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北の王子

 庭園で城より高い水しぶきが上がった。思わず振り返る。しばらくすると、スラリとした若者が広間に入ってきた。

「王様、ユリウスに勝った、勝った!勝ちましたよ!」

リョウである。誇らしげに右の拳を上げてホスタが座している玉座の前に立った。あの忌まわしい事件から数年経ち、今では背丈は王より高く、ホスタが立っていても自然見下ろされてしまう。発言といい行動といい、王の前でまったく物怖じをしない。そんなリョウを咎めもせずホスタは笑っている。

「当然だよ。私が教えた水術は世界一だ。しかも選ばれた者にしか使いこなせない。北領で火と水の両方を操れるのは、私の他にはお前とミヅキ、そしてユリウスだけだ。」

 リョウはおどけるように肩をすくめて言った。

「しかし、王様の指導はあまりにも厳しくて子供の頃は隠れて泣いていたものです。」

「実はそれをラネールにもよく注意されていたよ。あまりにも厳しすぎると。しかし、悲しい時、辛い時には何かに一生懸命になることも必要だと私は思っていたものでな。すまなかった。」

そう話しながら、自分のためにも良かった、と、ホスタは考えていた。

 ありがとうございます、と頭を下げてからリョウが尋ねる。

「今の私は結界を超えられるでしょうか?」

「超えられるとも。もう大人なのだから望みであれば父の所に帰るがいい。」

 少し黙った後、リョウがためらいがちに口を開いた。

「帰らなくても良いでしょうか。」

 意外な申し出にちょっと驚いたが穏やかに頷いてみせる。

「お前は自由だよ。好きにしていい。が、いずれ、キリエには会った方がいいぞ。」

「勿論です。が、私は王様からまだ学びたいことがたくさんあるのです。これからは術のお相手だけでなく仕事のお手伝いもさせてください。」

「手伝いなど必要ない。」

と左手を左右にひらひらと振るホスタに向かってリョウが続けた。

「私が南領の王子ということで疑っているのであれば簡単な雑用でも構いません。今まで育ててくれた恩返しといいますか、何かお役にたちたいのです。」

「それならばユリウスに付くといい。あれは忙しすぎるからちょうどいいだろう。私から彼に頼んでおこう。」

「ありがとうございます!」


 リョウは、ホスタをキリエ以上に自分の父親と思い慕っている。ホスタは、リョウが宿敵であるキリエの息子であるにも関わらず、自分の息子のように育ててくれたのだ。母親を殺されたではないか、と煽る者もいた。人質ではないかと陰口を言う者もいた。しかし、子供の自分が結界を超えて一人で帰ることは不可能だったし、あの時の北領の状況を考えれば現実、人質が必要だったと理解している。

リョウを取り巻く過酷な状況の中で、ホスタの接し方は温かく、ラネールとミヅキも本当の家族のように接してくれたので、居心地の悪さを感じることは微塵もなかった。北領での暮らしの方が長くなった今ではホスタを始めとする城の住人たちに感謝さえしている。が、永遠に母を失った寂しさと孤独感に、時に押し潰されそうになることは否めない。

 あの日、子供部屋でミヅキと遊んでいると、ラネールが入ってきた。幾分青ざめた顔に表情はなく、真っ直ぐに歩いてくるとリョウを黙って抱きしめ、戸惑うリョウが言葉を口にする前に、私たちを信じてほしい、と最初に言った。

 それを聞いてすぐに、病気がちな母に何かあったのだな、とリョウは悟ったが、まさか城中で斬殺されていたとは想像もしなかった。

実は、斬殺を知ったのは最近のことだ。当時はラネールから母パメラの死が淡々と語られ、どこでどのように死んだのかは教えてもらえなかった。幼いリョウがパメラと対面したのは城の地下にある暗い一室で、既にパメラは棺に納められており、体は清められ衣類は着替えられていたので、斬られた傷は見えなかった。

母の死について誰かを責めたり憎んだり、ということができるほどリョウは大人ではなかったので何日も泣き続けたものだ。母が恋しくて悲しくて涙が止まらず、そんなリョウをラネールがひたすら抱きしめて背中を撫でながら慰めてくれた。幼いミヅキもリョウの背中や腕をトントンと軽くたたきながら長いこと傍に付いてくれていた。ラネールとミヅキがいつでも近くにいてくれることは子供だったリョウに安心を与え、やがて二人は彼にとって安らぎになり支えになった。

 リョウは火領でキリエの息子として火術を主に身に着けていたが、ホスタはそれを大いに認めながら、

「パメラが水霊だったのだから水術も使えるはずだ。」

と、自らリョウの手をとって水術を指導した。時にそれは厳しく、(やはり、キリエの血を引く自分を憎んでいるのではないか。)という恐怖や疑念がよぎることもあったが、その厳しさのおかげで、成長するに従って水術に長けるようになっていった。

水で人形を作って操れるようになった時に、ホスタがまるで子供のように手を叩いて喜んでくれたことがリョウの誇りだ。

「お前は将来、北領の王になれるな。」

とホスタはリョウの肩を抱いて、そのまま城まで一緒に歩いて帰った。

(王になれなくてもいい。自分が本当にホスタの息子だったらどんなに幸せだろう。)

と、この時ほど思ったことはない。

 明日からユリウスと一緒に王様のために働けると思うと、希望で胸が膨らむような輝かしい気持ちになるのだった。


 ユリウスは、リョウに城の仕事を教えるということが自分の領分を減らしてしまうように感じて快くは思えなかった。が、何分、リョウは純粋で自分にも懐いていたし、リョウの品格や才覚を羨む気持ちはあっても、憎む理由はキリエの息子だということ以外に何もない。それにリョウは子供の頃から言動が的確で仕事という意味ではなかなか優秀そうだ。少々不愉快な気持ちと期待の混ざり合った複雑な気持ちでホスタの依頼を聞き入れて、リョウに仕事を教えることにした。

 仕事といえば、長年懸念していることが最近大きな問題になりつつある。それをホスタに伝えた。

「ところでホスタ様。国境あたりで行方不明になる水霊が増えているという噂をご存知ですか?」

「噂では聞いている。結界ができてからの話しなので最初は自ら結界を超えて行く水霊がいるのだろう、と考えていた。」

「私もそう思っておりましたが、最近、その数が増えているという話しでして。」

「直接、偵察してきてくれないか。行方不明にも色々ある。自ら望んでいなくなるのか、あるいは事故なのか。どのように消えるのか、ということも問題だ。突然、空気のように見えなくなるのか。地中に吸い込まれるのか。」

「あるいは人間に連れ去られるのか。」

 ユリウスの言葉にホスタはにやりと笑って頷いた。

「そういうことだよ。その目で確認して報告せよ。」


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