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パメラ

ミュウの死後、パメラは部屋に引き籠って外に出なくなった。生き甲斐であった長男が死んだのは自分のせいだと思い詰めている。あの時、ミュウを北領へ遣ると聞いた時、断固として反対するべきだったのだ。

医師によると、パメラは重度の鬱で、いつ自害をするか予断を許さない状態だと言う。次々と様々な薬が部屋に持ち込まれたが、その何れにも手は付けられていなかった。

 そのような日々が半月ほど繰り返された後、キリエがいつものようにパメラの様子をうかがうために女王の部屋を訪れると、そこにパメラの姿は無く、一通の手紙が残されていた。不吉な予感を抱きながら手紙を開く。

ミュウを迎えに北領へ行きます

たったの一行のメモ。しかし、キリエは、その文字に女王の悲痛な心中と覚悟を察した。

 パメラは死のうとしている!

「デモフォルト!パメラがいなくなった!」

駆け付けたデモフォルトは既に息を切らしている。

「陛下、先ほどからリョウ様も見当たりません。」

リョウもいない…?パメラはリョウも連れて行ったのか?

「デモフォルト、お前は城の周辺から街までを探せ。私は街の北側から国境近辺を探す。」

「陛下。申し上げにくいのですが、万が一の場合には…。」

言い淀むデモフォルトに、キリエは顎をしゃくりあげて先を言うように促した。

「パメラ様を処分しても構いませんか?」

「理由は?」

「パメラ様は心身を患っておられます。城を去るほどに極限状態にあるパメラ様を連れ戻そうとして私が刺激してしまった場合、パメラ様が興奮状態に陥ってリョウ様の命が危なくなる可能性がございます。」

キリエは腕を組んで考えていたが、

「リョウの命を優先するように。」

と命じると踵を返して部屋を去った。既にデモフォルトの姿はそこになかった。

キリエは自ら馬を引いて南領を駆けまわり、パメラの姿を探した。アパートの立ち並ぶ住宅街、人で溢れかえる市場、リョウが通っている学校を通り抜けてミュウが眠っている墓場、さらに国境まで続く茫々とした砂漠。駆けているうちにキリエも馬も砂埃で真っ白になってしまった。結界が張られたという前代未聞の時だけに、青い顔で馬を疾駆させる異常な王の姿に民たちの視線が集まったが気にならなかった。

結局、何れにも妻の姿を見つけられず、遂に国境であるラニアクス山の頂上、水の結界に至った時、

キリエはそこに見覚えのある指輪を見つけた。婚礼の際にキリエがパメラに贈った火のリングである。パメラは火術と同時に水術の嗜みがあるため結界を超えられる。そして、超えたのだろう。指輪をしたままでも結界を超えられたであろうに、わざわざ、ここで指輪を外していったのか。北領に入ることを示しておきたかったのだろうか。

立ちはだかる水の壁の前で、成す術もなく立ち尽くすしかない。

「既に国境を超えていましたか。」

デモフォルトがふわりと隣に降り立った。キリエは拳を堅く握っている。水の結界の、滝のような轟音で、足元の地面が低く震動しているのを感じながら、キリエはいつか自分がこの結界を破り北領に侵攻することを誓った。


 パメラは、結界を超えて山を越えて、今、北領の中心地にいた。道連れにと連れてきたリョウが無邪気に笑っている。

「母様、またミヅキに会えるの?」

「そうね。もうすぐ会えるわね。お兄様にも会えるかもしれないわ。」

「お兄様、伯父さまに会いに行ってから全然帰ってこないよね。そうか!だから僕たちで迎えに行くんだね。」

「そうよ。リョウは賢い子ね。」

無邪気なリョウの言葉が辛い。ここに来る途中、結界の手前でたくさんの水霊の亡骸を見た。そのほとんどが既に白骨化していたが、この辺りでミュウは討たれたのだろうか、と、考えずにはいられなかった。

今日までに涙も枯れ果ててしまった。しかし、まだ、死に切れずにいる。幼いリョウまで連れ出して、一体、何をしているのか。自分、自分とは何者か。自分は何のために生きているのか。何を考えているのか。それがわからない。心身の殆どが狂気に侵されている。が、脳のある一部だけが正気を保って、自分を死から遠ざけている。まだ死ねない。このままでは死にきれない。一体、何がそう思わせるのだろう。

 自分の生きる目的、ホスタに会う目的を考え、今からでも夫の元に引き返そうかと迷いながら進んでいたために、結局、術は一切使わずに自分の足で歩ききり、北の果てにある城に着くまで三日三晩かかってしまった。

南領の女王だ、と名乗ると、すぐに広間に通された。目の前にホスタが座っている。そこで腑に落ちた。今日、この瞬間まで死ねなかった理由を今こそはっきりと理解したのである。

「兄上、このたびは、大変なことでございました。旅の途中、多くの水霊の亡骸を目にいたしました。」

 ホスタは沈黙のまま、パメラの顔を見据えている。幼いリョウは、別の部屋でホスタの娘、ミヅキと遊んでいる。広間には、ホスタとパメラとユリウスの三人きりだ。

「用件は。」

 玉座の右に立つユリウスが堅い表情のまま尋ねた。用件は何だっただろう、とパメラは首を右に傾ける。ミュウの死の真相をきくことと、もう一つ…。

パメラは口を開いた。

「兄上、何故、ミュウは死なねばならなかったのでしょうか。ただ、兄上のお力を借りるための遣いとして、こちらに参っただけでございますのに、何故、ミュウは討たれたのでしょうか?国境付近で一体何があったというのですか。」

 ユリウスが今にも掴みかかりそうな勢いで叫んだ。

「そちらが我々を欺こうとしたのではないか!我々の善意を利用したのだ!」

「まあ、黙れ、ユリウス。」

 ホスタがゆっくりとパメラの手を取って説明する。国境付近でミュウが多くの火霊を従えて水霊を殲滅したこと、ユリウスの命を守るためにはミュウを討つしかなかったこと。その悲劇は、まるで物語の中の出来事のように、穏やかにゆっくりと語られた。

「ミュウが火霊の大軍を率いて水霊軍を全滅させたと?」

 我が息子ながら、何という勇ましさ、雄々しさ、頼もしさであろう。笑い出したくなるのを抑えて、パメラは尋ねた。

「それで、ミュウの命を奪ったのは何者なのですか?」

 ユリウスがパメラの前に出て行こうとするのをホスタが手で制した。

「それは私だ。すべて私が私の意志で行ったことなのだ。許してくれ。」

 次の瞬間、ホスタの胸元を一筋の光が斜めに走った。血の飛沫が上がる。

「陛下!」

 さらに斬りつけようと、短刀を握りしめた右手を高く掲げているパメラの背中をユリウスが斬り付けた。

「ユリウス、パメラを斬ったのか!」

 叫んだホスタの右腕からおびただしい量の血がマグマのように噴き出している。咄嗟に胸部を腕で庇ったのだろう。

「私は大丈夫だ。早く医者を呼べ。パメラの方が危ない。」

剣を鞘に納めながらユリウスが告げた。

「手遅れです。陛下。」

既にパメラは絶命していた。


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