白い残滓のあとで
白い振動は、空気の奥で、塔の方角へ伸びていく。
信じているのではない。ロドは、ただ“知っていた”。
セドは膝をついていた。
頭を抱えたまま、何かを振り払うように呼吸を繰り返している。
白い盤面の残滓が、陽炎みたいに揺れていた。
ロドには、あの中で何が起きていたのか分からない。見えない。聞こえない。
だが、“壊れる瞬間”だけは分かる。
それだけを、ずっと待っていた。
セドが顔を上げる。その目は、もうどこも見ていなかった。
ロドの周囲へ、素体ブロックが浮かび上がる。鋭く、細く、白い杭へと形を変える。
セドが何かを言おうとした。だが、間に合わない。
白い閃光が走る。音もなく、杭がセドを貫いた。
叫び声は出なかった。男は、小さく息を吐いた。どこか、安心したみたいに。
静寂が落ちる。
カイはまだ荒い呼吸を繰り返していた。汗が石畳へ落ちる。
ロドが近づく。
『……終わった』 低い声だった。
カイはしばらく返事ができなかった。
ようやく顔を上げる。
「……あの中で、どれくらい経ってました」
ロドは少し黙った。
『数秒だ』
カイの目が動く。
『お前たちの周囲だけ、陽炎みたいに揺れていた』
短く息を吐く。
『何を見ていたのかは分からん』
ロドは崩れたセドを見る。
『だが、相手が壊れる瞬間だけは分かる』
その声だけ、わずかに低かった。 『俺が入れるのは、その時だけだ』
カイは何も言わなかった。
倉庫を出る。夜風が熱を奪っていく。
外は静かだった。まるで、何も起きていなかったみたいに。
その時。
入口の前に、少女が立っていた。
白い花束を抱えている。年齢は、エリルより少し下くらいだろうか。
長い髪。薄い外套。夜気に溶けるような静けさ。
少女は倒れたセドを一度だけ見た。それからロドへ視線を向ける。
「弔いに来ました」
感情の薄い声だった。ロドの空気が変わる。
少女は続けた。 「私は、あなたたちの定義する“敵”になります」
花束を抱く指先だけが、少し白かった。 「ですが、罪は犯していません」
静かな沈黙。
「彼を弔うだけです」
少女はカイを見る。その視線だけが、ほんの少し揺れた。
「……私を処分しますか」
ロドは答えない。
少女は、それを予測していたみたいに小さく頷く。
「少し待てるなら、お話もできます」
夜風が吹く。白い花弁が一枚、石畳へ落ちた。
「お任せします」
カイは少女を見ていた。敵意はない。恐怖も、怒りもない。
ただ、ひどく静かな疲労だけがあった。
少女がふいに言う。
「あなた」
カイの目が動く。
「救えるのかしら」
その声は挑発ではなかった。確認だった。
「……え」
少女は少しだけ目を細める。 「なら」
ほんの微かな笑み。 「私を敗北させて」
旅人向けの小さな茶房。灯が残っていた。
夜更けで客は少ない。
店主はロドを見ると何も聞かず、奥の席を指した。
少女は静かに腰を下ろす。
布紙を一枚、机の上へ広げる。古い盤面だった。無数の線と記号が淡く刻まれている。
ロドの目が細くなる。 『おい』
少女は視線を上げない。 「入らなくていいわ」
静かな声だった。 細い指が盤面の中央へ触れる。
「ここでやりましょう」
その瞬間。
カイの視界だけが、ゆっくり歪み始めた。




