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洞窟の水霊たち(1)

 「あーあ、面倒くさいなあ。」

リョウが呟くと、上からミヅキが覗きこんだ。つばの大きな白い帽子をかぶっている。慌てて服に付いている草を払いながら起き上った。

「何だよ、いるなら早く声をかけろ。」

「ちょっと驚かそうと思ったのよ。」

「相変わらずガキみたいだな。」

 ミヅキは同じ年だが悩みも苦労もないせいかリョウよりも幼い感じがする。もう結婚してもおかしくない年頃なのに、じゃれついてきたり、隠れていて突然飛び出して驚かすような悪戯を頻繁に仕掛けてくる。ぽっちゃりした頬と大きな丸い瞳が幼さを際立たせているが、時にそのグレーの瞳が潤んでいるのに仄かな色香が感じられることもあった。

「リョウって、面倒くさい、ってよく言うよね。」

「そうかな。」

「今日はどうしたのよ。」

「今度、ユリウスと国境まで調査に行くんだけど、それが馬を使って地道に地面を進むわけ。」

「どうして飛んでいかないの?」

「それが事件の調査だから、国境へ行くまでの道程でも何か変わったことがないか調べないといけないんだよ。」

「ふうん、それは大変だね。」

「ま、王様のために仕事ができるのは嬉しいんだけどね。」

 一筋の風が吹いてミヅキの帽子が宙に舞い上がった。

「リョウ、取って!」

「面倒くさいなあ…。」

 リョウが帽子に手を向けると放たれた水が網状になって帽子を捕まえ、それは浮力を失って垂直に地面に落ちた。ミヅキがそれを拾いあげる。

「ひどい。帽子が水でびしょびしょじゃないの!」

怒るミヅキに、はいはい、というようにリョウが右手を振ると穏やかな温風が吹いて帽子が乾いていった。

「横着ね。」

「俺は面倒くさがりだから術を極められたんだと思うよ。」

空高く昇って行き、城の一番上にある自分の部屋の窓へと向かう。

「リョウ、待ってよ!待って!」

遥か下からミヅキが呼ぶのが聞こえる。その慌てぶりが面白くて、リョウは地上に戻らずに部屋に戻ってミヅキの声を聞いていた。いつまでも呼んでほしい気分…。ふいに窓際のカーテンがふわりと舞った。ミヅキが追ってきたか…?と期待した次の瞬間、

「なーんだ、ユリウスか。」

とがっかりする。ユリウスが二コリともしないで告げた。

「リョウ様、出発の日が決まりましたよ。」


 ユリウスはリョウを連れて国境へと出かけた。途中、見逃すことがないように宿をとりながら時間をかけて馬を進ませていく。ラナの空は金色だ。ここ数日、晴天が続いており、地面は黄金色に輝き眩いほどだ。身に付けた武具と皮の長靴で汗ばむ身体を、時折、結界から吹いてくる涼しい風が癒してくれる

「ユリウスはどこの出身なんだ?」

「リョウ様、どうして、そのようなことを聞くのですか?」

「いや、ユリウスは水も火も使えるから、本当のところ水霊なのか火霊なのか、どっちなのかな、と思って。火霊ならば大半は南領の出身だろ?」

「そもそも火霊、水霊と分けることがどうかと個人的には思いますが、どちらかといえば私は火霊なのかもしれません。気付いた時には南領の兵舎で訓練を受けていましたから。」

 厳烈な命懸けの少年時代が脳裏によぎった。知ってか知らずかリョウが続ける。

「何だか厳しそうだな。南側では兵士も戦士も命懸けだ。俺も南領で育っていたら、父上の領地をこんな風に呑気に馬で歩いていられなかったかもしれないな。」

「リョウ様ほどの腕があれば危険はないでしょうが確かに呑気というわけにはいきませんな。」

 ユリウスは笑った。こんな話を出来ること自体が呑気で穏やかだと思う。リョウが続ける。

「南の城にデモフォルトという父上の側近がいたんだ。感情を見せない冷酷な感じの男だけれど彼の遣う火は猛烈に熱かった。ああいう人間が生粋の火霊なんだろうな。」

あのまま南にいたら彼のようになっていたかもしれない、とリョウは付け加えた。

「彼のようにとは?」

「全身の神経という神経に電気が走っているようで、周りの空気が鋭くて尖っていて、それこそ結界が張られているように全く隙がないんだ。戦闘に明け暮れていると、あんな風になるのかな。」

 まるで昔の自分のようだな、と興味を覚えて訊いた。

「その男は水術も使うのですか?」

「水術は使えなかったけれど見たこともない高度な火術を使うんだ。俺の火術は彼に教わったんだよ。」

「リョウ様の火術は才能がある者でなければ使えないものです。そのデモフォルトという男は余程の火遣いですね。」

「ユリウスの水術と勝負したら面白いだろうな。彼の火術を抑えられるのは父上の火術だけだったのだから。実は俺は、ユリウスを見ているとデモフォルトのことを思い出すんだ。どこか似ているように感じる。」

「それは興味深いですね。」

その男にいつか必ず会うことになるだろう、と感じる。


 ラニアクス山の麓に差しかかってユリウスが馬を止めた。リョウもそれに従う。

「リョウ様、見えますか。山の斜面に幾つも洞窟があるでしょう。」

「見える。まるで天然のマンションだね。岩肌に幾つも窓があるみたいだ。」

「あの洞窟には貧しい民が住んでいるのですよ。家族で住んでいる者もあれば仲間と一緒にいる者もある。何代も引き継いで住んでいる者もあれば一日で去る者もある。マンション兼ホテルみたいなものです。結界が出来る前は火霊の兵士や戦士たちも疲れた体をあの洞窟で休めたものです。」

「やはりユリウスは火霊なんだね。」

 その問いには答えずユリウスは続けた。

「今まで歩いてきて特に異常は見られませんでした。残っているのはこの山です。」

「行方不明について、あの洞窟に住んでいる水霊たちが何か知っていると?」

「“ホテル”ではなく“マンション”の方の住人たちに話しを聞いてみましょうか。」

 二人は馬を置いて体を宙に浮かせると、岩肌に沿ってゆっくりと昇っていった。


 一つ一つの洞窟を注意深く覗いてみると人の住んでいない穴もかなりあった。水霊たちは警戒しているのか、人の気配がする洞窟からは入口から高圧の水が突然に噴き出してきたり、遠目では入れそうに見えても水で幕を張って堅固に入口を塞いだりしていて、なかなか彼らの話しを聞くことが出来ない。

 ずっと浮力を使っているのも疲れるので、半時間ほどしてから二人は大木の枝に座って休んだ。他の枝では、くちばしの紅い巨大な黒い鳥たちが羽根を休めている。ユリウスが説明した。

「あいつらは吸血鳥です。弱っている人間を見つけるとすかさず襲って血を吸います。群れに襲われると命を落とすこともあるから危険ですよ。」

「こんな近くで休んでいて大丈夫か?」

「自分より強い者には近付いてきません。我々もここで眠ってしまうと危ないが。」

 嫌な奴だなあ、と思いながらリョウが大木の根の方を見やると、そこで一羽の吸血鳥が何かを執拗に突いているのが見えた。

「ユリウス、あれ、誰かを襲ってるんじゃないか?」


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