罠(1)
夜のうちにユリウスがホスタに文を書き、ウェインから聞いた情報をまとめ、明日リョウと二人で集団採集に同行することを伝えた。
二人ともルノの父親の普段着を借り、剣や馬は置いていく。ルノ一家の他のメンバーには二人の正体を隠すことにした。
リョウは背丈が高く痩せ形のせいか、上下とも衣類はだぶだぶだ。その割に袖丈は短く七分丈のシャツのようだし、ズボンなどは短すぎて膝小僧が見えてしまっていた。自分のウエストの二倍はありそうな腰回りをベルトで締めて準備は終わりだ。
街から来た親戚だ、とルノの父、イカルガが紹介すると、洞窟の住人たちは物珍しそうに二人を見ながら笑った。
「この物騒な時に山菜採りに参加したいなんて珍しい奴らだなあ。」
「街から来ただけあって何だか軟弱そうだ。」
「途中で弱音を吐いて帰ったりするなよ。」
と言いながら、品定めをするように肩と言わず胸と言わず、あちらこちらを叩く。彼らなりの歓迎だった。
ラニアクス山は岩山だが、南側の中腹のごく一部に緑が豊富な場所がある。そこが山菜採りのエリアだ。山の中腹までは全員で飛行しながら下りて行き、着いてからは、五十人が十人ずつのグループに分かれて歩いて行動する。何かが起こるとすればグループに分かれた後の歩行中だろう。
「さあ、ここからグループに分かれて行動だ。俺たちは東側の斜面へ行こう。」
イカルガが振り向いてユリウスとリョウに先に行くように促した。先頭は班長だ。白いものが混ざった眉毛と顎鬚の間から小さい目と口が覗いている。
「班長のクルだ。よろしく。山菜は大事な生活の糧だ。街の人間には大変だと思うけど、なるべくたくさん採ってくれよ。」
山道を進んでいくと、しとしとと小雨が降ってきた。大した雨ではないし水には慣れているから、その冷たさについては苦にならないが、着ている服が水を吸ってどんどん重くなっていくことにリョウは閉口した。
「兄ちゃん、もう辛くなっちまったのか。」
と笑う班長に、まだまだ、と返事をしながら、
(面倒くさいなあ。)と言いたくなって、ミヅキに言われたことを思い出して笑ってしまった。
それから一刻ほど経ったが山菜採りのエリアになかなか到着しない。雨はだんだんと激しさを増してきた。後ろにいるイカルガが不安そうな声で尋ねる。
「クルさん、まだかね。」
「そろそろ着くはずなんだが、ちょっと迷ったかな。」
クルは努めてのんびりした声で答えている。
黙々と歩を進めながら更に小一時間経ち、誰もが迷ったのではないか、と考え始めていた。
(おかしい。)
水を吸った重い砂に足をとられて転びそうになった時にリョウは確信した。皆と別れた場所には草が生えており黒土がところどころ顔を見せていたが、ここは砂地だ。明らかに地質が違う。
雨は今や豪雨になっており、前後の視界は数センチしかなく、独りきりで歩いているような錯覚に陥る。心配になってユリウスの名を呼ぶと、
「どうしましたか?」
と、すぐ前から声が聞こえたのでリョウは安心した。
「空から様子を見てみないか。位置がわからない。」
「しかし、この雨では空からも視界が遮られてしまいますよ。」
声は雨のザーザーという音で聞き取りにくく、会話を続けるのも困難だった。
励ますように先頭のクルが叫んだ。
「前方が明るい。もう少し歩けば雨を抜けられそうだ。そこで休んで位置を確認しよう。」