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洞窟の水霊たち(2)

 すぐ近くにいた吸血鳥も同じ方へ降りて行く。リョウはその鳥の背に乗って一緒に下まで降りた。

「ユリウス!やはり人間だ。女の子だ。」

「私もまいりましょう。」

 少女は転んだのか、膝を擦り剥いており顔には涙の痕が無数に残っていたが意識がなかった。しかし息はある。右肩と額から出血していた。鳥が突いたのだろう。

 リョウは手で鳥を追い払っていたが、相手は大きく、どこからか次々と降りてきて纏わりついてくる。

「ああっ、もう面倒くさい!」

リョウは胸の前に両手で何かを抱えるように輪を作り、その中にいっぱいの炎を生じさせ、十分な圧力を与えてから、両腕を思い切り広げた。リョウを中心に炎が上方に半球状に広がる。吸血鳥たちは慌てて四方八方に散った。

「ふん、ざまあみろ。」

「リョウ様、空いている洞窟に連れて行きましょう。我々もそろそろ寝床を探さねばなりません。」

 リョウが少女の頭を持ちユリウスが両足を持った。そのまま二人はゆっくり浮かび上がると、一番近い洞窟まで昇って行く。穴の中ほどまで入り、リョウが持っていた毛布を敷いて少女を横たわらせた。

 夜になると風景がよく見えないせいか異様に聴覚が研ぎ澄まされる。霧雨が降り続けるようなサーッという結界の音が絶え間なく聞こえてくる。少し寒くなってきたようなので、リョウの身丈大もある巨大な葉を拾ってきて掛け布団代わりに少女に掛けてやった。

 リョウが薪を集めてきてユリウスが火をおこした。飯を炊き、その中に城から持ってきた香草と小魚を入れると、食欲をそそる香りが鍋から立ち昇る。

椀に飯を盛って男二人で言葉もなく黙々と食を進めていると、焚火の向こうに小さい影がゆらりと立ち上がった。少女が目を覚ましたのだ。長い睫毛と赤い唇を震わせている。

「あなたたちは火霊なの?」

怯えているようだ。

 リョウが、掌から水を滴らせてみせながら

「俺たちは火霊でも水霊でもないんだ。俺はリョウ。こっちのおじさんはユリウス。」

と答える。おじさん、と言ったところでユリウスが苦笑した。

「私はルノ。山の上の方の洞窟に住んでいるの。食べ物を探しに下りてくる途中、バランスを崩して下まで落ちてしまったの。」

「ルノは水霊なの?」

「そうよ。父も母も水霊なの。二人とも、今頃きっと心配しているわ。もう帰ります。助けてくれてありがとうございます。」

お辞儀をして飛ぼうとするルノをユリウスが引き止めた。

「もう夜も遅い。今日は泊っていきなさい。明日、我々が家まで送りましょう。」

「でも…。」

警戒しているルノに向かってリョウが優しく言う。

「安心して。俺、いや、私たちはホスタ王の遣いなんだ。とある調査のために国境まで来た。この辺りの様子について、ご両親に会って話を聞きたい。」

 ルノは値踏みするかのように二人の姿をじろじろと見つめ、凝った装飾の剣を見つけると、それを見せてほしい、と言った。ユリウスが眉をひそめる。

それには構わずにリョウが剣を抜いてルノに柄を持たせてやると、ルノは物珍しそうに、剣を何回もひっくり返した。

「きらきらした石がいっぱい付いているのね。それにとても重い。高そうな剣ですね。」

「これで信じてもらえたかな?」

 ルノはこくりと頷いてから両手で剣を支えるようにリョウに差し出すと、

「明日、父と母に紹介します。」

と言って初めて笑った。


 ルノの住いの洞窟は奥が深く、入口から居室までかなりの距離を歩かなければならなかった。

「最近は危ないことが多いので、こういう奥行きのある洞窟が人気なんだそうです。暗くて狭い感じがして嫌なんですけど、夏でも涼しいところはいいかな。」

ルノなの?と呼ぶ女の声が奥から聞こえてきた。声が反響しているので方向がよくわからない。

「こっちです。」

松明を灯しながらルノについていくと、ようやく住いらしい温かい明かりが見えてきた。そこにも小さな水の結界が張られている。

「お母さん、ルノです。開けてください。」

水のカーテンが左右に分かれる。

 ルノが王家の二人を紹介すると、母親は何度も頭を下げて礼を言った後、

「このような暗くて狭い所に申し訳ございません。」

と身を縮めながら、部屋の一番明るい場所を空けて席を勧めてくれた。席といっても地面に大きな平たい岩を並べただけの簡素なものだ。母親の名はウェインといった。

 ユリウスが口を開く。

「実は、この辺りで行方不明になる水霊が増えていると噂に聞いて、その実態を調査しに来たのですが、何か知らないでしょうか。」

ウェインは、はい、はい、と頷きながら、

「そうです。同時に十数人くらい突然いなくなることが続きまして。」

と話し始めた。三、四カ月に一度くらいの頻度でそういうことがあるという。

「結界が張られて以来、ずっと続いていますが、最初は人数も少なかったし何かの事故かと思ったんです。でも、最近は一度にいなくなる人数が増えてきました。何も起こらない日がほとんどなものですから、つい気を緩めてしまうと、そんな頃にまた誰かがいなくなるのです。」

結界が張られて以来、ということは、既に五、六百人がいなくなったことになる。

「いなくなった者は皆、水遣いですか。」

「そうだと思います。結界が張られてから、この辺りでは水霊しか見当たりません。仮に火霊がいなくなっているとしても人数が少なすぎて私たちにはわかりませんし。一度に十数人も行方がわからなくなるのですから何か人為的な力が働いていると思うのですが誰一人帰ってきませんので、実際に何が起こっているのかさっぱりわかりません。」

同時に数十人いなくなるというところがリョウには解せない。

「大勢が一つの場所に集まる時があるんですか?学校とか祭りとか、そういう場でいなくなるのかな?」

話しの輪から外れて後ろで絵を描いていたルノが言った。

「お母さん、行方不明者が出るのは決まって集団採集の日よね。」

思い出した、というように嬉しそうな顔でウェインが手を叩く。

「そうそう、当たり前すぎて説明しなかったわ。この辺りでは集団採集というのがあるんです。時々この山の住人たちで集まって山菜採りに出かけるのですが、その山菜採りで神隠しは起きています。毎回ではないのですが、一グループがそっくりいなくなるの。これ、大切な情報よね。」

「次の山菜採りはいつなんですか?」

「明日です。今、主人がその準備のために班長の家で打ち合わせをしています。」


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