表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/16

第七話 表現者

 響詩に受付を任せて、僕はソファに腰かけて、店内をゆっくりと見回した。

 最近の流行曲を大音量で流す店内には、ドリンクバーやソフトクリーム機が置かれていた。各部屋の扉にはすりガラスがあるが、室内にライトが灯っていないため、中の様子はうかがえそうもない。

 時折、ジュースでも補充に行く人がいるのか、防音扉が開いた拍子に歌声がカウンターまで届いた。


「お待たせ、ハル君」

「あ、うん」

「三〇三号室みたい」

「あ、うん」


 響詩に続いて、僕は店内を歩いた。

 入り組んだ店内を散策して、三〇三号室を見つけた。


 扉を開けると、やはりこの部屋もライトは灯っておらず、真っ暗闇の中にプロジェクターから投影される宣伝動画が連続で流されていた。


「あたし、この宣伝動画に出たことあるんだよ」

「へー、凄いね」

「……なんか反応薄くない?」


 ……反応が薄く見えるか。

 それもそのはずだ。

 冷静になって考えてみて気付いたのだ。


 僕、カラオケに異性と入店した経験、これまで一度もなかった。


 基本的に、僕の異性との交遊関係は花蓮が全てを担っている。そして、その花蓮もカラオケがあまり好きではないとくれば、この結果にも納得だ。

 そんなわけで、僕は今、カラオケ店に異性と二人きりという状況にソワソワしていた。


「……ル君。ハル君っ!」

「わっ……何?」

「何、じゃないよ! 突然ボーっとして、どうしたの?」


 ……緊張のあまり、どうやら僕はしばらく放心状態になっていたようだ。


「な、なんでもないよ」

「本当? なんか怪しい」

「大丈夫大丈夫。本当だから」

「……とりあえず、飲み物取りに行く?」

「そ、そうだね」


 受付でもらったグラスを持って、僕達は部屋を出た。


「んー。何飲もうかな」


 受付そばのドリンクバー前で、響詩は迷っているようだった。


「僕はコーヒー」

「……うーん」

「そんなに悩む?」

「悩むよ、悩む。いやはや難儀な問題だね」

「……飲みたいものが複数あるなら、全部飲めばいいじゃん」


 そのためのドリンクバーだろうに。


「ちっちっちっ。わかってないね、ハル君は」


 うざ。


「最初の飲み物なんだから、ちゃんと考えないと」

「はあ」

「……コーラか、メロンソーダか、はたまたお茶か」

「何にするの?」

「メロンソーダでコンビニとかでは中々売ってないし、ドリンクバー限定みたいなとこあって、飲むとお得感を感じるよね」

「じゃあ、メロンソーダ?」

「うん。ここはコーラかな」

「コーラかい」


 なんというか、つかみどころのない人だな。とても話しづらい。

 響詩がコーラを注ぐ終わると、僕達は部屋に戻った。


「それじゃあとりあえず、あたし、歌おうかなー!」


 響詩は機械を操作した。

 ピピピと電子音をしばらく鳴らした後、宣伝動画を流していた画面が暗転した。


『水色の慟哭 アフタヌーン』


 夏ごろの公園の動画をバックに、画面に曲名と歌手名が表示され、まもなく前奏も流れ始めた。


 ……ん?


「もしかしてこれ、君のアイドルグループの曲じゃあ」

「そう。あたしのカラオケ鉄板ソング」


 ……カラオケで自分のグループの曲を歌ってるの?


「この歌さ」

「え?」

「今日、君にどうしても聞いてほしかったんだ」

「……なんで?」


 響詩は、答えをくれず、はにかんだ後、曲を歌い始めた。

 歌詞を聞く限り、この歌は失恋ソングだった。

 夏、長年の恋人と悲劇の別れを遂げたヒロインが、恋人との思い出を思い出しつつ、過去を懐かしみ、後悔し、喜び……慟哭を上げる、そんな曲。


 ポップな曲調の割に、歌詞は随分とジットリしているな。


 それが、この曲を聞いて真っ先に僕が抱いた感想だった。


 ……ただ、鉄板曲というだけあって……響詩はとても上手にこの曲を歌っているように見えた。

 

 いや、違う。

 上手、というだけではない。


 時に微笑み。

 時に眉をひそめ。

 時に……苦悶の表情を浮かべて。


 まるで……。

 まるで、本当に恋人と別れを遂げたような……。


 深い悲しみ、絶望を味わったような。

 それでも、立ち直ろうと心を震わせるような……。


 ……心がざわついた気がした。

 久しい感覚だ。

 この感覚は……そう。


 あのファンタジー小説と出会った時と、同じ気持ちだ。


 僕の心は今、響詩の歌に奪われていた。


「……どうだった? ハル君」


 歌が終わると、響詩が尋ねてきた。


「この曲ね。タイムスリップしてきた後、すぐに書いた曲なの」

「……え?」

「歌手の名義はあたしのグループ。で、作詞はあたしなんだ。この曲」


 ……そうだったんだ。


「君を想って書いたんだよ?」

「……」

「あたし達、恋人だったわけじゃないけどね? でも、真っ先に君にこの曲を聞いてほしかったの。あたしの生歌で」


 ……どうして。

 どうして……そんなことを思ったのだろう?


「感想、聞かせてくれない?」


 ……今の響詩の顔は、笑顔ではなかった。

 初めて見る真剣な眼差しだった。


 感想は、上手く言葉に出来なかった。


 どう言えば、この気持ちが伝わるのか。

 どう伝えれば、この感情を表現出来るのだろうか。


「まあ、聞かなくてもわかるけどね」


 響詩は真剣な眼差しを解いて、微笑んだ。


「今の君の顔をあたしは知っている」

「……」

「他でもないあたしが、その顔をよくしていたから」


 響詩は照れ臭そうに俯いた。


「ハル君。君はあたしにそっくりだ」

「……え?」

「あたし、最初は本当は歌手になりたかったの」

「そうなの?」

「うん。子供の頃、親がサブスク登録したことを機に、よく音楽を聴くようになったの。そしてあたしは、好きなアーティストに巡り合ったの」

「……そのグループの名前は?」

「言ってもわからないと思う。インディーズだったから」


 響詩は過去を懐かしむように宙を仰いだ。


「……のめりこんだよ、そのグループの曲に。壮大な歌詞や、バラード気味の曲調に。作詞者の人生観に。全てに惹かれて、感動を覚えて、心を奪われて。そうして、思った……」


 一体、何を……?



「あたしも、誰かの心を奪ってみたいって」



 ……背中に蕁麻疹が走った。

 でも、不快ではなかった。


 ……同じだったから。

 響詩の価値観と、僕の価値観が……同じだったから。


「今の君は、あの時のあたしと同じ顔をしている」

「……」

「ハル君。君はやっぱり、小説家になりなよ」


 ……。


「君は、表現者になるべき人間だよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ