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王家の人々

 コデリアス王が崩御し、決められていたとおりにホスタが王位を継いだ。キリエは自分の内に燻っている不満をどこにぶつければ良いのかわからず、ただ、うろうろと部屋の中を歩き回っている。亡父を弔う鐘の音が、ぐわんぐわんと頭の中に響く。昨晩、飲みすぎたせいか。痛む頭に浮かぶのは不安ばかりだ。自分はどうなる?王の弟である俺はどうなるのだ。王の相談役か、代理か。王族である以上、大臣にはなるまい。政治には関わらず、贅を尽くして、食らって飲んで歌って、享楽的日常を送るのか。

 貴族女の高らかな笑い声が聞こえた気がしてキリエは耳を塞ぐ。嫌だ。毎日遊んで暮らすだけのお気楽貴族に落ちぶれたくはない。しかし、処刑されるのは恐ろしい。過去には、跡目争いを防ぐために、長男以外の男子がすべて処刑された例もあった。

どうして自分はこんなことでおろおろと不安にならなければならないのか。そして、どうして、王になれないのか。火の術で自分に敵う者はなく、凡庸な兄は火と水の両方を操ることは出来るが、いずれも極めてはいない。国のシステムに関する改善案、改革を提案してきたのは、この俺だ。父と兄はそれを採用してきただけではないか。後から生まれたというだけで、何故?

扉をノックする音に、キリエは、立ち止まり、振り向いた。

「入るぞ。」

返事をする前にホスタが入ってきた。

「何か用ですか、国王。」

「まあ、そう改まるな、キリエ。俺たちは今迄どおりだ。これからも色々アドバイスを願うよ。俺はお前みたいな上手い政策を思いつかないからな。」

 この様子から見ると処刑は免れそうだ。不安の一つは消えた。

「人事は決まったのか?」

キリエが尋ねると、当然のようにホスタは答えた。

「大臣はユリウスに決めたよ。まだ、それだけだ。」

 キリエは憮然とする。自分が王にも大臣にもなれないことは承知していたが、何故、よりによって、どこの出自かもわからないユリウスのような輩を大臣に抜擢するのだろう。彼より優秀な官僚ならば沢山いるではないか。

 キリエの不機嫌を無視してホスタは続ける。

「彼は博学で政治と経済によく通じている。水術のレベルも相当なものだ。民の信頼も厚い。」

 キリエは、ふん、と鼻を鳴らした。

「で、要件は何だ。俺に話があったんだろう?」

ホスタがキリエに歩み寄る。緊張で体中がこわばる。兄に自分の緊張が伝わっただろうか。あらぬ疑いをかけられてはたまらない。が、次に発せられた言葉に、キリエは耳を疑った。

「お前に、星の南半分の治世を任せたいと思う。」

 俺に治世を?治世とは具体的に何なのか、南半分とは何処なのか、疑念、不安、期待、様々な感情が入り乱れて、頭の中が混乱する。

「つまり、この星で王は二人。私とお前だ。正確に半分、南側をお前に任せたいのだ。」

 キリエは今度こそ意外な提案を理解した。何か企みがあるのではないかと、兄の顔を凝視するが、ホスタは無邪気な顔で嬉しそうに微笑んでいる。

「お前が政治に興味があることはよくわかっている。もしかしたら、私よりお前の方が王に向いているかもしれない、と、何度も思ったよ。しかし、正式な後継者である以上、即位を拒否はもちろん、王位の譲渡も出来ないからな。」

「それは王としての命令か?南半分を治めろというのは。」

「いや、これは兄からの願いだと思ってくれ。この星は大きく民は多い。私には荷が重いんだ。頼むよ、キリエ。互いに協力して、半分ずつの領地を治めよう。」

 王になれるのか。兄と同じだけの領地を持った国の王に。処刑される恐怖も、貴族に落ちぶれる心配もなくなった。次の瞬間、湧きあがってくる喜びを抑えきれず、キリエは兄の手を両手でしっかりと握りしめていた。

「ありがとう。最善を尽くそう。王の名に恥じないよう、兄上と共にこの星を守るよ。」

「良かった。断られたらどうしようかと思っていたんだ。他に頼める者はいないのでな。」

 キリエが手を離すとホスタは照れ臭そうに笑って、それから、と続けた。

「もう一つ、嬉しい知らせがあるんだ。妃を迎える。結婚するんだ。」

「おめでとう。王になるのだから当然だよ。相手は誰なんだ?俺の知っている女か?」

「ああ、知っているも何も、ラネールだよ。近すぎる相手で、今更、改めて結婚という感じでもないかもしれないが。」

 ふいに、脳裏に懐かしい風景が浮かぶ。三人で走り回った城の庭。若葉が輝き、木の葉が地面にまだらに影を落としていた春の日、一番高い木に上って叱られていたラネール。大きな丸い目に長い睫毛と、ぽっちゃりした頬が可愛らしかった。よく、湖に魚を釣りに出かけた。湖の岸辺で水を滴らせながらラネールが笑っている。キリエも一緒に笑っている。あの時、ホスタだけが何も釣れなかったのだ。二人でホスタのことを笑った。ラネールが笑うたびに、ドレスから水の滴が散って、陽光を受けてきらきらと輝いていた。幼かったラネールの笑い声が今でも聞こえる気がする。何の悩みも無く、唯々楽しかった日々。

しかし、今、三人は子供ではなかった。そうだ。兄に何かを言わねばならない。

「祝福するよ。ラネールにも伝えてくれ。幸せに、と。」

笑顔が不自然ではないかと心配したが幸い気付かれなかったようだ。

「ありがとう、キリエ。喜んでくれると思ったよ。父上を亡くした後だ。内輪で簡単な祝宴をして結婚式に代える。必ず出席してくれよ。」

「勿論だ。」

 ホスタが出て行った後、キリエはしばらく一人で思い出をたどった。いつか、この日が来ることはわかっていた気がする。ラネールが笑っていたのは、要領の悪いホスタを馬鹿にしていたわけではなく、ホスタと一緒にいることが楽しかっただけなのだろう。そして自分は、ラネールと一緒にいることが楽しかったのだ。

 「子供の頃の話だ。」

キリエは独り言ちた。頬を虫が這ったような気がして手の甲で撫でると、それは一筋の涙だった。ラネールのことはあきらめなければならない。しかし、切望していた王の座を得ることは出来た。南へ行けば、兄とラネールに嫉妬する機会も無いし、生意気なユリウスが政治の手腕を奮うのを嫌悪することも無い。前途は開けている。自分は独りだ。そして自由だ。息を大きく吸い込んで南の地に思いを馳せた。太陽にも似た、南方の森の匂いがした気がした。


 ホスタは安堵していた。キリエに南側の領地の統治を快諾してもらえたのだ。弟は子供の時分から理髪なだけでなく、明朗快活で負けず嫌いである。決断力や実行力を考えると、王としての天分は弟にあると感じることも多い。その弟が、二男というだけで王になれない状況に憤っていることに、ホスタはかなり前から気付いていた。

 南側を譲ると言って意固地に拒否されることを恐れていたが、頼りない兄を演じることで素直に受け取ってもらえたようである。これで少なくとも、兄弟の争いによって国の将来に不安を与えることはあるまい。

 実際、南方の治安については、かなり、懸念していた。城は海を背に国の最北端にある。距離があるせいか、父王も遥か南の地までは目が届かず、昔から南方は治安が悪い。本来は自ら出向いて実態を把握し、厳格な法令を布いて管理をしたいが、王になった以上は頻繁に城を離れるわけにはいかない。苦肉の策がもう一人の王を立てることだった。王としてはキリエが適任である。彼であれば、猛者を抑え込む度胸も能力も十分だ。自分以上にうまく立ち回ってくれるだろう。

 ホスタは自分を、自ら演じたほどに頼りない王とは思っていないが、キリエの才には一目置いており信頼していた。強力な火の術を身につけている弟であれば大丈夫だ。火霊という火霊が、弟にひれ伏すだろう。

 その時、大臣に任命したユリウスが血相を変えて広間に飛び込んできた。

「陛下、キリエ殿に南側の領地を譲られたのですか?」

胸が上下に波打ち、後ろで束ねた銀髪が今にも解けそうなほど乱れている。慌てて回廊を駆けてきたらしい。

「そのとおりだ。」

 ホスタは玉座に腰をおろし、ゆったりと肘掛に頬杖をついた。ユリウスの美しい青い瞳が幾分震えながら、しかし、しっかりと、こちらを見据えている。

「キリエ殿を野放しにするのは危険ではありませんか?しかも、権力まで与えて…何をしでかすかわかりませんよ。」

「しでかすとは?何の心配をしているのだ、ユリウスよ。」

言葉が過ぎたことに気が付いて、ユリウスは片膝をつき頭を下げた。

「失言でした。お詫び申し上げます。私は、ただ、陛下の身が心配なのです。キリエ様は、常に王の座を狙っておりました。」

「だからこそ、領地の半分と王の座を私が自ら与えたのだ。最も安全な方法だと思うが。」

「安全でしょうか?半分を与えたということは、陛下と同等の権力を得たことになります。もう少し、与える領地を減らしてはいかがですか?」

 ホスタは頸を横に振った。

「キリエから公平に見えなくてはならぬ。正確に半分だ。それが一番わかりやすい。中途半端はかえって憶測を招く。」

「しかし、力を得たのを良いことに、全領地を手中に収めようとするのではないでしょうか。」

「それならそれで良いと思わないことも無い。」

「何ですって?!」

 ホスタは立ち上がり玉座から下りてユリウスの正面に立つと、彼に立つように促した。ユリウスの目前に王の顔がある。子供の頃から馴染んだ親しみのある笑顔だ。

「キリエが全土を手中に出来るとしたら原因は私の無能にある。無能な王が半分を治めるよりは、有能な王が全土を治めた方が民のためだ。歴史の流れとは、なるべくしてなるものだよ。」

「しかし私は、陛下を兄とも慕っており、だからこそ心配なのです。陛下は決して無能ではありませんが、キリエ殿ほどの狡猾さがありません。それが隙となって致命的なことになるのでは、と、懸念しているのです。」

「大丈夫だ。私はお前以上にキリエという男に通じている。私たちは真の兄弟なのだから。」

 その言葉にユリウスは軽い胸の痛みを覚えた。ユリウスには親も兄弟も無い。怪我を負ってホスタに助けられてから、長い年月、ユリウスは、政治的な問題、ラネールとの関係、その他にも細々とした相談を持ちかけられるたびに、期待に応えようと誠心誠意尽くし、最善の答えが出来るように勉強を重ね、ホスタの側を片時も離れず、共に過ごしてきた。

 そんなユリウスをキリエは邪魔に思い、憎悪している。家系はおろか、何れの地の出自かさえわからないユリウスのような人間を、卑しいと決めつけ、蔑んでいるのだ。そのキリエを、ホスタは信用し、理解している、と言う。やはり、血の繋がりに分け入ることは出来ないのか。血の繋がり。両親の顔が一瞬浮かんだが、その像を振り切って、ユリウスは訴えた。

「陛下、キリエ殿は水術を遣えません。水術を遣わずに、南の戦地を治められると思うのですか。」

「黙れ、ユリウス。私が決めたことに異論は許さん。言葉を慎むのだ。キリエは水術は遣えなくとも火術を極めている。水術が必要な際は、お前が赴けば良い。」

 最早、黙るしかなかった。王がキリエを真に理解しているとは信じ難い。近すぎて見えないこともある。この決断は、この星の安寧を乱すのではないか。

 ―しかし―ユリウスは今一度、冷静に考えを巡らせた。よくよく考えると、キリエが半分の領地で満足するのであれば、自分にとっては好都合である。キリエが遠くに去れば、政策の邪魔をされずに済むし、何より、あの蔑みを受けずに済む。ここは、おとなしく流れに身をまかせ、キリエが帰って来れないように手を打つべきではないか。

 ユリウスはホスタの目をしっかりと見つめて頷いた。

「王の考え、お気持ち、理解いたしました。水の術が必要になりましたら、私が南領へ馳せ参じましょう。」


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