7再び
「冷えてきたな」
「プランは以上ですか?」「はい。以上です」
「う〜ん」
翔子は少し考えて、可愛らしく両手を合わせた。
「じゃあさ、ちょっと早いけど、最近市街に出来たお店で晩御飯食べて行かない?新聞に広告入ってたの」
「ああ、UUMAだっけ? いったことないや」
「私もっ」
UUMAはG町市街の橋に近く、流行っていないビリヤード店の一階にあった。
五時から開店らしい。いまは開店三十分後。少し明るさを抑えたの照明で雰囲気がとてもいい。
「こんなとこ、二人で来ちゃたら、本気でデートみたいだな」
「デートでしょ。今日は」
尚広は朝のセリフを思い出した。
『プラン作ったなら、せっかくだから私とデートしない?』
「そだな。一応デート、だったな」
意外に、意外に。翔子には本気のデートだったのか?
『あのときの尚くんかっこよかったなぁ』
ひょっとしたら、翔子は俺のこと……。
「尚くんどうした?」
翔子がぼんやりしていた尚広の顔を覗き込んだ。
「な、何でもな……」
「アイツのこと、自分から誘っておいて何言ってんだよ!」
店に入った途端、怒号が聞こえた。男女のようだ。
尚広はとっさに翔子を守るように、片手で制した。
「たっくんには関係ないでしょ!」
「関係あるから怒っているんだろうが」
「彼氏だからって調子に乗らないでよ!」
「はァ?彼氏じゃなけりゃ怒らない。何言ってんだ」カタン
「え?ちょっ、待ってよ」
二人は、出入口の尚広たちの方へ向かってくるようだ。レジが出入口付近なので会計をするのだろう。
尚広は少し身構えた。
「あっお前っ」
女は朝に尚広を騙したゆるふわスカートの角田華恋、男は今朝尚広を叩いた金髪ピアスの「たっくん」だった。
こんな偶然があるものか? と尚広は一瞬考えたが、なにぶん田舎で小さなG町だ。若者の行くところが被るのもよくある話だった。
「尚広、誰よ、その女!」
華恋が噛みつくような勢いで尋ねた。
「お前がいうな」
金髪がつっこむ。
空気を察した翔子がずいっ、と尚広の腕をつかむ。
「な、尚広の幼なじみですけど」
「けっ、お前も二股かよ。ねェちゃん、その男は気をつけな」
「あのっ、私、今朝の目撃しちゃって、弱ってたんで、慰めてあげてて。だから、大丈夫なんです」
「へぇ、訳知りか。なら詮索しねェよ。今朝は叩いちまって悪かったな」
金髪は華恋と尚広の事情を知ったようだった。攻撃されないと知り、尚広はホッとした。
「お会計千五百円です」
店員は支払いを促し、ここで言い争われても迷惑だ、と無言で訴えた。
店内からは野次馬の目線が集中していた。
「場所を変えて話そう」
金髪は三人に提案して、店に金を払った。
四人は駐車場に移動した。金髪が話を切り出す。
「華恋が断っているのに誘うヤツがいる、と相談してきてな。彼氏だからオレは当然怒った。だが、誘ったのは華恋からだった。尚広君、間違いないか」
「そうです。俺は彼氏がいることを知らなかった」
「聞かなかったじゃない!」
「ああ。でも世の中男女二人きりで出かけるのはデートか、親しい仲か、仕事だな」
華恋は真っ赤になった。
「親しいじゃない!」
「親しい仲なら、なんで彼氏の存在を言わない。オレにも話題にしねぇんだ。なんで殴らせた!」
「軽トラなんかで来るからっ」
「軽トラは関係ないでしょ」
翔子が眉にシワを寄せた。
「あるわよ!あんなダサいの」
「つまりダサくなかったら?」
華恋はうつ向いた。金髪は呆れた顔をした。
「良い車なら乗り換えたんだろうな。オレから尚広君に。大学のレベルが上みたいだし」
華恋は何も言わなかった。
図星なのだろう。
金髪はじぃっと華恋を見つめ、ふぅ、と息を吐いた。
「別れよう、華恋。オレは誠意の無い女は嫌いだ。せめて次の男に行く前に、お前から別れていれば、印象は違っただろうにな」
「たっくん……」
「いいな?」
金髪は有無を言わせない顔つきをしていた。
「……わかった」
「お二人さん、迷惑かけたな。華恋、お前ン家はここから近いし、歩いて帰れるな?」
「はい。ごめんなさい」
華恋はしおらしく金髪に頭を下げた。
「じゃあな」
金髪は黒い車に乗り込むと夕方の町へと消えていった。
「尚広、あの……」
華恋がなにか言おうとしたとき、翔子が尚広の腕に両腕を絡ませた。
「な、な、なんであんた尚広にくっついてるのよ!」
「いけない?」
「いけないわよ!」
華恋は尚広に詰め寄った。
「私、今フリーになったんだから! 堂々と付き合えるのよ?」
――コイツ一体何を言っているんだ?
尚広は混乱した。
「え?」
「軽トラを散々馬鹿にしてその言葉を言うの?」
固まる尚広を翔子が援護した。
「今日、軽トラになった理由だって知ってるの?」
「カンケーないでしょ」
「尚くんデートプランも考えてたのに!」
「アンタにはカンケーないでしょ!」
尚広は華恋への気持ちが氷点下になるのを感じた。
今まで金髪がいたから客観的に見られていただけの様だ。
「関係あるの!尚くんは私の大切な人だもん」
「私だって!」
尚広は翔子の言葉に赤くなりながら、華恋の発言に肌が粟立つ。
これは一言言わずにはいられない。
「華恋ちゃん、いや角田さん、俺はあそこまで俺をコケにした人と付き合うつもりはないよ」
「なっ」
華恋は顔を赤くして口をパクパクしている。まさに想定外、といった感じである。
「それに君は一度も俺に謝っていない。しかも彼氏がダメならすぐに別の男。別れのケジメもつけられず二股未遂なんて、俺は君を女として見れない」
「なんですって!アンタのせいで別れたんだから責任取りなさいよ」
「さっきのは君の自爆」
「はあ?」
「どこまで馬鹿にしているんだか。よくそれだけイライラする相手と付き合おうと思うね。角田さん、『彼氏がいる自分』が好きなだけでしょ」
華恋は尚広に図星を突かれたのか、赤くなり、青くなり、また赤くなって肩を震わせた。
「もういいっ!」
そう言って華恋は住宅街の方へ歩いていった。