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おかえりなさい  作者:
■ ACT IV: THE CRISIS OF HUNGER

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23/24

第23話:おかえりなさい。

 窓外の豪雨は急速にその勢力を減退させ、アスファルトの地表を一定の律動で叩く、冷たく細い霧雨のノックへと姿を変えていた。小料理屋『赤べこ』の軒先では、冷水を濃厚に含んで重く濡れそぼった赤暖簾が、凍てつく夜風に煽られて重々しく揺らめいている。

 薄暗い店内の静寂を切り裂くように、木製の古い引き戸が緩慢な速度で横に滑った。


――ガラガラッ。


 自らの長外套を引き寄せ、失踪した店主を捜索するために外の不条理な闇へと一歩を発しようとしていたアンナ、タコ、天野、いつきの四人は、その瞬間にすべての駆動を完全停止させた。店内のすべての視線が、戸口の敷居の座標へと一直線に固定される。

 そこに、凛は直立していた。

 彼女の身体は、その髪の先端から爪先に至るまで、外の暴風雨の物理的打撃によって完全に濡れそぼっていた。短い黒髪は冷水を含んで顳顬に張り付き、裾の色褪せた藍染めの衣服からは絶え間なく水滴が床板の上へと滴り落ちて、彼らが先ほどまで徹底的に磨き上げていた美しい木目の上に、小さな水溜まりのシミを形成していく。凛の顔線は相変わらずセメントの壁のように硬質であり、凍てつく冷気の浸食によって幽霊のように蒼白に変色していたが、その澄んだ双眸から過剰な涙の水分が決壊することは絶対になかった。

 『赤べこ』の空間を、数秒間の張り詰めた戦慄の沈黙が冷酷に支配した。数時間前に発生した、あの剥き出しの過去の衝突という重大な不具合の後、どのような言語通信を出力すべきか、四人の大人とはぐれ者は完全に最適解を失っていたのだ。

 その沈黙を最初に切断したのは、いつきだった。十五歳の少女は、躊躇いがちに一歩前へ前進のステップを発すると、自らの細い両腕の中に、あの夏祭りの夜の戦利品である巨大な熊の人形をさらに強固に抱き締めた。その丸い瞳は凛の無表情な顔線を真っ正面から見つめ、その奥には、嘘のない本物の後悔と悲痛な生存恐怖の色彩が剥き出しになって灯っていた。

「お頭……」

 いつきの口から漏れた声は低く、喉の粘膜が震えるように掠れていた。

「……ごめんなさいだもん。うちは……うちはもう、絶対に他人の財布や現金を盗んだりしないって、ここに誓いを立てるもん。だから……だから、うちからこの店の床を掃き清める役割を、奪わないでほしいんだもん」

 凛はいつきの丸い瞳をじっと凝視し、それから、目元に涙の水分を溜めているアンナの横顔を観測し、安堵の笑みを浮かべて肩の緊張を解放させた天野を捉え、薄暗い指定席の影から静かに深く首を縦に振ったタコの巨躯へと、視線を順に動かしていった。彼女の脳内にある冷徹な論理回路は、もう他者を排除するための冷酷なナイフとしては駆動していなかった。自らの数式は、この小さな城を孤独に凍りつかせる経営手法の非合理性を完全に弾き出し、システム全体の構造改革を完了させていたのだ。

 凛はいつきの悲痛な懇願に対し、メロドラマのような美しい慰めの言葉を返すような非効率な真似はしなかった。彼女は店内に足を踏み入れると、濡れた靴を土間の境界線へと静かに残し、一定の律動を刻む確実な足取りで、カウンターの向こう側にある厨房の領域へと真っ直ぐに歩み進めた。

 彼女は木棚の奥から乾いた晒の布を回収すると、自らの黒髪と首筋の水分を迅速に拭い去り、杉の調理台の上に几帳面に折り畳まれて置かれていた、あの灰色に褪せた木綿の割烹着を再び手に取った。彼女は自らの腰の回りにその紐を回すと、一瞬の正確な駆動で固く結び目を作った。――それは、この店の絶対的な店主が、自らの固有の座標へと完全に復帰したことを告げる、確実な稼働シグナルだった。

 凛は大ぶりの銅鍋の下にある、中央コンロの点火つまみを回した。


――カチカチカチ、ボォッッ!!!


 鮮やかな青色の火線が勢いよく吹き出し、冷え切っていた鋳鉄のコンロの底を豪快に抱擁した。数分の刻が流れると、鍋の内部の透明な水が低い律動の音を立てて沸騰を開始し、冷酷に凍りついていた空間の気圧を和らげるように、温かい出汁の湯気を上空へと出力し始めた。

 凛はずっしりとした重量を持つ愛用の包丁を右手に握ると、戸口の近くで未だに彫刻のように硬直して佇んでいる四人の構成員へと、その澄んだ視線を向けた。

「長距離の歩行稼働により、うちの肉体の熱量は著しく低下しています」

 凛の声は清澄で、事務的で、どこまでも頑固だった。

「正式なスープを再び加熱しています。ですが、この鍋の中の液体は、適切な調味料の調合が行われなければ、一銭の付加価値も持たない薄味の損失でしかありません。アンナさん。あなたが主張していた、濃口醤油の追加調合と生生姜の過剰な配合比率……今夜の需要に対応するためには、うちの天秤だけでは計算が合いません。あなたの能力を、このシステムに組み込む必要があります」

 アンナはその言葉を耳にした瞬間、一瞬だけ呆気に取られたように硬直した。しかし次の瞬間、三十歳になる彼女の形の良い喉から、成熟した大人の美しい笑い声が豪快に溢れ出した。それは、彼らの魂を締め付けていた危機の残滓を、一瞬にして夜風の向こう側へと洗い流していく、嘘のない本物の歓喜の音だった。アンナは晒のショールを無造作に脱ぎ捨てると、作務衣の袖を烈しくたくし上げながら、厨房の領域へと迅速なステップで肉薄してきた。

「本当に、どこまでも理屈っぽくて生意気な店主様ね、凛ちゃん。あんたのそのガチガチの秤じゃね、うちのこの極上の味付けの熱量には一生追いつけないんだから!」

 アンナの声は刺々しかったが、その目元の奥には、絶対的な信頼と隠し事のない温かみが満ち満ちていた。

 いつきの顔線にも、爆発的な笑みが完全に復帰した。路上で身に付けたあの甲高い声音が、再び『赤べこ』の古い木造の壁に心地よく木霊する。彼女は巨大な熊の人形を指定席の丸椅子へと几帳面に設置すると、裏の備品棚から乾いた布を引っ掴み、凛の衣服から床板の上に滴り落ちていた冷水のシミを、猛烈な執念を込めて掃き清め始めた。

「はいはい、分かったもん! この床板の衛生管理は、等価交換の規則に基づいて、あたしが今すぐ完璧に原状回復して見せるもん!」

 天野はくすくすと低く笑い、小さな竹の盆栽が置かれた長机のいつもの指定席へと腰を下ろすと、自らの足を伸ばし、天井へと昇り始めた芳醇な味噌と生姜の湯気を、心地よさそうに受け入れ始めた。タコも自らの漆黒の長外套を静かに脱ぎ捨てると、入り口の近くにある薄暗い丸椅子へとその巨大な肉体を預け、凛の手によって表面張力の限界まで注ぎ分けられる熱いジャスミン茶の器を受け取るために、その傷だらけの両手を杉の木面の上に重ねた。空間の治安は、一瞬にして最大値へと固定された。

「おかえりなさい、お頭」

 タコは低く地鳴りのような声音で呟き、その頑強な顎のラインに、嘘のない微かな笑みを確かに刻み込んでいた。

「おかえり、凛ちゃん」

 大ぶりの銅鍋の向こう側から、濃口醤油の芳醇なコクと旨味を完全に構築し終えたアンナが、美しい顔線を綻ばせて声を重ねた。

「おかえりなさい、店主さん!」

 いつきと天野の音声が、完璧に同調して狭い店内に響き渡る。

 凛はその帰還を歓迎する言葉に対し、音声データによる直接的な応答を出力することはしなかった。彼女の顔線は相変わらずセメントの壁のように静止しており、過剰な感情の表情を浮かべることは絶対にない。しかし、使い慣れた包丁を垂直に駆動させ、杉のまな板の上で白大根を等間隔に刻んでいく彼女の手元は、かつてないほど羽毛のように軽く、そして『赤べこ』の新しい心臓の律動と完全に同調していた。


――ト、ト、ト、ト、ト。



 凍てつく深夜の暗がりのなかで、再び完全な沸騰に達した鍋料理の芳醇な香りは、彼らが犯したエラーと心の傷を、日々の誠実な共同労働の規則という名の等価交換によって、静かに、そして完璧に治療していった。彼らの間に、法的な書類や、欺瞞に満ちた忠誠の誓いの言葉などは一銭の必要性もなかった。

 その夜、生きた厨房の中に調和して響き渡った「おかえりなさい」という微小な音声記号それ自体が、この古い木造の城の下において、世界から廃棄された不適合者たちの宿命が強固に結合し、人生で最初の本物の『我が家』へと昇華を遂げた事実を、帳簿の事実として雄弁に証明していたのだった。


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