていたそれはある程度の基準に達したのかその動きを止める。
しかし、よく見てみると糸巻き機に巻き付けられた糸の先端が微かに左右に揺れているのが分かる。
水族館なんかにたまに展示されているチンアナゴを彷彿とさせる弱々しい動きのそれに目を奪われるが林檎は最早見慣れた様子でそれを手に準備万端とでも言うように親指をあげて、
「これでばっちりです!いつでも木戸さんのお役に立てますよ!」
「お役に立つのはいいけどその前に僕らへの説明の過程を省かないで!?」
いくら林檎が準備万端と言ってもそれがどのような働きをしてなにをもたらすのか分からない以上、よしじゃあそれでいこう!という浅はかな行為は失敗のもとである。
「す、すみません!あまり甲賀の人以外とお仕事をするということに慣れていなくて……」
「そこまで気にしなくても良いんだけど……で、結局それはどういう働きをするわけ?」
「えっとですね、こっちの糸巻き機がついている霊具は袖探りというさっき言ったことわざに当てはめたものでクリップに挟めた袖の持ち主と関わりがある人物をダウンジングの要領で見つけるいわゆる探索機ですね。そして今私がつけている眼鏡がその糸が指し示す繋がりを具現化して分かるようにしてくれるんです」
教科書よろしくな林檎先生の分かりやすい解説に素人の僕でもその仕組みはなんとなく理解することは出来た。
僕は理解した事を頷くことで林檎に知らせる。
「それでは後は爆弾の設置場所だが……これについてはどうするつもりだ?」
「それでしたらさっき写映機で爆弾の設置場所をマークした車内マップを手に入れたので大丈夫です。といっても場所が場所なだけに取り外しが困難ですけど………」
林檎は手に持っていた数枚の写真の内、一枚を僕らに見せる。
そこに映し出されていたのは恐らく輪島500系の車内マップと思われるもので色々な場所に赤いペンで×印がつけられている。
それは新幹線の運転席を除いた全ての車両にあり、その中でも特に気になったのは制御装置とその近辺の車両のブレーキ部分につけられた赤色ではなく青色のマークだ。
これは果たして何を表すのだろうか。
「こっちがメインということか」
椿が色の違いが何を示唆しているのか気付いたようで、それを僕らに口早に伝える。
「赤色の印がついたものは場所やその数からしてデコイかもしくは威嚇射撃のようなものと捉えていいだろう。もしこれら全てが行為力の爆弾だとしたら爆発させた瞬間この新幹線が乗車している犯人もろとも吹き飛ぶことになるのだからな」
「…………ということは本命はこの青色の印がついた所ということになりますね。確かにこの場所だったら爆弾の威力にもよりますが爆破させても二つ程離れた車両にいれば巻き込まれないでしょうし、なによりそちらに意識をむけることによって逃走ルートも確立できます」
椿と林檎は犯人の逃走ルートやらその思考などを探っているようだが、経験の少ない僕にはそこに行き着くよりも先にもっと気をつけるところがあるだろうと悶々とする。
しかしここで下手に口をだせば事態を更にややこしくさせるだけでは、という危惧から口を噤んでいた僕だったがそれでも気付けばそんな考えに逆らうように声を発していた。
「犯人を捕まえるとか逃走ルートの先読みとか、そんなことの前に乗客の心配が先だろ!?犯人が記録の巫女関連ってことなら、この新幹線を巻き込んだのは間違いなく僕らのせいだ!確かにこんなことをする奴らを放ってはおけない。だけど何を一番に目的として据えるのかは一目瞭然なはずだ!」
身の程知らずと罵られようが、それでもこのような事件になってしまったことに対する贖罪は受けなければならない。
ただし、それは犯人を捕まえてこらしめるなどというものではない。
一度危険に巻き込んでしまった人達をもう一度安全へと戻すことこそ真の贖罪と呼べるのではないだろうか。




