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おかえりなさい  作者:
■ ACT IV: THE CRISIS OF HUNGER

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第21話:頑なな視点

 窓外の豪雨は衰える兆しを微塵も見せず、硝子窓を烈しく打ち据える水滴の音は、まるで答えを要求して鳴り響く数千の指先のノックのように店内に響き渡っていた。大論争が終結した後の『赤べこ』の内側には、上空の雷鳴よりも遥かに重々しい沈黙のシステムが滞留していた。

 凛はカウンターの奥に直立したまま、杉の木面の縁を掴んでいた両手からゆっくりと力を抜いた。いつもなら検品官のように清澄で鋭いその瞳は、今は焦点の定まらない空虚な光を宿し、誰もいない客席の丸椅子をただ見つめていた。

 アンナの発した言葉の残響が、脳細胞の奥で未だに烈しく鳴り響いている。――あんたの脳細胞には、本当の飢えの記憶がデータとして一切蓄積されてない。それに呼応するように脳裏に浮かぶ、タコのひきつれた火傷の痕跡と、力なく頽れていた天野の細い肩線。

 凛にとって、厳格な規則の運用とは、自らが他者に提供し得る最強の防衛システムであるはずだった。労働を投資した者が、その権利として正当な売上報酬を受け取る。それは寸分の狂いもない等価交換の数式であり、この小さな城を不経済な破滅から遠ざけるための唯一の絶対法則であると盲信していた。しかし今夜、その美麗な数式は根底からバグを起こして木っ端微塵に粉砕された。彼女の磨き上げてきた純白の論理は、その鋭利な先端に冷酷なまでの刃を備えていたのだ。――いつきの魂の最も脆弱な領域を、容赦なく切り裂くための残酷な刃を。

「うち……」

 凛は声を極限まで小さくさせ、低く呟いた。その発声は、屋根を叩く激しい雨の震動音にかき消されていく。

「うちの計算は、これまでの店舗運営のすべての段階において、間違っていたのでしょうか」

 彼女は、薄暗い二階へと続くロフトの階段の座標へと首を巡らせた。上空の領域からは、一切の音声データが出力されていない。いつきは依然として、自らの肉体を暗闇の中に封鎖し続けていた。凛は、一つの恐怖を孕んだ事象を正確に認識しつつあった。自らの持つ頑なな視点をナイフのように振り回すことで、自分はいつきを治療しようとしていたのではない。自分はただ、外の冷酷な世界と全く同一の機能として稼働し、その背景にある生存恐怖をサンプリングすることもせず、目に見えるエラーだけを排除しようとしていたのだという、冷徹な判定だった。

 アンナ、タコ、そして天野の三人は、少し前にこの空間の温度を下げるために静かに敷居を跨いで外へと移動していった。彼らは凛をこの城から物理的に排除するような真似はしなかったが、その無言の退散それ自体が、彼女の論理に対する最も重い機会損失の判決のように感じられた。

 凛は自らの敗北を計算していた。それは一人の商業的な経営者としての赤字の計上ではなく、この聖域の規律を維持する責任を委ねられた者としての、致命的な構造欠陥の露呈だった。『赤べこ』は本来、不適合者たちが労働によって自らを再起動するための自由な中立地帯であったはずなのに、自分の頑なな視点こそが、いつきに対してその自由の戸口を永遠に施錠しかけていたのだ。

 凛は極めて緩慢な動作で、灰色に褪せた木綿の割烹着の紐を解いた。彼女はそれを杉の調理台の上へと、四隅を正確に揃えて綺麗に折り畳んだ。どのような混乱の渦中にあっても、このルーティンだけは彼女のシステムから除外されることはない。彼女は大ぶりの黒傘を回収しようとはしなかった。ただ薄手の長外套を一枚だけ手に取ると、古い木製の引き戸の前へと歩みを進め、それを横へと滑らかに滑らせた。


――ガラガラッ。


 水分を濃厚に含んだ夜の暴風が、一瞬にして彼女の露出した皮膚を冷酷に刺した。凛は傘のシールドを持たないまま、激しい雨の濁流が直撃する外のテラスへと一歩を踏み出した。氷結したかのような冷水が瞬く間に彼女の黒髪を濡らし、衣服の繊維を重く浸食していったが、彼女は一定の律動を刻みながら、暗黒に包まれた路地裏のアスファルトを真っ直ぐに前進し続けた。雨の物理的打撃によって自らの肉体の感覚を麻痺させながら、彼女はただ、思考の演算空間を必要としていた。


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