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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

無法者の法

掲載日:2026/03/04

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、李下に冠を正さずという言葉、聞いたことがあるだろうか?

 うん、有名な言葉だし知っているよねえ。端的にいうと疑われるような怪しいマネはするな、というわけだ。

 本心がどうあれ、一度疑われてしまうとそれを改善するのは難しい。元の状態へ戻すのに、本来なら使わずに済んだ労力なりリソースなりをつぎ込むことになり、非常に無駄が発生する……といえば、昨今のパフォーマンス重視の風潮においても納得な理屈かな?

 だが、パフォーマンスを気にするというのは、そこに自分が長期に渡って無事でいられるだろう……という思い込みがあるように僕は思う。あるいはもろもろを考えるゆとりが残るだろう、という願望か。

 実際にはその場で大打撃をもらい、立ち直ることもできない恐れもある。身も心もひとつしかない以上は、細心の注意で己を守り続けなきゃいけないわけだ。

 僕のちょい昔の話なのだけど、耳に入れてみないか?


 赤信号は渡ってはいけません。

 まず誰もが聞かされる交通ルールのひとつだろう。これを守らないことには人も車も安心して通行することができない。守らないことには自分たちの命の保証だって生まれない。

 もっとも、世の中「おりこうな」人ばかりじゃないから、一方的に破ってくるアホもいるかもしれないから、常日頃注意が必要だ。

 とはいえ、この赤信号。年がら年中、100パーセント遵守していますと神に誓っていえる人がどれだけいるだろう? おそらく歩行者のみんなも、車が来ていないときなどはヒョイと渡ってしまうことがあるんじゃないだろうか?

 いや、別に僕は交通ルールの守護者でもないし、そのことをとがめる気はないよ。意味もなく待たされる時間こそがコスト、という考えもわからなくもないし。ちゃんと自分が責任を持てればいい。

 だが、往々にして我々はその責任というか、危険度を知らなかったり見誤ったりするものだ。


「皆さん、カラスの鳴く時は青信号を渡ってはいけませんよ」


 ある日の終わりの会で、先生が突然そのようなことを言い出して、みんな少しざわついた。

 赤信号を渡っちゃいけないのは分かっているが、条件付きでも青信号を渡っちゃいけないとは、どういう用件だ。

 先生曰く、今から一か月以内は特に守ってほしいということだった。なんでも「無法者」なるものが、この土地へ訪れるかららしい。

 無法者という名が示すのは、ここだとこちらの法に対し、彼らは無関心であるという意味合いだとか。

 無理を通せば道理が引っ込む。彼らが自分の法を通そうとするのが強い日だから、今回は従ってあげてほしい……というような旨のことを話されたっけ。

 まるでカラスと相談できるかのような口ぶりだなあ、と思いつつも僕はいつもの友達面子と帰路につく。

 みんなの中では僕の家が一番学校から遠い。家近くの交差点に差し掛かるときにはもう僕一人となっていて、赤信号が青になるのを待っていた。

 やがて横手の車道の信号が青から黄に。もうじき、こちらの歩行者信号も青になろうというところ。

 目の前の横断歩道は最近塗りなおされたばかりで、以前の消えかけの状態とは打って変わり、真っ白なはしご模様を道路に張り付けていたよ。


 ほどなく灯った青信号。僕が踏み出そうとしたところで。


「カアッ」


 一声だけだが、はっきりとカラスの鳴き声を聞いた。

 見ると、横断歩道脇のガードレール。その一角にカラスがとまっている。今にも羽根を広げて飛んでいきそうな仕草だ。

 カラスの鳴く時は青信号を渡ってはいけませんよ。

 先生の注意が脳裏をよぎる。それにためらっている間に、ちょちょちょっと僕の脇を抜けて、横断歩道に差し掛かったのは一匹の子犬だった。

 首輪をしていない。野良犬のたぐいだとしたら、珍しいなと思い、その白い矮躯わいくを見送っていくのもつかの間。


 道路の上空を横切ろうとしたカラス。道路を歩いて行った子犬。その両者が同じタイミングで、ぱっと姿を消した。

「ん!?」と目をぱちくりさせる僕は、横断歩道もまた一部がなくなっているのに気づく。

 中央分離帯より手前側の車道。僕の足先あたりまでが、きれいさっぱりね。

 なにが? とあちらこちらを見やった僕はかろうじて、右手方向。道路の彼方へ滑るように遠ざかっていくカラスと犬、そして横断歩道の一部を見たんだよ。


 彼らがどこへ消えたかはわからない。

 先生の言を借りるなら「無法者」たちの通した法に乗っかってしまったことで、奴らに連れ去られてしまったんじゃないかと思う。

 実際のところはともかく、こちらの法をおかすんじゃないなかろうか、と疑われてしまってね。

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