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6ダム

 Dダムの駐車場に着くと、二人は車を降り、尚広が自転車を下ろした。

 背の高い木々が遠くに見える。ダムの周辺まで綺麗に赤みがかった石で舗装されているようだ。

 翔子は車内との気温差に背中がゾクリとした。

 尚広は自転車を勢いよくこぎながら跨がり、翔子は乗ってからこぎ出した。

「ダムとかによく幽霊が出るって話って、きっと水しぶきとかでヒャッとした人の勘違いだろうなぁ」

 尚広は軽く翔子に声をかけた。

 柔らかく温かい彼の声に、翔子は肩の強張りが少しとれたような気がして、そういえば、と思い出す。

「小学校の頃、学校で肝試しやったよね」

「……そうだっけ?」

「夏に夜の学校の中で」

「あぁ、親子キャンプが雨でテント張るの中止になったとき、だったか?」

 尚広は首をやや右に傾げた。翔子は首を軽く振り肯定した。

「そうそう」



 小学三年の頃。

 翔子は昔から怖がりで、尚広がいつも励ましてくれていた。

 あの夜もそうだった。

 腰が引け、痛いほどギュッと握った手。

 大人たちは誰もついてこない。

 暗い校内に非常口の表示と非常ベルの赤い光がぼんやりと周囲を照らす。

 他の光は自分たちが手に持っている懐中電灯のみ。

 前のペアが行ったら五分たってから出発するルールだ。

「尚くん、私……こわい」

 ザァザァと雨が降り、湿度が高く、むわっとする。

「大丈夫だよ。翔子ちゃん」

「でもくらいし」


「赤い光はランプだし、普段みんながいるから、いないのがさびしくみえるんだよ。光が少ないから影が長いの。だから何かいる気がするだけ」

「そうかな。大丈夫かな」

「うん。あとね、お父さんたちがおどかす相談してたから、なんかあっても助けてくれるよ」

「そっか。ホッとした〜」

「おれも守る」

 尚広は真剣な眼差しで、ニッと笑った。翔子は赤くなって

「ありがとう」

と、言った。

 そのあとゴールまで尚広はしっかり守ってくれた。脅かすのも物音も父親たちだと知ったら、全然怖くなかった。

――びっくりして抱きついたりはしちゃったけど。



 翔子は思い出に赤面し、初恋は尚広なのだとあらためて誇らしく思った。

「あのときの尚くんかっこよかったなぁ」

「今は?」

「そういう気遣い出来るところ、全然変わってなくて好きだよ」

「ありがと」

――好きって。

 尚広は思わず赤くなった。

『気遣い出来るところ』がだよな。別に俺の事がじゃないんだよな。

 尚広は考えるほど、誤魔化すほど翔子のことが気になって来た。


 あの頃、尚広は翔子のことが好きだった。

 いや、もっともっと前からそうだったらしい。

 尚広自身記憶が無かったけれど、保育所の頃しょっちゅう「翔子ちゃんが好き」と母の前で言っていた。

 いまだに母が買い物などで翔子に会うと、

「尚広の初恋は翔子ちゃんだったもんね。可愛くなってたわよ。母さんも翔子ちゃんが彼女なら大歓迎なのに」

 なんてちゃかして来る。 尚広はそれが嫌で、中学生の頃くらいから翔子の事をよく避けていた。

 翔子の胸が大きくなってきてからは、他の男子にスケベだとからかわれたのもある。

――それに

 まじまじと見てしまうと、大きな瞳に吸い込まれてしまいそうで。


「……どうしたの?」

「! ゴメン、なんでもない」

 尚広が考え込んでいるうちに、二人はダムの真ん前に着いた。

 まだ肌寒い、けれどダムは容赦なく雪解けでたくさんの水を放出していた。 その姿はなんとも雄々しく、そして、周りの木々は蕾を少しふくらませ、春の予感がする。

「いい雰囲気だな」

「うん」

「落ち着く」

「そうだね。元気、出た?」

「うん。マイナスイオンかな」

 たぶん違う。けれど恥ずかしくて尚広は適当に答えた。うっかりすると翔子の瞳か胸に目がいきそうで、落ち着かなくなりそうで、ダムに必死で目をやる。

「かもね。尚くんのマイナスの気分も吸ってくれればいいんだけど」

「出てた? そんな雰囲気」

 尚広は今日の行動を思い返した。出来るだけ明るく振る舞った気がするけれど。

「なんとなく。無理、してるかなぁって」

 翔子は自転車を降りて景色を眺めていた。

「そうかもな……」

 翔子の後ろ姿を見て、尚広は肩の力を抜いた。翔子は肩を張る相手としてふさわしくない。

 一緒にいて楽になる声だな、と思う。

「翔子ちゃんありがとう」

 自然に昔の呼び名が出た。


 そして、二人はしばらくの間、立ち止まって水の流れる音に聞き入っていたのだった。


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