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不安

 リョウとミヅキが湖のほとりで何やら捕まえて笑い声を上げた。その様子を見ながらパメラが微笑む。キリエが南領に城を築いて間もなくパメラはキリエに嫁いだ。陶器のような白い肌に橙色の髪がよく映えている。見た目は生粋の火霊のようだが実は水霊の血も引いており、キリエはその水霊の部分が気に入ったらしい。近所の子供たちを集めては、パメラに水術を指導させていた。

 今日はリョウの五回目の誕生日なのでラネールが娘のミヅキを伴って南領の城を訪ねてくれたのだった。パメラが遠いところを見るような表情で言った。

「子供はいいですね。何も意識せずに、ああやって仲良く過ごして、誰もが自分のことを愛していると疑わない。」

「特に、あの二人はそうかもしれませんね。リョウはキリエの第二王子。ミヅキはホスタの一人娘。実際、民の誰もが彼らのことを愛しています。リョウとミヅキは互いに、相手が自分にとって特別な存在で、相手にとって同じであることも認めているようです。」

無意識に、と、ラネールは付け加えた。

 「あなたとお義兄さんも、互いに認め合っていらっしゃるのですか?」

「勿論です。それはあなた方も同じことでしょう。」

 何の疑念も持たずに微笑む愛すべき義姉、愛すべき友人から目を反らして、はい、と、小さくパメラは呟いた。ラネールは何もわかっていないのだ。何一つ。

 キリエは、優秀な兄に対して劣等感を持っている。子供の頃から後継者として育てられ、自ら火と水の両方の術を学んで修めた兄、ホスタ。活発で思い切りはいいが、学ぶことが嫌いで、得意な火の術にだけ長けているキリエ。キリエは天才と評されることが多かったが、王の御前会議の場では、キリエの荒唐無稽とも言える案は軽率とされ、静かに常識的な言葉を並べるホスタの意見がいつでも採用された。劣等感を持たない者に、劣等感を持つ者の気持ち、劣等感を持つ理由は理解出来ない。ホスタは伸び伸びと後継者になるべく育ち、キリエはいつも認められない悔しさを一人抱えて卑屈になっていた。南領の王の地位を兄から直々に賜ってからは、そういった気持ちの暗い部分は影を潜め、代わりに、北領に負けるわけにはいかない、という強い意志が前面に出ている。

 ホスタが幼馴染のラネールを娶ると、キリエは張り合うように、ラネールの親友のパメラに求婚した。そう、「張り合うように」だ。パメラもそれを受けた。キリエのホスタに対する尊敬と羨望、嫉妬と卑下を、パメラは十分に理解していたが、一番の気がかりは、キリエがラネールのことばかり訊ねることだった。

 ラネールの好きなものは何か、趣味は何か、自分のことを何か言ってはいないか、兄とはうまくいっているのか。

 実はキリエはラネールのことばかりを話題にしていたわけではない。むしろ、妻の目から見た北領の様子を気に掛け、頻繁に訊いていた。自分や家臣たちの見た北領と妻から聞いた情報を元に庶民から見た北領のイメージを膨らまし、長所だけを取り上げては、(南領も北領のようにしなければ。)と自分自身に心理的な圧力をかけ、実際、様々な施策をデモフォルトと共に検討していた。が、兄の政治を意識していることを妻に気取られるのを嫌って、昔馴染みのラネールのことも訊ねていたにすぎない。が、昔キリエがラネールに好意を寄せていたことを知っているパメラにしてみれば、(ラネールのことばかり訊ねる。)と感じたことも無理はない。

ホスタや北領のことばかり気に掛けて話題にするキリエと長く一緒に過ごしたせいか、キリエの心に占めるホスタへの複雑な思いと同様の思いを、パメラはラネールに抱くようになっていた。

「まるで昔のホスタと私のようです。」

ラネールの言葉にパメラが我に返ると、リュウとミヅキがこちらに向かって走ってくるところだった。

「お母様、ミヅキの服が濡れちゃったんだ。」

「違うよ。リュウがわざと意地悪をして水をかけたんだよ。」

 レースのドレスの裾を両手で搾るミヅキを、こっちへいらっしゃい、とパメラが招き、ドレスに右手をかざす。正に水が引くように、ドレスは端から乾いていった。

「おばさま、すごいのね。さっきリョウも同じことを試してくれたんだけど、うまくいかなかったの。」

とミヅキが笑う。

「母さまは大人だし、何といっても火術では父さまとデモフォルトの次にすごいんだから僕がかなわないのは当たり前だよ。」

リョウは頬を膨らまして怒っている風だが、どこか誇らしげだった。

「リョウはまだ修行が足りないのですよ。けれども、父様と私の息子である以上、火の術は簡単に修得出来るでしょう。」

「そうだよ。僕は火領で、いや、この星で一番の火の遣い手になるんだから。でも…。」

「どうしたの?リョウ。」

「僕の水の術はどうでしょうか?」

 リュウが心配そうに今度はラネールに尋ねた。

「それも努力次第です。私たちは、火と水、どちらかの才能に長けてはいますが、それは、他方の術を使えない理由にはなりません。実際、ホスタも両方の術を十分に使えるのですから。」

「では、僕も伯父さんみたいになれるのですね。」

 息子の、「伯父さんみたいになれる」という言葉にパメラは密かに胸を痛めたが、その痛みを洗い流すように無邪気なミヅキが滑らかに言葉を継いだ。

「ミヅキもお父様みたいに、両方の術を自由に使えるようになりたい!」

 ラネールが二人の子供の頭を優しく撫でながら言う。

「人は強く望めば何でも可能ですよ。二人とも修行しなさい。勉強しなさい。努力が才能を伸ばします。」

 他意の無いラネールの言葉にパメラは目を伏せる。確かに才能は伸びる。しかし、それが幸せなのだろうか。キリエは誰にも負けない火の術の才能をもっている。望んでいた王位も得た。それなのに、どこか満たされていない感じがするのは何故だろう。確かにホスタは火と水の両方の術に通じ、生まれながらの王ではあるが、ホスタであれば、術も王位も無くとも、満足して生きることができるのではないだろうか。キリエはどんなに能力を発揮しても成長をしても、満足を得ていない。それが辛い。リョウとミヅキには、たとえ世界一の術遣いになれなくても王になれなくても自分に満足した人生を送ってほしい。

 ラネールがポットに手をかざした。ポットを穏やかに水が満たしていく。

「お茶にしましょう。パメラ、この水をお湯にしてくださいね。」

パメラがポットを手にすると瞬時に水が沸騰して一筋の湯気が注ぎ口から昇った。

「便利だねえ!」

子供たちの明るい声がパメラの鬱々とした気持ちを吹き飛ばし、南の城の庭に笑い声が満ちた。


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